出撃の刻(1) ──「身の安全は保障しませんよ!」
静粛な夜空の下、騒々しいクリスマスが始まろうとしている。
外へ出ると、装甲車両がひしめき合い、重装備の兵士がせわしなく行き交う、前線の駐屯地そのものの様相であった。
会議室の説明でもあった、WASPが持ち込んだストライカー装甲車も停車している。
改めて見ても、ゾウのように大柄で迫力があり、無敵の存在感だ。SA58カービンを脇に下げたWASP隊員が、車両上部に搭載されたブローニングM2重機関銃の点検を行っていた。
「ボク、あっちに乗った方が良いと思うんだけど」
叡がストライカー装甲車を指さす。
「心配するな、俺たちも装甲車に乗る。そっちに停めてある、九六式装甲車。安心の日本製だぞ」
九六式装甲車はストライカーよりもやや小さい装甲車で、警察仕様として青と白の二色で塗装されている。
これは元々は国防軍で採用されていたものだが、後継となる新式の装甲車の導入が始まったことから徐々に退役していき、一部が全国の警察特殊部隊や機動隊向けに卸されることになった装甲車だ。
「安心の日本製? 『慢心の日本製』の間違いじゃないの。耐久性の偽装はしてないよね」
もはや驚かないが、叡の口撃には容赦がない。
「俺は、整備チームの万全の検査を信じるだけだ」
「小隊長さんがそう言うなら、良いけど。ボクは、小隊長さんのことを心配してるんだよ」
その時、背後から呼び止められた。傘宮中隊副長だ。
「中隊副長、何かありましたか」
「ああ……」
傘宮中隊副長の浮かべる表情は、緊急事態を伝える緊迫した顔つきというよりも、気まずいものを抱えて言い淀んでいる複雑な顔立ちだ。
視線がゆっくりと、俺から、宮潟の方へ向く。
「ついさっき、警察庁長官官房長から電話が入った。それで……──宮潟には、この任務から外れてもらうことになった」
「……え?」
予想外の事態に、俺は聞き返してしまったが、頭の中では理解できる。
宮潟瑯矢の父親である宮潟晴十郎が、彼女の出動に「待った」を掛けたのだ。
このような形の介入が入るのは、初めてだった。
宮潟晴十郎は、自分の娘が警察特殊部隊SATへの入隊すること、そして中でも特殊な立ち位置の第四小隊へ所属することにも、何の異論を挟まないどころか、彼女の希望を最優先して推し進めてきたのだ。
そんな宮潟晴十郎が、ついに彼女の腕を掴んだ。
それほど、今回の非常事態を重く見たということか。
宮潟の表情が、すとんと抜け落ちた。
彼女は無表情で傘宮中隊副長に迫り、いきなり胸倉を掴み上げた。
「どういうこと……? 今更、父さんが邪魔するっていうの……?」
「これは……命令だぞ」
「聞くつもりはないわ……」
俺は「やめろ!」と宮潟の手を引き剥がそうとするが、彼女の力は驚くほど強い。
宮潟は目を剥いて、怯える傘宮中隊副長に顔面を迫らせる。
「私は、こんな日に戦う為に、ずっと訓練で身を粉にしてきたのよ。発破のミスで指が吹っ飛んで血まみれになったこともあったし、スペツナズの訓練の時は現地の兵士に犯されそうにもなったこともあるわ。それでも父さんは、私の意志を聞いて、ここで戦い続けることを応援し続けてくれたじゃない。なのに、どういうつもり……?」
「やめろ、宮潟!!」
俺は右手で、宮潟の頬を平手で打った。
彼女はようやく傘宮中隊副長を放し、見捨てられた子犬のような目で俺を見つめた。
「どうして……? まさか、小隊長も、私が居なくなっても良いって言うの……?」
「そうじゃない! 官房長も、あの一連の映像を見たんだ。SAT隊員たちが、切り刻まれ、肉屑にされる、あの映像だ。君も、そうなるかもしれないと、恐怖したんだ」
同僚たちが虐殺される光景を見て、まともに戦意を維持できる人間が、どれだけ居るだろうか。
あの場所に、自分の娘を送り出す勇気のある父親は、どれほど居るだろうか。
俺には、この命令を下した宮潟晴十郎の苦しみが、痛いほどよく分かっていた。
「私は……私は、絶対にあんな風に殺られはしないわ。返り討ちにして、全滅させてみせる」
「いいから、よく聞け。これは、官房長と君……親と子の問題だ。俺は、宮潟の努力と実力はよく知っているが、全てを理解しているわけじゃない。宮潟自身が、一番よく知っているはずだ。だから、君とお父さんの二人で、直接話してこい」
宮潟は、戸惑いの顔を浮かべる。
「話したとして……納得してくれるかしら」
「ああ。中隊副長に容赦なく掴み掛かるほどの本気なら、きっと、説得できる。早く、行ってこい」
彼女は迷いを消して頷くと、隊庁舎へ走っていった。
それを見送りながら、傘宮中隊副長は忌々しそうに俺へ忠告する。
「出発は、十分後だ。宮潟を待つために遅らせることは、認められないぞ」
「分かっています……申し訳ありませんでした」
傘宮中隊副長が去っていき、残された四人は互いに視線を巡らせる。
柚岐谷は溜息をついて言った。
「宮潟さんは抜きでやることになりそうですかね。五人のチームで、一人の欠員は大きいですよ」
「もしそうなったら……仕方のないことだ。だが、この通り、守りの壁はブ厚い。宮潟が居なくても、俺たちだけで完遂できるだろう」
「……小隊長は、宮潟さんが居なくても、惜しくはないんですか?」
尋ねられ、俺は今の自分が小隊長として矛盾した考えを持っていることに気付いた。
目頭をつまんで、言葉をまとめてから、答える。
「この件は顛末に身を任せるのみだが……正直に言えば、宮潟を連れていくことは、不安がある。実力は充分に知っているが……今の宮潟は、恐怖を過剰な自信で打ち消そうとしているように見える。このまま冷静に任務を遂行し続けることが出来るかどうか、予断が難しい」
「小難しい考察は止めて、もっと、率直な言葉で言ってみてはどうですか?」
「何?」
すると柚岐谷は、他に聞かれないように、近寄って俺に耳打ちする。
「宮潟さんが好きだから、連れて行きたくないんですよね。分かります」
「……ばっ、馬鹿言うなよ」
雰囲気で察した古淵が、「カッカッカッ」と笑う。
「まあねぇ、俺にとってもチームの妹分みたいなもんだ。そりゃ、あんな血みどろの地獄には連れて行きたくねえって。炎に飛び込んでいくのは、古来より男の仕事だ」
「すみません……それは、女の私は下がっていろと言う意味ですか? それとも、私を男扱いしてます?」
そこに、プラスチックの籠を抱えた一人のWASP隊員がやってきた。
若い女性隊員で、ヘッドホン型のイヤープロテクターを首に引っかけ、シグ社製のSSG3000スナイパーライフルを背負っている。
「どうもー。SAT第四小隊の皆さん! これを着けてください。IRマーカーです!」
妙に元気でテンションの高いWASP隊員は、籠を差し出した。
中には、クリップが付いた小さい丸いライトが入っている。
古淵がそれを手に取って、なぜか臭いを嗅ぎ始める。
「こりゃ何だ。脱走防止の発信機か?」
「もっと恐ろしいですよ! これが無いと、ロケットが飛んでくるかもしれません!」
WASP隊員は、ニコニコしながら上を指さした。
見上げると、遥か上空を三機のヘリコプターが飛行している。
「…………『空飛ぶ戦車』」
AH64Dアパッチ・ロングボウ。
大量の対戦車兵器を搭載した戦闘ヘリコプター。
「このIRマーカーのおかげで、夜間でも味方を上空から識別できるわけです! もし着けない場合、身の安全は保障しませんよ! ……まあ冗談ですけどね!」
まったく面白くもない冗談だ。
俺たちはIRマーカーを身に着けて、叡にも渡そうとするが、彼女は首を横に振った。
「位置を知られるのは、好きじゃない」
「おいおい、何を言ってるんだ」
「だって、もしその戦闘ヘリが裏切ってボクを殺しに来たら、位置が丸分かりになるでしょ」
俺は苦笑する。
「本当に何も信用しないつもりなのか。そんなつもりじゃ、任務に支障をきたすよ」
「今のところ、小隊長さんのことだけは信用しているよ。他は微妙だけど」
「はぁ……もう好きにしてくれ」





