敵なら殺せ (2) ──「右の線路にボク。左の線路に、貴方の四人の部下。列車は壊せない」
宮潟は、叡を一瞥して露骨に舌打ちする。
「その辺にガムテープ、あるかしら。こいつの口に貼っときたい。黙らせても任務に支障はないでしょ?」
それに便乗し、今度は柚岐谷も冷淡に言う。
「指紋認証、静脈認証、網膜認証、音声認証……私たちに必要な物は、右手、目玉、声。ところで私は、狩猟家の父の元で育ちました。獲物の解体は、ナイフ一本で速やかに出来ます。声は録っておけばどうにでもなります」
『女の敵は女』と言うべきか、女性陣からは叡の言動はすこぶる不評のようだ。
まったく大人げない。俺は呆れてしまう。
こんな子供の言動に真面目にムキになってどうするのか。
十五歳なんて、まさに怖いものなど無いという年頃だ。何をやっても、親や学校が守ってくれるのだから。
「……脅すつもり? ボクを? ……それは自由だけど、もうボクは、全部録音してるよ」
その言葉に、二人はぐっと押し黙る。
古淵と半田は、知らぬ存ぜぬという顔つきで口を噤んだまま、そっぽを向いた。
本当に大した子だ。俺は苦笑する。
「怖がらせて申し訳ない。こんな連中だが、腕は確かだ。小隊長の俺が保証する」
「……ボクは思うよ。礼儀、言葉遣いの教育が不足してる。これだから、警察はいつまで経っても、国民に嫌な部分ばっかり注目されて、役立たずの税金泥棒扱いされるの」
「随分な物言いだ。将来は芸能人かな……。その反骨精神は、俺は嫌いじゃないよ」
「ボクはもともと、こういう性格なの」
「……どういう性格であれ、俺たちは君を必ず守る。それが任務だ」
部下たちの手前、俺は努めて小隊長の顔をしてそう言った。
本音では、今すぐ他の小隊に譲りたいくらい、苦手に思う。
こんな年頃の女の子の面倒を見る経験など今までに無い。
それに、一般人を連れて行動するのは、第四小隊の行動に重い足枷が付くということだ。彼女をすぐ背後に伴ったまま、敵の懐に素早く攻め入ることなど出来るわけもない。
バーサーカーのごとく闘いを求めているわけでは決してないが、この日本の治安を大きく揺るがす未曽有の危機に対して、自分たちは今のところ、この少女の愚痴を聞きながらお守をすることでしか貢献できていないのが、非常に歯痒い思いだった。
宮潟も柚岐谷も、少女の性格への不満と併せて同じ思いを抱いているに違いない。
かといって、それを口に出してもプラスには全くならないことは自覚してほしいものだが……。
叡は大きな瞳をパチリと瞬きさせて、口元を隠すマフラーを少し指で下げた。
「その言ったこと……絶対に忘れないで。どんな敵が来ても、ボクを守ってほしい。逃げないで」
俺は、ハッとして、その瞳を見つめ返した。
……そう、彼女はただの子供なんだ。誰かに守られなければ、生きることはできない。
どうして少女は、この場に一人で居るのだろうかと、改めて考える。
普通ならば、子供をこんな危険な任務に参加させるなんて、事情はどうあれ両親は必ず反対するはずだ。
彼女の言った通り、残念ながら、警察という機関は日頃からあまり信用されてない。
いくら情熱的な説得や、多額の謝礼金があったとしても、この世でたった一人の我が子を、信頼できる付き添いもなしに差し出すことができるというのだろうか。
それが……普通の家庭ならば。
中嶋稔道は何故、核シェルターを開けるための権限を、肉親には一切与えず、孫娘の叡にだけに与えたのか。
裏に、複雑な家庭環境がほの見えた気がした。
「ああ……俺たちは逃げない。必ず戦い、君を守る」
「なら、聞いてもいい? 心理テスト」
叡は、俺を真っ直ぐに見据えながら、尋ねる。
「線路を暴走してる貨物列車がある。貴方はそれを止めることはできないけど、線路を切り替えることだけはできる。
右の線路には、ボクが一人縛られてる。
左の線路には、百人の市民が縛られてる。
右なら、ボクが死ぬだけ。左なら、大惨事。……貴方はどっちに切り替える?」
俺以外の四人が、一斉に叡を睨む。
「ちょっと……それ以上、戯言をやめなかったら本当に縛り倒すわよ?」
宮潟はそう言って脅すが、叡は淡々と俺に視線を向け続けた。
「ボクは、小隊長さん、貴方だけに聞いてるの。どうする?」
「こんなの真面目に答える必要ないわ、馬鹿らしい。縛るわ」
力技に出ようとする宮潟を「まあまあ」と制して、俺は迷わず答える。
「左に切り替えて、君の命を守る」
すると叡は、意外そうに目を見開き、それから満足そうに瞳を細める。
「へえ……そうなんだ。嘘でも、ちょっと嬉しい」
「別に、他意はない。百人の市民よりも、君の命を最優先で守る。それが与えられた任務だからだ。……誤解されないよう付け加えるが、実際にそんな事態が起こったら、対物火器で列車を吹っ飛ばし、全員を守るつもりだ」
「……それなら」
叡は続けて言った。
「右の線路にボク。左の線路に、貴方の四人の部下。列車は壊せない。これなら、どうする?」
「……こんな質問、まだ続ける気か?」
「これで最後。どうする? 教えて」
流石に考えあぐねて、俺は件の四人の顔つきを見る。
皆、一様に緊張した面持ちで、俺の返答を待ち構えていた。
答えないわけにはいかなそうだ。
「右に切り替え、すぐに俺は縛られた君を運び出して、逃げる。……これじゃ駄目か?」
「駄目だよ。右か左、どちらかを選んで、どちらかが犠牲になるのは避けられない」
「なら……ノーコメントだ。俺には、選べない。本当にその時になるまで分からない。
……与えられた任務は、重い。だが、俺の仲間の命も、同じだけの重さがある。君は絶対に守らなければならないが、仲間も絶対に守るつもりだ。どちらかを捨てるなんて、今の俺には決断できない。
どちらも救う手段があるなら、それが例え、俺自身が爆弾を抱えて列車に突っ込むことであっても、俺はやる」
「ふーん……」
叡は、こくこくと頷く。
「その気持ちは、すごく分かった。でも、ボクは疑問がある。最初の質問で、ボクと百人の市民の命を天秤に掛けた時、どうしてその言葉が出てこなかったのかな」
「……人の命は、平等ではない。その全てを救うことはできない。全知全能のヒーローなんて、存在しないからだ。俺の任務は、助けるべき人間を助けること。君と、この仲間たちを守る。その任務に、全身全霊で挑む。それだけだ」
そこで叡の頭に、宮潟の拳骨が落ちた。
「痛ッ」
「そう痛がってられるのも、生きてる証拠よ。最強のボディーガードがついてることを、全力で感謝しなさい。……そろそろドレスアップの時間じゃないかしら? バケモノをブッ殺す武器を貰いに行くわよ」





