叡との一夜(2) ──「……もっと、見ても良いよ?」
俺を駅員室に押し込むやいなや、叡は後ろ手でドアの鍵をカチャリと掛けた。
「……何で、鍵を掛けた?」
恐々と尋ねる。
「言ったよ。寝首をかかれるのはイヤだ、って。恐怖からとはいえ、実弾を装填した銃を味方に向けた連中だよ? 信用するの……?」
「そう言ってもな……。この状況じゃ、協力しないわけにはいかないだろう。武器が大量にあっても、撃てる人数が少なければ無意味だ」
すると叡は、わざとらしく「ふーん」と言って、自分の両手を後ろに組んだ。
「小隊長さんは良いもんね。小隊長さんなら、眠っている時に同僚から襲われても、素早く反撃できるだろうからね。……でも、ボクがそんなこと出来ると思う? ただの女の子だよ?」
叡の言い分はもっともだ。しかし俺には、別に思うところがある。
「君なら……出来るんじゃないか」
俺はわざと、値踏みするような視線を向けた。
「南側区画に落ちていたWASP隊員の腕が握っていた拳銃が、いつの間にか消えていた。他のSATや銃器対策部隊の連中は既に拳銃を持っているから、わざわざ拾う意味は無い。……叡が、持っているんじゃないか?」
確信があるわけではなかったが、米海からショットガンを強奪した手捌きを見ると、叡ならやりかねないと思った。
五秒ほどの沈黙の後、叡は冷静な表情を変えないまま、コートを翻し、スボンのベルトの後ろに挿していたM45A1ピストルを抜いた。
「バレちゃった。やっぱり、小隊長さんに嘘はつけないね」
叡は、黒のハーフフィンガーグローブを着けた手でマガジンキャッチを押して弾切れのマガジンを外し落とし、コートの内ポケットから45ACP弾が七発詰まったマガジンを取り出して、M45A1に挿し込む。
それからスライドをチャキッと引いて初段を装填し、起きた撃鉄を親指で押さえながら元の位置に戻してデコッキングした。
「……予備マガジンまで弾薬箱から取っていたのか。大した手癖だな」
俺は、叡から銃を没収ことはしなかった。ここで没収したとしても、叡のことだ、また別の場所から武器を盗み取るに決まっている。
今の東京で銃刀法を破っても、咎める者も裁く者もいない。
「俺が良いと言った時と、本当のピンチに陥った時以外、絶対に撃つんじゃないぞ。閉所での戦闘は、味方の誤射が最も危険になる。敵は、俺が迎撃する」
「大丈夫。これは保険のつもりだから。小隊長さんが倒されるような敵が来たら、ボクも終わりだよ」
俺は、HK416を構えながらこの駅員室と、その奥の仮眠室の様子を確かめた。死体や血痕、通路にあったような謎の虫食い穴などは無い。
今のところは安全とみて良いだろう。
だが、電気自体はまだ通っているものの薄暗い。天井が今は『床』となっている。天地逆転の際に、机や椅子など多くの事務用品が落下し、多くの蛍光灯が破損してしまったせいだ。
ひっくり返っている仮眠室の簡素なベッドを起こして、マットレスとシーツを整えた。
他の隊員たちは敵襲に備えて通路の方で休息を取っているが、叡は特別待遇だ。
「こんなもんで大丈夫か?」
「うん」
叡はリュックを下ろし、ベッドに座った。
「俺がずっと番をしているから安心しろ。何かあったら、起こしてやる」
すると。
「……だめ。一緒に寝て」
叡が俺の腕を強く引いた。
「お、おい……! まだ俺の事からかってるのか?」
「ちがう。ボク、寝る時はぬいぐるみに抱きついてないと、寝られないの。だから、代わりになって」
叡が、やけに艶っぽい目で俺を見上げた。
彼女の頬は少し紅潮している。コートの内側に着ている黒のブラウスに包まれた、叡のふくよかな胸が視線に入ってしまい、ドキリとした。
「真面目に言ってるのか……!? 俺はぬいぐるみじゃないぞ!」
「ボクはぬいぐるみも小隊長さんも好きだから大丈夫……」
「俺が大丈夫じゃない……!」
しばらく押し問答を続けるが、叡は鉄よりも頑固だ。俺は観念した。
……ただ寝かしつけるためだ。叡に睡眠を取らせてやらねば、彼女の身体はもたないのだ。邪な意味はない。決して。
俺は、ほとんどの装備を外されたTシャツ姿で、ベッドに腰掛けながら頭の中で必死に唱える。
「小隊長さん、早く寝ようよ」
後ろからTシャツの裾をくいくいと引かれる。
振り返ると、コートを脱いで横たわった叡が俺を誘っていた。
あろうことか、ズボンも履いていない。薄暗い部屋の中で、彼女の透けるような太腿の肌と、白いレースのパンティが目に映える。
「バッ……馬鹿野郎……! なんで脱いでんだよ……! 寝るだけだろ!?」
「だって、いっつもこうして寝てるからだよ……? 小隊長さんは家で、どんな格好で寝てるの?」
「俺もパンツ一丁で寝るが……って、何言わせるんだ! 君は女の子だろ……? デリカシーが無いのか……?」
「小隊長さんになら、見られてもいいもんね。……もっと、見ても良いよ?」
叡は澄ました顔で、パンティの縁に指を引っかけて、そのままずり下げようとする。
「よせっ、やめろ……!」
身体を乗り上げて、叡の手を掴んで阻止する。
だが、叡のすぐ側に寝転ぶ形になってしまった。彼女の熱い吐息が掛かる。
まずい。
そう思った時には、俺の唇へ、叡の湿った唇が重なっていた。
俺の人生初のファーストキスは、昨日の夜出会ったばかりで、どこか浮世離れした危険な香りを漂わせる、たった一人の少女に奪われてしまうことになった。
叡はそのまま目を閉じて、俺を首に手を廻して強く抱きしめた。
少しぬるっとした感触。
戸惑っている内に、叡の生温かい舌が俺の唇を割って入ってきて、そのままぬるぬると挿し込まれていった。
激しく求めるような彼女の舌が、俺の舌に絡みついた。
互いの粘膜が淫靡に擦れ合う。
叡のとろりとした舌と唾液は、少し前に彼女が食べたチョコレートの味がした。
口の中が、彼女の味で満たされる。
深く絡み合うキスをしながら、叡は俺の右手を掴んで、自分の豊かな胸元へと運んだ。
俺の指に押され、彼女の乳房がブラウス越しにふわりと形を変える。柔らかい。
俺の思考は、目の前の信じがたい現実に翻弄され、ぐちゃくちゃだった。頭が熱くなって、まともに考えられない。
叡が、ちゅぱっ……と音を立てて、ゆっくりと唇を離した。
二人の間に一瞬だけ、透明な唾液の架け橋が出来て、儚く消える。
「……どう? ボクと、もっと、続きしたいなら……いいよ?」
叡はとても少女とは思えない妖艶な瞳で、俺の唾液を絡めた舌をぺろりと出しながら、俺を見つめた。
「……ま、待って……どうしてこんなことを、急に……?」
俺はしどろもどろになりながら、尋ねた。
叡は潤んだ瞳で俺を見つめながら、熱のこもった声で言う。
「好きだから……。それ以外に理由が必要……? 小隊長さんは、ボクが嫌い……?」
「それは……嫌いじゃない、が……こういうのは、もっと段階を踏んでからするものだろう……。それとも……叡は慣れてるのか?」
「ボクも初めてだよ……? ただちょっと知識欲が深すぎて、色んなエッチな本を読みすぎただけ……」
「初めてなら……尚更のこと、安易にこんな事すべきじゃない……。自分の身体は大事にした方がいい」
「ボクは、小隊長さんが大好きなの。見せかけじゃなく、本当にボクを命懸けで守ってくれる……。代わりにボクは、小隊長さんを、癒してあげたい……」
「それは、勘違いだ……。君を守ることは……任務だからだ」
「ちがう……。もう、警察も軍隊も国も、壊滅したんだよ。小隊長さんが仕事として任務を果たす意味はなくなった。自分が生き残るために、いつでもボクを見捨てることができた。でも……小隊長さんは、ずっとボクを守り続けてくれた……」
「でも、それは……」
叡が再びキスをしてきて、それ以上の言葉は塞がれてしまった。
「……いいの。ボクが、いいって思ってるんだから。ボクと小隊長さんの命は、今夜で終わりかもしれない。それなら、好きな人と、好きなことをして過ごしたいの。これって、悪いことかな……?」
俺は、何も言う事ができなかった。





