メキシカン・スタンドオフ(1) ──「ここで皆殺しにされたくなかったら、今すぐ、銃を降ろせ」
三洋百貨店前駅に入っていくと、防火扉によって厳重に遮断された通路に遭遇した。
沖國は持っていたAA12アサルトショットガンを降ろし、防火扉を拳で叩いてから、無線で呼び掛ける。
「沖國だ……第四小隊と合流した。開けてくれ」
すると、施錠を解く音が鳴り、防火扉が重々しく開いていく。その向こうから、携帯火炎放射器を背負った銃器対策部隊の森内祐太郎が現れた。
「お疲れ様です。皆さん、よくご無事で……」
視線を巡らせた森内は、俺の存在にも気が付いた。途端に、死神を見たような恐ろしげな表情になる。
訓練での出来事をまだ引き摺っているのか。不快に感じた俺は、文句をつける。
「……おい、その顔は何だ。今、俺がお前を撃つ理由なんてあるわけないだろう」
「あ、いえ……す、すみません……」
俺は、森内の手に持っているUMP45サブマシンガンのセレクターを注視する。セフティが掛かっていない。
後方を振り返って視線を一巡させてみると、他の銃器対策部隊の隊員たちが持つSIG556や89式小銃も同じ状態だった。
「全員、どうしてセフティを外してるんだ……? お前ら、今……何を撃つつもりだ」
そう言うと、米海がM590ショットガンに装着した銃剣の刃の側面を撫でながら、小馬鹿にしたように笑った。
「ハァ、ビビッてんの? そりゃあ、敵が来た時、銃が撃てなかったら困るからよ」
「……なるほど、納得だ。お前みたいな突進しか能のない奴、いざという時にセフティを解除し忘れるだろうからな。賢明だ」
それに対し、彼女は無言で顔に怒りをビキビキと走らせながら、右手の親指を動かして、カチリとセフティを掛けた。
沖國はぎこちない笑顔を浮かべながら、その場で右手を振って進行を促す。
「さあ、入ってくれよ……。ここの安全は確保してある」
俺は不穏な違和感を感じ、HK416を構えたまま、防火扉の奥へ目を凝らす。
そこには、誰の姿も見えない。
「待て。どうして誰も居ないんだ? 他の仲間は? 民間人は……?」
「ああ、それなら……この奥に居るぞ。こんな出入り口近くに、ひとかたまりに集めるわけないだろう。ほら、ボヤッとしてると敵が来る。早く入ってくれよ」
そう沖國は急かした。
しかし、彼の主張を鵜呑みにするには、あまりにも不自然だ。
避難した民間人が奥に集まってるのであれば、地下で反響する騒めきが聞こえるはずなのだが、それらしきものは一切聞こえない。
静寂そのものだ。
「いやあ、ありがてえ……安全な場所で、ひと休みしたかったところだ……」
俺が思い留まっている横で、古淵はニコニコしながら真っ先に入っていき、視力が回復しつつある様子の半田も疲れ切った表情でそれに続いていく。
無言で俺は、宮潟と目を合わせた。
「……とりあえず、入りましょ、宰河? 地下鉄が絶対安全なんて言いきれないけど、他に行くところも無いわよ……」
続けて、叡を見やる。
「ボクにとっては……小隊長さんの近くが一番安全。だから、小隊長さんの行きたいところに……ついていく」
ごもっともだ。状況に不審な点が多いとはいえ、今更引き返すという選択肢もない。
俺は違和感を抱えながらも、叡と宮潟と共に横並びで防火扉の先へ慎重に足を踏み入れた。
不気味な静けさの中で『床』を歩く足音を響かせながら、先行する古淵と半田の背中を見つめる。
そこで俺は、ようやく最後の大きな違和感の正体に気が付いた。
今まで、案内役として先行していたのは沖國たちだった。
しかし、今は居ない。全員、俺たちの背後だ。
……まさか。
背後で、防火扉が閉じられた。
「──────止まれ」
沖國の冷酷な声が響く。
その声を合図に、柱の陰や通路の死角から、残りの隊員たちが次々と姿を現した。構えた銃を、俺たちへ向けながら。
「全員、動くな。銃を捨てて、跪け」
髪をオールバックにまとめ薄く口髭を生やした銃器対策部隊第一班班長の舞原亮警部が、そう告げた。7・62ミリNATO弾を使用する旧式の国産バトルライフルである64式小銃を、俺の胸元に向けている。
その隣には、角刈りの髪でレスラーのように厳つい体格と顔つきの第三班班長の横川浩市警部の姿もある。その手に握られているのは、CIS社製のU100軽機関銃。5・56ミリNATO弾を百発収容する丸いドラムマガジンが付いている。これはWASP隊員から鹵獲したものに違いない。
SATと銃器対策部隊の向ける銃の赤いレーザー照準器の光が、俺を身体を次々と捉えた。
「へいへい、どういうつもりだ!? 冗談はやめろよ……!」
古淵は敵意がないことをアピールしようと、両手を振り続ける。
常軌を逸した状況を察知して、半田は震える腕でM27IARを構えた。
「銃を降ろしてください……! 僕らは仲間ですよ……!?」
二人の様子を眺める横川は、スリングで吊ったU100軽機関銃を腰だめで構えたまま、フンと鼻を鳴らした。何も答えるつもりは無いらしい。
困惑していた宮潟は、銃を向ける隊員たちの中に見知った顔を見つけて、叫んだ。
「麻戸井! あんたまで、何してんのよ……!!」
銃器対策部隊の麻戸井茗子警部補。キツネ目で、その気がなくても常に眠そうな顔をしているショートカットの女性隊員。
WASP隊員から鹵獲したと思しき、M203グレネードランチャー付きのSA58バトルライフルを持ち、宮潟を狙っている。
麻戸井と宮潟は高校時代の同級生であったそうだが、俺は二人が顔を合わせて会話している場面はほとんど見たことがない。
「宮潟……別に、恨みがあるわけじゃないよ。ただ、あたしは死にたくないだけ」
「はぁ? 私だって死にたくないわよ……!? その銃を下ろさないと、真っ先にその頭をブッ飛ばすわよ」
「……正直なところ、あんたのその昔っから生意気な口を、今すぐ塞いでやりたい気持ちで一杯だよ」
どうやら、犬猿の仲のようだ。
俺はHK416から手を放し、叡を俺の傍へと引き寄せる。
「お前ら……どういうつもりだ。装填した銃を人に向けるとは、どういう意味なのか……分かっていてやってるのか?」
一人、遠巻きに携帯火炎放射器を構えている銃器対策部隊の女性隊員が居た。
凛瀬沢京佳巡査。活発そうな目つきを持ち、背が高く、長髪をポニーテールにまとめている。
過去、SATと銃器対策部隊の協力合同訓練で顔を合わせたことはある。今どきでは少々珍しいコテコテの正義感から警察になった人間で、やけに瞳を輝かせながらはきはきと物事を言うのが印象的な若い隊員だった。
どういう経緯なのか、凛瀬沢の腰には日本刀が差してある。恐らく、いきったWASP隊員の誰かが持ち込んだものだろうか。剣道が達者だとは聞いたことがあるが、こんな状況下ではどこまで役に立つだろうか。
「おい、凛瀬沢……! お前、こんな所で火炎放射器を使う気か? この距離なら、俺たちだけじゃなく、お前らの仲間も巻き添えだぞ……」
直接名指しされた凛瀬沢は、飛び上がるほど驚いて、後ずさりする。
「しゃっ、宰河警視……本当に、す、すみません……! ですが……命令なので……!」
「命令だと……?」
俺の後頭部に、冷たい銃口が押し当てられる。
「すまんな、宰河……。理由は、今は聞くな。銃を置いて、跪け」
「…………沖國」
俺は、HK416のスリングを外し、静かに床に置いた。
「……よし。そのまま、両手を後ろに回せ。抵抗するなよ」
横目で、叡の方を見た。米海がM590ショットガンの銃剣を、叡の背中に向けている。
「おいガキ、お前もだ……! ガキだからって、私は容赦しない」
「その銃剣で……ボクを刺すつもり?」
「さあ……? そりゃあ、お前次第だ……。事と次第によっては、な」
俺は視線を正面に戻し、空になった両手をゆっくりと上げながら、叡に声を掛ける。
「叡……心配するな。俺が守ってやる」
「…………ボクは、何も心配してないよ。小隊長さん」
そこで俺は、ひとつ大きく息を吐いた。
「沖國……米海……お前らは、本当に馬鹿だ。全員に何があったのか、予想がついてきたよ。……だが、俺は……俺自身と、仲間と、この子に、武器を向けた奴を、決して許しはしない。…………ここで皆殺しにされたくなかったら、今すぐ、銃を降ろせ」
隊員たちがどよめいた。凛瀬沢だけが、ギョッとして火炎放射器の銃口をすぐに降ろす。
宮潟が不敵な笑みを浮かべながら、構えたベネリM4ショットガンの銃口を隊員一人一人に向けていく。
「模擬弾じゃなく、今度は実弾で殺し合い……? 十三人対、四人……上等よ。不吉な数同士、どっちが強いか試してみましょう。さて……最初は、誰が死にたいの?」
「おい、無駄な抵抗は止めろ……! お前の大事な小隊長が死んでもいいのか……!?」
沖國は怯みながらも、俺の後頭部を銃で小突いた。
俺は、その感触で銃を特定した。
ショットガンよりも小さく、ライフル用のフラッシュハイダーも付いていない、細長い銃身。間違いなく、リボルバーだ。
沖國が愛用する拳銃は、フランスのマニューリン社製のMR73マグナムリボルバー。ダブルアクション式で、口径は357マグナム。
「俺だって、殺し合いをしたいわけじゃない。宰河……死にたくなかったら、大人しく指示に従えよ……!」
「……──────それは、こっちのセリフだ」
素早く俺は左手で沖國の銃を掴んだ。
銃身をねじり上げながら振り返り、MR73マグナムリボルバーを握る沖國の手の親指を、右手でへし折る勢いで思い切り捻って、彼が痛みに叫んで力を緩めた隙に、銃をもぎ取った。
その細長い銃身で、沖國の喉を勢いよく突く。
窒息した沖國が仰け反って倒れていくと同時に、MR73マグナムリボルバーの狙いを変え、米海に向けて引き金を絞った。
マグナムの鋭い反動が腕に突き抜け、豪快な発砲炎が爆散する。
米海のM590ショットガンの銃剣にマグナム弾が着弾し、火花とともに折れて飛んで行った。
驚愕した米海が持つ銃が反射的にこちらに向いたが、セフティは掛かったままだ。
だが、あろうことか、俺が米海に飛び掛かるよりも早く、迅速に振り返った叡がM590ショットガンを掴んだ。
ブーツで米海の右手を蹴り上げ、いつの間にか握っていたバタフライナイフを器用に回転させながら刃を開いて、銃を繋ぐスリングを一瞬で断ち切り、ショットガンを奪い取った。
背中から倒れ込みながら、セフティを解除し、フォアエンドをジャキンと前後させた叡は、硬直する米海の顔面に銃口を向ける。
「────タァアアアアアイム!! タイム! タイム!!」
そこで大声を上げたのは、古淵だった。
「人間同士の殺し合いはウンザリだ!! 全員、やめ!! ラブ・アンド・ピース!!」
古淵の右手には、高性能可塑性爆薬であるC4プラスチック爆弾が握られていた。何故か、ハートの形状に作られている。
「好きな方を選びやがれ! 邪悪な敵と戦い、平和を勝ち取るために結託して戦うか!? それとも、こいつで全員まとめて仲良く消し飛ぶか!? 老い先短いご老人から、未来ある若者たちへ、最後のチャンスをやろうじゃないか────!!」
古淵は満面の笑みで、左手に起爆リモコン、右手にハートの爆弾を掲げた。





