ストラングル・ホールド(2) ──「ボクなら、それを奪う」
叡の剣幕に、半田は悲しみに顔を歪め、黙って俯いてしまった。
古淵は、自分の弟を見るような目つきで、彼の肩を軽く叩いて言った。
「怒りたきゃ、怒ってもいい。俺たちは人間なんだからな。お前の怒りは間違ってない。けどな、この嬢ちゃんの怒りも間違いじゃない。今は、集中しろ。迷えば、全員、あのバケモノどもに殺される」
今まで沈黙していた俺も、ゆっくりと口を開く。
「半田……俺は、お前が必要だ。チームを助けてくれ。
俺も、出来ることなら……多くの民間人を助けたかった。だが……鶴騎中隊長に託された、この任務がある。無論、全ての行動の責任は俺が取る。いかなる処分でも受け入れるつもりだ。俺を糾弾するなら、どうか……その時まで待っていてくれ。今は、チームメイトとして、一緒に戦ってほしい」
半田は嗚咽を漏らしながら、充血した目を開く。
そして、大きく息を吸い、こう言った。
「…………『三洋百貨店前駅』」
「なに?」
半田は、右足のブーツのかかとで、床をコツコツと蹴った。
「東京メトロ……地下鉄です。沖國小隊長の言葉で思い出したんですよ。この大通りの真下には、地下鉄の駅があるはずです。そこなら、あの忌々しいドラゴンの群れから逃れられるだけじゃなく、比較的安全な地下ルートで東京テレポーターに近づけると思います。……どうですか、宰河さん」
スマートフォンを取り出し、周辺地図を確認する。
彼の言う通り、被災した車列が散乱する国道の真下に、地下鉄駅である『三洋百貨店前駅』が横たわっている。
「……名案だ。これなら、三洋百貨店に立て籠もっているチームも安全が確保できる」
俺は早速、SAT第二小隊の沖國に無線で呼び掛ける。
「こちらS4! S2、応答願う。無事か?」
<……こちらS2! 全く無事じゃないが、どうにか生きてるぞ! 何か朗報があるか!?>
「脱出ルートを発見した。地下鉄だ。三洋百貨店には、地下鉄の乗り場がある。そこなら、この一帯から安全に退避できるはずだ」
<そうか……! クソッ、もっと早く気付いていれば……。分かった、そこで合流しよう! WASPの連中も、そこから逃げたのかもな>
「ん? 奴らは、ストライカー装甲車を放棄して脱出したのか?」
<そうだ。さっき、この建物の上層から大通りを偵察したが、アルファ小隊の二両はバケモンの襲撃でぶっ壊されていた。後方のブラヴォー小隊の装甲車も、事故で横転した他の車両が邪魔で立往生したようだ。あっちも少なくない犠牲者を出したようだが、小隊長の死体は見たところ無かった。どこへ消えたのかと不思議だったが、地下鉄へ逃げたなら納得だ>
「情報をありがとう……。つまり、地下鉄では奴らと鉢合わせする可能性もあるのか。注意しておいた方が良さそうだな」
<なぁに、俺がフン縛ってボコボコにしてやるよ>
「ところで、戦闘ヘリはどうなったか分かるか? 一機は墜落したが、残りの二機は上空で戦っていたようだが」
<どこかに飛んで行っちまったよ。増援を引き連れて助けに戻ってくる可能性もあるが……ろくに期待はしない方がいい。あんな目立つ物、どうせ集中攻撃に遭っていずれ撃墜される。……それよりも、テレビを見たか?>
「テレビだって?」
<勘違いするな、世間話をしたいわけじゃねえ。どのチャンネルも、地獄しか映ってない。この国は……終わりだよ>
俺の眼前に、宮潟がワンセグチューナー内蔵のスマートフォンを差し出して、生放送のニュースを見せた。
東京湾から見た、東京の夜景。
紅い炎の海が、街を覆っていた。空には無数の魔法陣が浮遊している。
チャンネルを切り替えると今度は、竜の大群が街を襲撃している映像が流れた。建物を次々と炎で焼き払い、逃げ惑う人々を残忍に襲っている。レポーターは避難する人々と共に逃げ惑い泣き叫ぶばかりだ。
別のチャンネルでは、ビルから見下ろした渋谷のスクランブル交差点の映像が放映されている。
炎に覆われる交差点の中央には、喧しい吠え声を上げ続ける十メートル級の二体の大型竜。筋肉逞しい方の竜が、もう一体の竜を背後から掴んで密着し、腰を激しく振り続けている。その周囲には、黒焦げになった多数の人間の焼死体が散乱していた。
俺は胸糞悪くなって、宮潟のスマートフォンを返した。
「こちらS4……今、見た」
<政府も、国防軍も、警察も、消防も、救急も、まともに機能できなくなっている。誰が、こんな異常な侵略に対処できると思う? 一夜で首都壊滅。日本全土が滅ぶのも時間の問題だろう>
「……そうはさせない。俺たちが、止める。中嶋稔道を救出し、この異世界軍をテレポーターの向こうへ押し返す方法を突き止める」
<そうさ……その通りだ。必ず任務を果たすぞ。援軍は無いが、頑張ろうぜ。日本警察の最後にして最強の切り札の俺たちが、やるんだ。……ここもそろそろ危ない、移動を開始する。駅で落ち合おう>
「ああ、健闘を祈る。無事に切り抜けてくれ」
俺は通信を終えると、ダンプポーチから残弾の少ないマガジンを取り出して残りの5・56ミリNATO弾を引き抜き、HK416に挿してあった方のマガジンに移し替えて補充する。
「よし……ここを出て、地下鉄へ退避しよう。
だが、この首都第一銀行ビル内には地下鉄への乗り場は無い。最も近いのは、横道を挟んで隣にある、スターライト室町ビルの乗り場だ。また外に出る羽目になるが、短い距離だ。スタングレネードを有効に使用すれば切り抜けられるだろう。炎を吐ける大型竜に対しても、アンチマテリアルライフルが効く。
建物に走りこんだら、通路のサイズから考えても内部に居るのは小型竜だけのはずだ。小火器で撃破し道を切り拓き、地下鉄の乗り場に突っ走る。
……どうだ?」
第四小隊の四人は異議なく頷く。
「叡は、どう思う。大丈夫か」
すると叡は難しそうな顔をして、顔を傾ける。
「ボクは、良いとは思う。けど……そんな簡単にいくかな」
「どういう意味だ?」
「まだ、敵には大きな策があると思う。人間を徹底的に掃討するつもりなら、まだ不十分だと思う」
「……これ以上、何をやるって言うんだよ」
「国防軍には、強力な戦車や戦闘機が沢山ある。ボクなら、それを奪う」
「どうやって……?」
その時、巨大な衝撃が襲い掛かった。





