殺人摩天楼(1) ──「その子、中嶋叡を殺しに参っただけです。どうか、ご安心を」
アヤカと名乗ったそのメイドは、猫のような妖しい瞳で、俺を見つめ続けている。
穏やかな顔の下に隠した、禍々しい殺気。
彼女は紛れもなく、異世界軍の刺客だ。
「……それ以上、近づくな。一歩でも動いたら、その頭を撃ち抜く」
真っ直ぐに構えたGSRのグリーンに淡く光るトリチウム・ノバックサイト越しに、アヤカを睨みつける。
距離はおよそ八メートル。
武器や防具は一見して持っていないように見えるが、我々の常識が通用する相手ではない。
彼女が持っている日傘が何らかの強力な武器に変化するはずだ。SAT第一小隊の永友小隊長は、日傘から変化した死神の鎌によって殺害されたのだ。
アヤカは微笑みながら首を傾げ、そして自分の持つ日傘を見上げた。
「ああ……そういうことでしたか。これは武器ではないのですよ。失礼しました」
彼女は落ち着いた物腰で、日傘を畳むと、足元へ静かに置いた。
「わたしは、戦いに来たわけではありません。ただ、貴方の後ろにいるその子、中嶋叡を殺しに参っただけです。どうか、ご安心を……ご主人様」
彼女は、東京テレポーターに現れたミイよりも、流暢な日本語を喋った。
しかし、頭の致命的なネジが何本も外れていることは全く同じのようだ。
<小隊長……! どうしたの!? 何処へ行ったの!? 応答して……!>
無線越しに、宮潟が悲痛な声を上げた。
「宮潟! 俺と叡は無事だ……! だが、異世界軍と遭遇した。女が一人……【魔法使い】だ。知らない場所に転送させられた!」
<嘘でしょう……? 何処か分かる!? 特徴は……!?>
「高層ビル屋上のプールだ。ガラス張りで、周りの景色が一望できる」
<そんなリッチな建物、そうそうあるもんじゃないわよね……。いったい、どこかしら?>
すると、俺の後ろで叡がボソリと言った。
「……多分、同じビルだよ。さっきのエアマットに、『スターライトホテル』って書いてあった」
「なるほど、スターライト室町ビルの……屋上か!」
俺は、黙って佇んでいるアヤカに銃の照準を決して離さないようにしながら、宮潟に無線で問いかけた。
「宮潟! スターライト室町ビルの上層階に、プール付きの高級ホテルがあるか!?」
<え、本当!? ちょっと待って、ビルの案内板を見るわ! …………本当、三十階から上は『スターライトホテル』よ!>
「待て、三十階だと? じゃあ、最上階は何階だ!?」
<…………五十階よ>
俺は、無言で力なく息を吐いた。
五十階建ての高層ビル。その高度は、二百メートル以上に達する。
バックパックやボディアーマーを丸ごと置いてきてあるせいで、今の俺には、拳銃と近接武器しか持ち合わせがない。
<しっかりして! これくらい大したことない……! 五分で行くわ! 絶対よ……!>
俺はGSRを握り直し、アヤカに鋭い視線を向ける。
「殺させはしない……。俺が相手だ」
「それは……『指一本でも触れたら、絶対に許さない』という、有名なあれでしょうか?」
俺は、引き金に掛けた指の力を、じわじわと強めていく。
アヤカはぴくりとも怯まず、俺を穏やかに見つめながら言う。
「待ってください……ご主人様。わたしは……ご主人様を、助けに来たんですよ?」
「そんなデタラメ、通用するとでも思うか」
「本当です。強力な【高機動騎兵隊】が、こちらに向かっています。彼らの目的は、その子の誘拐です。
もしご主人様が捕まったら、ありとあらゆる凄惨な拷問を施され、精神が破壊された後は、生きたまま彼らのディナーにされるでしょう。
ご主人様の部下の女の子たちも、きっと両手両足を落とされ、蟲を胎内に産み付けられて繭にされるでしょう。
わたしは、ご主人様がそんな目に遭うのを見るのは、とてもつらく、嫌なのです」
終始、俺に対して愛おしそうな視線を向け続ける彼女に、背筋が凍るような寒気を覚えた。
「わたしは、勇敢に竜と戦うご主人様を見て、今まで感じたことのない、恋に落ちてしまいました。
ご主人様を、心から愛しています。
わたしは、愛するご主人様を助けたい。
その子が居るから、ご主人様も狙われてしまうのです。
だから、その子を殺してしまえば、ご主人様は助かるのです……」
『天井』に、例の黒い魔法陣が次々と出現した。その数、十個。
「わたしは、この世界のことを、たくさん勉強してきました。ここに住むことをずっと夢見ていたからです。
あとは大好きな理想のご主人様さえいれば、わたしは本当に幸せなのです。
わたしは、それを叶えるために、武器の事も、たくさん学んできました。
この世界には、【とても怖くて強い武器】がありますよね。こんな武器を考えるなんて、人間は本当に凄いと思います。
だから、わたしは、その武器を複製し、仲間たちの武器としました」
十個の魔法陣から、濃厚な血の臭いを伴って、十人の人影が降りてきた。
体格のそれぞれ異なる、五人の赤いメイドと、五人の赤い執事。
全員が、黒い鉄仮面を被っている。
そして彼らの手には、アヤカが言う【とても怖くて強い武器】が握られている。
服の色のせいで判りづらいが、十人全員に、相当な量の血液が染みついている。
まさか……ビルに居たはずの人々は、皆、彼らの手によって──。
「……叡。俺と、距離を取れ。出来るだけ、この場所の隅に行け……逃げろ!」
十人が一斉に、その武器を起動させた。
エンジンの駆動音。そして、耳障りなヴィィイイイイインという回転音が、周囲に喧しく木霊する。
「──────チェーンソウ。わたしが、一番大好きな武器です」
鋭い刃を持ったチェーンが高速で回転し、丸太を易々を切断できる大型の工具。チェーンソウ。
新鮮な血で汚れたチェーンソウを手に、アヤカの召喚した十人のメイドと執事は、一斉に移動を開始した。
「小隊長さん……!!」
後方で叡が、悲鳴を上げる。
俺はGSRを左手に持ち替え、代わりに右手で腰に差したマチェットを引き抜いて、握り締める。
「俺が、絶対に守ってやる。…………指一本触れるよりも早く、奴らを、一人残らず殲滅する」





