12・7ミリの愛 ──「いま、行きますからね」
三洋百貨店前駅、半蔵門線改札口。
右腕を失った出血により衰弱した栄城は、どうにか最後の気力を振り絞って細い意識を保ちつつ、その場に残されたM2A1重機関銃にしがみついていた。
背後の閉鎖された防火扉の奥からは、盛大な銃声と、誰のものかは判然とはしないが多くの悲鳴が聞こえる。
「うう……みんな……」
蓮に点けてもらったタバコを大事に咥えながら、栄城は自分の無力さを痛感して涙を流した。
この身体にはもはや、歩くどころか、立ち上がる力すら残っていない。
出来る事は、M2A1重機関銃を使ってこの場を精一杯守ることだけだ。
その時、前方の通路から、金属が叩きつけられ崩壊する凄まじい音が轟いた。
外へ通じている防火扉のひとつが、破壊されたのだ。
「ついに、来やがったか……!」
栄城は覚悟を決め、左手でいつでもM2A1重機関銃を発砲できるよう身構えた。
他の仲間たちの為にも、最期まで盛大に戦って死んでやる。
そう意気込んで、肺に染み込ませたタバコの煙の残りを、プハァと吐き出した。
それからM2A1重機関銃の照準器を覗き込み、12・7ミリNATO弾の嵐を撃ち込むべき通路の先を、辛抱強く見据える。
非常誘導灯の小さい明かりが、一つの黒い人影をゆらりと浮かび上がらせた。
「……あ」
栄城は目を見開き、咥えていたタバコをぽとりと落とした。
「────────柚岐谷、か?」
SAT第四小隊に所属し、日本的な落ち着き払った美人ながら、どの男たちにも勝る怪物じみた腕力を持つ女性隊員。
栄城は、三回ほど彼女をプライベートで食事に誘い、見事に轟沈したことがあった。
異世界の怪物の襲撃によって彼女は命を落としてしまったと聞いていたが……まさか、生きていたとは。
形はどうあれ、最期に最も会いたかった女性に会えるとは思っていなかった。
栄城は、柚岐谷が生きていた喜びに心を躍らせ、左手を大きく振った。
「おい、柚岐谷!! 生きてたんだな!! 早くこっちに……」
彼のセリフは、ゲパードGM6アンチマテリアル・ライフルの凄まじい砲声によって掻き消された。
栄城はギョッと凍り付いて、自分の左腕を見た。
無い。
12・7ミリNATO弾によって吹き飛ばされ、消えていた。
状況への理解が追い付かず思考停止状態に陥った栄城は、そのまま目を廻し、ドサリと後方に倒れた。
仰向けになり、薄れゆく意識の中で『天井』をぼんやりと見つめる。
そこへ、脳を直接揺さぶるような声が、耳を貫いた。
「ひろきは、どこですか?」
……ひろき?
『ひろき』とは誰のことなのか、栄城は分からなかった。
ゆっくり瞬きをした時、柚岐谷の人形のような白い顔が、栄城を間近に覗き込んでいた。
その大きな瞳は、真っ黒に染まっている。
「ひろきは、どこですか?」
栄城は震えながら、直感した。
これは、柚岐谷綾のように見えて、柚岐谷綾ではないが……柚岐谷綾だ。
何も答えられずにいると、柚岐谷はその顔を離し、視界の外で何かをガチャガチャと弄り始めた。
「ひろき、いま、行きますからね」
栄城は、恐る恐る、首を傾ける。
すぐ側に据え置かれていたはずのM2A1重機関銃が、無い。
それから、再び防火扉を打ち破る凄まじい音が轟いて、彼女の気配はその奥へと消えていった。
栄城は力なく目を閉じる。
ようやく思い出した。
彼女らを率いる第四小隊長の彼の名前こそ、宰河弘樹だった。
二人は、どのような邂逅となるのか。
とても恐ろしく、考えたくもない。
栄城は薄れゆく意識の中で、最期の瞬間、通路の遠くでチェーンソーが唸る音を聞いた。





