柚岐谷 綾(1) ──「私は、彼女の全てを知っています……」
正体を暴かれた柚岐谷は、倒れたまま悲痛に呻く。
「……どうして、私を……撃ったんですか……? 私は……小隊長を……守ろうと……」
彼女から流れ出している黒い血が、まるで化学反応を起こしたように、人間の鮮血の色へと変化した。
「柚岐谷……もう、人間のフリをするのはやめろ」
俺は震える声で、言葉を落とした。
「首都第一銀行ビルで、柚岐谷と宮潟が守衛室で護身用具を探していた間、俺はモーショントラッカーを使った。
付近の動体と温度を探知可能なその装置で、俺は見たんだ。
守衛室に居る二人の仲間の反応のうち、一人が……生きた人間としての体温を持っていなかったことを。
そこで初めて俺は、宮潟と柚岐谷のどちらかが……人間に化けた怪物であることを知った。
【文化潜入部隊】と言うのか? 人間に化けて潜伏する怪物の存在を、鶴騎中隊長から既に聞かされていたんだ。
変温動物は、体温を外気温と同等にすることで消費エネルギーを節約できる性質を持つ。
俺が見たものは、本当に偶然だったんだろう。平時は、人間としての適性体温を保つことができるようだな。
二人が戻ってきた直後に俺はモーショントラッカーをもう一度使用したんだが、両者の体温は人間そのものだった。
どちらがその怪物なのか、俺には判別ができなかった。外見だけじゃなく、身体能力や精神までも乗っ取っている。本人そのものだよ。
警察の定期健康診断でも見抜けなかったくらいだ。俺に見分けられるわけがない。
だが……いかに完璧な複製をしていたとしても、一つだけ違うことがあった。
それは、この異世界軍の侵攻計画の全貌を知っているということだ。
知り過ぎているが故に、ボロが出たんだよ。お前は、アヤカに銃を向けた時に言った。
アヤカがここで寝返ったのは、中嶋叡を【生け捕り】にする手柄を独り占めにするために違いない……とな。
……どうして敵の目的が、叡の生け捕りだと知っていた?
アヤカは元々、叡を殺害するつもりで俺たちを襲ってきたんだ。今までに戦った連中も、俺たちを殺しには来たが、叡だけを生け捕りにするような挙動はまだ見せていなかったはずだ。
柚岐谷……お前は、この異世界軍が東京を掃討すると同時に、中嶋叡を生け捕りにすることも計画に組み込まれていることを、初めから知っていたんだろう。
だから口封じのために、アヤカを撃った……計画の遂行のために」
裏切者が明らかになったが、もう遅すぎる。
気付いた時点で、俺は柚岐谷を拘束しておくべきだった。そうすれば、アヤカが射殺される事態は防ぐことができたかもしれない。
だが、積み上がった疑念がついに確信へと変わっても、俺は今の今まで、柚岐谷があの怪物の仲間であると認め、踏み込むことが出来なかったのだ。
柚岐谷は、かけがえのない大切なチームメイトなのだから。
俺は、HK416に搭載したスペクターDRのミニドットサイトで、倒れたままの柚岐谷を照準する。
「柚岐谷……俺は、お前を撃ちたくない……。お前だって、そうだろう……。
俺たちを殺すのはいつでも出来たはずなのに、そうしなかった。チームメイトとして、俺たちを助けてくれた。お前にも、今までチームとして一緒にやってきた情が残っているからだろう……?
だから、お願いだ……投降してくれ……」
「……小隊長……」
柚岐谷は、その表情を深い悲しみに沈めた。
立ち尽くしていた半田が意を決したように、柚岐谷の背後で拘束用タイラップを用意する。
「柚岐谷さん……貴女は、僕の憧れの女性でした。屈強で聡明で勇敢で、美しく……まさしく、特殊部隊の鑑でした。まさか、こんな事になるなんて……僕は、この現実を……強く憎みます」
すると柚岐谷は大きく咳き込んで、顔を俯かせたまま上体を少しずつ起こし始める。
「柚岐谷! それ以上、動くな……!」
俺は咄嗟にHK416の銃口を彼女の頭に押し付けた。
しかし柚岐谷は構わず語り始める。
「……小隊長……私は……柚岐谷綾という人間の、全てを取り込みました。私は、彼女の全てを知っています……SBUに所属していた時から、貴方に、激しい愛情を抱いていたことも……」
「ま、待て……何を言っているんだ?」
「……柚岐谷綾は、幼い頃から、とても謙虚で利巧でした。
周囲との関係を穏健に保つために、自分は主役に立つことはせず……いつでも裏方で応援に回っていました。
貴方に多くの場面で救われた柚岐谷綾は、貴方に愛情を持つようになりますが……それを決して表に出すことはしませんでした。
ですが、愛情は抑えるほど日増しに強くなり、毎晩、貴方の夢を見るほどに激しいものになっていました。
だから……彼女の人生を得た私は、この『ユートピア』の任務を遂行すると共に……彼女の【願望】を叶え、呪縛を解き放とうと考えていました」
「【願望】……?」
柚岐谷は、腰の傷に右手をやりながら、静かに顔を上げた。
真っ黒の闇に染まった両目が、俺を見た。
その顔が、満面の笑みに変わる。
「それは────最愛の貴方を、肉ダルマにすることです」
ピンが抜ける音。
彼女の右手に握られていたのは、スタングレネード。
──────!!
白色の閃光が、大爆発を起こした。





