メリー・クリスマス ──「私のご主人様に、何をするつもりです?」
スターライト室町ビル、五十階。
そのフロアは、AH64Dアパッチ・ロングボウの攻撃によって殆どのガラスが今や崩壊し、強い冷風が吹き荒れている。
残ったガラスの上に倒れていた柚岐谷綾は、目を開いた。
口に溜まった黒い血を咳き込みながら吐き出し、殺気立った顔つきで周囲を伺う。
「……弘樹……どこに、行ったんですか……」
最愛の宰河弘樹の姿を探すが、何処にも見当たらない。
柚岐谷は右手でゲパードGM6アンチマテリアルライフルを握りながら、左手でハンマーアックスを拾い上げ、黒く染まった瞳を細め、薄く笑う。
「怖かったら……切り落とさなくても良いんですよ……。手足を折るか、潰すだけで、満足ですから……。身動きできず、泣き叫ぶ貴方を……ずっと優しく抱いてあげていたい……」
柚岐谷は、宰河弘樹という男に恋をした瞬間を、鮮明に思い出していた。
共にSBUに所属していた時の訓練での出来事。
テロリストが航海中の大型客船を占拠したという想定で、宰河弘樹が率いるチームが突入した。見事な手際で次々と部屋を制圧し、訓練は順調そのものであったが、最後に大きなトラブルが起きた。
チームメイトがスタングレネードの投擲を誤り、味方の眼前で炸裂させた。それを喰らって驚いた隊員の一人がショットガンを暴発させ、宰河の右腕を撃ち抜いてしまったのだ。
チームの最後尾から、柚岐谷は撃たれた後の彼の姿を見た。
日頃から勇敢で強く頼もしいリーダーとしてチームを率いていた宰河は、今や、自分の千切れかけた右腕を抱え、成す術もなく床に転がって激痛に叫んでいる。
その時、柚岐谷の中で、ゾクリとする熱い感情がよぎった。
もともと自分に加虐的な素質があることは自覚していたが、生の人間が苦しむ姿に興奮を覚えたのは、それが初めてだった。
このまま残りの手足をもぎ取ってしまったら、彼は愛玩人形同然。
届きそうにない憧れの存在であったはずの彼が、この自分の手元に、堕ちてくる。
そこで柚岐谷は居ても立ってもいられず、駆け出した。
他の隊員を突き飛ばし、倒れた宰河を……その胸で強く抱きしめた。強く、強く、抱きしめ続けた。
「弘樹……私は、その時、初めて恋をしたんです……。ずっと、貴方の手足を引きちぎりたかった。
私だけの肉ダルマになって、私だけを必要としてほしい。私だけを見てほしい……私だけを一生愛してほしい……。
だから……絶対に……逃がしはしませんよ……」
すると柚岐谷の後方で、もう一つの人影が静かに立ち上がる。
「……わたしのご主人様に、何をするつもりです?」
アヤカは不気味な笑みを浮かべ、黒い血をだらだらと吐きながら、閉じた日傘の先端を柚岐谷に向ける。
「ああ……こわいこわい。何という恐ろしい変態性癖でしょうか。
とうとう、【影子】の意識をすっかり飲み込んでしまったのですね。ごく稀に【影子】が乗っ取った相手が強大な自我を持っていた場合、逆に支配されてしまうことがあるとは聞きましたが……まさか、本当にこう成るとは。
ですが……ご主人様にとっては、どの道、災難でしかないことには変わりありませんが」
柚岐谷は表情を消し、片手でゲパードGM6を構えた。
「ずいぶんと鬱陶しい蝿ですね……。あの宮潟の奴も、弘樹が嫌がっているのにしつこく付きまとって……ずっと粉々に叩き潰してやりたいと思っていましたが……お前には、それ以上に殺意が湧きます」
「撃ちたければ、撃ってみてはいかがですか……? 撃った瞬間……貴女の心臓を抉り抜いて、美味しく喰べてあげますよ」
アヤカの身を包む紅いメイド服が、じわじわと黒色に染まっていく。
「そうですか……どうぞ、やってみて下さい。その手足が、残っていたら、ね」
柚岐谷の全身から、骨が軋み臓器が蠢くグロテスクな肉音が鳴り響いた。
同刻、地下鉄東京メトロ、三洋百貨店前駅。
沖國たちに案内され構内へと入っていく俺は、何気なく、自分の腕時計を見た。
ちょうど、時刻が零時へと変わった。
「……十二月、二十五日。だが……地獄は続く……」
俺は失意の表情を叡に向けた。
叡は何か思いついたように、リュックを漁り始める。
「どうした……?」
「……メリークリスマス」
クリームパンを差し出された。
今日はクリスマスということを今更思い出し、急遽、書き起こした幕間話です。
次話から、5章の開始となります。
メリークリスマス。皆さまは、どうか幸せなクリスマスをお過ごしください。





