亡者たちのユートピア(1) ──「生きて帰ってきたのは、両腕を切り落とされた中隊長、ただ一人だったそうです」
「今は無いが……仲間が携帯火炎放射器を持っている。ナパーム燃料を積んだ高出力の軍用型だ。有効射程約三十メートル以内の有機物は何でも焼き尽くせる。それが、どうした……?」
「間もなく必要な時が来るでしょう。トウキョウの地下は、【グザエシル】の同盟国【ガルータム】の【地下浸透部隊】が支配する根城に変貌している可能性が高いです」
「……地下攻略を専門とする特殊部隊か。つくづく……状況は最悪の一途だ」
俺は、先刻の戦いで投げ捨てっぱなしであったマチェットとGSRを拾い上げた。
空になったGSRのマガジンを抜いてダンプポーチに放り込み、新しいマガジンを挿入。スライド後端を軽く引いてスライドストップを解除し、初弾を装填する。
「確かに……地下に籠城する敵を一掃するなら、火炎放射器が最も有効だろうな。逃げ場が限られた地下壕を、ナパームの業火が蹂躙し焼き尽くす。……かつての、硫黄島の戦いのように」
「……いえ、わたしが申し上げているのは、そんな生優しい意味ではないのですよ。
極寒の雪国【ガルータム】では……国民は地下に洞穴を掘って生活を営んでいます。
遠い昔の話ですが、【グザエシル】が、豊富な地下資源を狙い、およそ二百名から成る陸軍の一個中隊を先遣として送り込んだことがありました。
しかし……生きて帰ってきたのは、両腕を切り落とされた中隊長、ただ一人だったそうです。
結果として、【グザエシル】は多額の賠償金の支払いと自国技術の供与を行うことを約束し、両国は和解。現在に至るまで、強力な同盟国となっています。
以後に【グザエシル】が仕掛けたほとんどの戦争に、【ガルータム】の【地下浸透部隊】の暗躍があったと云われています。
その【地下浸透部隊】が、今回の侵攻作戦でも、トウキョウの地下に送り込まれています」
俺は、生唾をごくりと飲み込んだ。
東京の地下は、様々な地下鉄の路線が入り組む巨大迷宮だ。
その姿はまるで……巣穴。
「……この侵攻作戦の概要を教えてくれ。この東京に、七つの国の軍隊が侵攻していると言ったな。我々の世界の全てを、奪うために」
するとアヤカは、一つ咳払いをして、燃え盛る東京の街を眺めながら、作戦の全容を淡々と語り始めた。
「これは……世界の命運を懸けた史上最大の、七つの国家による新天地開拓作戦です。
参加国は、【グザエシル】、【エルコト】、【ロエベッタ】、【ガルータム】、【エスミソン】、【ケヘラー】、【グーリンルド】。
あのトウキョウ・テレポーターが、わたしたちの世界と、この【異世界】を繋いだのです。
テレポーターが創り出す時空の歪みを利用し、こちらの世界の人員を異次元転移させる技術を開発した【グザエシル】と【エルコト】の軍部は、偵察として【文化潜入部隊】を送り込みました。
テレポーターによる転送途中の人間の身体と精神を、【文化潜入部隊】が乗っ取ることで、人間社会に直接浸透するのです。
情報を深く収集できるだけでなく、攻撃が開始されるこの日の為に、侵攻を手助けする強力な工作員として活動できるということです。
【文化潜入部隊】の数は、およそ二百。最精鋭の者は、トウキョウ・テレポーターの管理者や、警察、国防軍、政府の重役などに成り代わりました。
この【異世界】の全土を侵略するための始まりの地が、このニホンという国の心臓部、トウキョウです。
この地を徹底的に叩き潰せば、国は機能を停止します。
攻撃決行日。【グーリンルド】の使い捨ての兵隊たちを暴れさせて、トウキョウ・テレポーターが創る時空のワームホールを崩壊させる時間を稼ぎます。
ワームホールがオーバーロードし巨大な時空のゲートが解放されたら、【ロエベッタ】が操る強力な怪物大隊を空と海に解き放ち、首都機能を大混乱に陥れます。
その混乱に乗じ、それぞれの国の部隊が配置につき行動を開始します。
【ケヘラー】はトウキョウを囲う巨大なバリアーを展開して敵の増援を断ち、【エルコト】は重力操作魔法を使用してバリアー内の敵の動きを封じると共に、国防軍駐屯地の兵器を回収。
【グザエシル】、【エスミソン】、【グーリンルド】の合同部隊は、【文化潜入部隊】の情報を元に、総理大臣を始めとした政府の中枢を担う重要人物たちを殺害。
最後には仕上げとして、獲得した国防軍の兵器を用いてトウキョウの大清掃を行います。
侵攻の範囲を徐々に広めていき、このニホンの全土を手中に収めたら、新天地開拓の大きな一歩となる新国家を、ここに建国します。
新国家の名は既に決定しており、この【異世界】の言葉からとられました。
その名は──『 ユートピア 』。
これが……いま行われている、トウキョウ掃討作戦のあらましです」
聞き終えた俺は目を閉じて、大きく息を吐いた。
話を聞いていた叡と第四小隊のメンバーも、怒りとも悲しみともつかない、重苦しい感情を顔にあらわにしている。
ここで義憤に駆られてアヤカの首を絞めても、何の解決にもなることはない。むしろ、敵でありながら全てを語ってくれた彼女には、感謝する必要があった。
「……よく、話してくれたな。ありがとう。だが……君の裏切りは、間もなく、敵に知れ渡るはずだ。大丈夫なのか……?」
するとアヤカは振り返って、俺に微笑みかけた。
「わたしは……大好きな理想のご主人様と、この地で暮らすことができれば、何も求めるものはありませんよ。心から愛しています、ご主人様」
彼女の瞳は、惚れた純粋な少女の瞳そのものであった。
複雑な心境になって、俺は目を逸らす。
俺は決して、この好意に応えるわけにはいかない。彼女を肯定することは、この地が異世界軍に占領されようとする現状を、降伏し受け入れるということと同義だ。
返答する代わりに俺は、新たな疑問を投げかけた。
「……俺たちが生き延びて救援を要請するには、一帯にバリアーを展開する【ケヘラー】と、重力を操作する【エルコト】の部隊を制圧する必要がある。奴らは、どこに居る?」
「【エルコト】の配置場所は不明ですが、【ケヘラー】の巨大バリアー展開部隊の場所は分かります。彼らは……『 赤の塔 』に居ます」
「『赤の塔』……?」
俺は自分の言葉としてそれを発した時、ようやく気が付いた。
この東京において、『赤の塔』となるものは、あの建造物しかない。
夜景を眺めるアヤカの視線を辿ると、遠くに、『赤の塔』が巨大な魔物の如くそびえ立っているのが見えた。
この場所から、およそ五キロメートル先。
東京都港区に建つ、フランスのエッフェル塔にも似た、地上333メートルに及ぶ巨大な赤色の電波塔。
一九五八年に完成して以来、東京都の不動のシンボルとして人々の心に強い印象を与え続ける、東京を代表する名所。
逆さとなった地から伸びるその『赤の塔』は、今はそこを占拠している者たちの手によって、全身から紅い禍々しい光を放っている。
俺は、絶望的な気持ちで、『赤の塔』の名前を呟いた。
「……────────東京タワー」





