ファー・クライ ──「さもなくば、全員ブチ殺します」
「────突入!!」
応援部隊として到着した銃器対策部隊第八班の班長、阪部岩貴警部の号令と共に、防弾盾を構えた隊員たちが東京テレポーターのエントランスホールに先行して踏み込んだ。
彼らの背後について、SIG556アサルトライフルを手にした阪部と部下たちも次々と屋内に進入する。
「……クソッ……何てこった……」
充満する死臭。彼らを出迎えたのは、夥しい数の死体の山だった。
著しく損壊した黒焦げの屍が、床を埋め尽くしている。
これは、つい先程まで東京テレポーターの施設全体を覆っていた、謎の蒼い光のバリアーに触れてしまった為に違いない。
外でも、不用意に触れた数名の警察官が犠牲になっていたから、どのような地獄絵図が繰り広げられたかは想像は難くなかった。
元々、警視庁刑事部の捜査一課で多くの殺人事件を担当していた阪部さえも、肌が粟立つ思いであった。
すぐ隣に居る副班長、南牧環人警部補が「ウッ」とえずいた。
「南牧……大丈夫か」
南牧は苦しそうに嘔吐を堪え、首を横に振った。
「……大丈夫に見えますか」
焼死体だけではない。射殺された死体や、首や四肢を鋭利に切断された遺体も転がっている。
見知った仲間の死体もあった。
「あそこに転がってる首は……五班の黒旗副班長の頭です……。多分、本当に……全滅したんだと思います」
「まさか……有り得ない……」
この東京テレポーターには、警視庁特殊部隊SAT第一小隊と銃器対策部隊第五班、第六班が派遣されており、警備は恐ろしく厳重で強力だ。
仮にテロが発生しても、ほとんどはこの警備部隊だけで鎮圧できるであろう装備が整っていたはずだ。
「きっと……連絡が取れないのは、負傷者の救護に掛かりきりだからだろう……。現に、もう銃声は聞こえない……」
「……いえ、自分はそう思いません。モーショントラッカーに、何の反応も無いんですよ」
南牧は蒼白な顔で、左手に持ったハンディカメラのような装置、M7動体探知器のモニターを凝視する。
アメリカ製でMIL規格に基づき設計されているこのM7動体探知器は、周囲約二十メートル以内の人の動きと体温を検知しレーダーに表示する装置で、日本警察の対テロ装備強化の一環で調達されたものだ。
阪部が踏み出した右足の下で、何かがバリバリと砕けた。
見るとそれは、人間の焼けた右手であった。
「敵影なし……生存者も……なし」
M37ステークアウト・ショットガンを構えて周囲を警戒する隊員、真津山渡利警部補が声を上げた。
「……阪部班長、まさか、俺たちも皆殺しにされるんじゃないですか」
真津山は怯えた視線を阪部に向けた。
「馬鹿野郎、縁起でもないことを言うな……!」
「しかし……見てください、この切断された死体を……。日本刀でも、こんな鋭利に人間の四肢は切れませんよ。レーザーで焼き切られたような痕跡もありません。外のバリアーしかり、敵は……我々を容易く弄り殺せるような兵器を持っています」
「……だが、仲間が倒してくれたはずだ。全滅なんて……有り得ない」
南牧が、今にも泣き出しそうな情けない表情で阪部を見る。
「やはり、阪部班長……撤退すべきです。国防軍に任せましょう! 仲間と連絡が取れず、何が潜んでいるか分からない以上……これ以上の進行は無謀です……!」
「……我々は、いつでも退却できるだろう。だが……取り残された市民は、そうではないんだ。今も、命の危険に晒され、助けを待っているかもしれないんだ。これだけ見境なく殺戮できる連中が相手だ。一刻を争う」
「しかし……我々は、実戦経験が無いんですよ……! こんな得体の知れない敵と戦う訓練は受けていません……! 去年、国防陸軍に、対市街地テロ専門の特殊部隊【WASP】が新設されましたよね。ここは、彼らに任せるべきでは……」
「それ以上の泣き言はやめろ! 分かっている。何も、この現状の戦力だけで戦争しようってわけじゃない。後続の応援部隊の為にも、可能な限り情報を収集することも重要だ。手に負えない状況と分かったら、すぐに撤退命令を出す」
「……すでに、手に負えませんよ。自分は、そう思います」
その時、防弾盾を構えて警戒している隊員の一人が、大声を上げた。
「────生存者一名! ロビーの向こうです!」
全員の視線が一斉に、その方向へ動く。
阪部は、息を飲んだ。
一人の少女が、遠くから歩いてくる。
大人びた顔立ちをしているが、まだ学生であろう。阪部自身にも、同じ年頃の娘が居るから判る。
……だが。
阪部は、親指でSIG556アサルトライフルのセフティをカチリと解除した。
少女は、異様な出で立ちをしていた。
右手には、M870Pショットガン。
スリングで背負っているのは、MPXサブマシンガン、M26MASSショットガン。
血で汚れた防弾タクティカルベストを身に着けている。
タクティカルベストのポーチには弾薬や手榴弾と共に、S&W社製のM&PピストルとM586マグナムリボルバーが差してある。
その装備は全て、この施設の警備に就いている警視庁特殊部隊SATと銃器対策部隊に支給されているはずのものだ。
そして左手では、一人の血まみれの男を引きずっている。
倒れている男は、微動だにしない。
「────そこを動くな!!」
阪部は叫び、前方の隊員が構える防弾盾越しに、SIG556を構えた。
それに呼応して、他の隊員も次々と銃を少女に向ける。
距離は、約二十メートル。
照準が向いていることに気付き、少女はぴたりと止まる。
それから何をするかと思うと、血まみれの男を通路の端に引きずって、置いた。
そうして、少女はまた歩み始める。
銃器対策部隊たちの方へ向かって。
「銃を捨てろ! 銃を捨てるんだ!!」
阪部は叫び、少女の足元に向けて、一発発砲した。
法執行機関用のスチールポイント弾が、床に当たって弾けた。
少女は無表情で床に一瞥をくれただけで、そのまま歩み続ける。
「さ、阪部班長!!」
隣で南牧が、絶叫した。
M7動体探知器を少女に向けて、震えている。
「モーショントラッカーに反応がありません!!」
「こんな時に何、言ってんだ! 壊れてるんだろ!」
「い、いえ……動体は、感知しています……ですが、生体反応が……無いんですよ!」
「はあ!?」
南牧は蒼ざめた表情で、答える。
「体温が感知されないんです! 生きた人間では、有り得ません!
つまり彼女は…………【死体】です!」
咄嗟に阪部は、彼のM7動体感知器を取り上げて、投げ捨てた。
「……たわ言は止めろ! お前も銃を取れ!」
「う……あ……わぁああああああああああああ────!!」
南牧は悲鳴を上げて、一目散に出口へ逃げ出してしまう。
「この馬鹿野郎! 覚えてろよ、クソッ……!!」
気が付いた時には、少女はすぐ先に迫っていた。
立ち止まり、行く手を阻む隊員の一人一人を、無言で見据える。
そして、冷たい声で言った。
「────今すぐ、ここを通してください。時間が無いんです。…………さもなくば、全員ブチ殺します」
阪部は、少女の瞳を見て戦慄した。
漆黒の眼球。彼女の二対あるその瞳には、何も映ってはいない。
闇だけだ。
少女の身体から、ばき、ごき、ぐち、と骨肉を折るような奇妙な音が鳴り響く。
彼女の服の内側で、何かがモゾモゾと蠢いていた。
やがてそれは服を突き破り、彼女の肩と腰から、ぬらりとのたくり出た。
大蛇のような、四本の黒い触手。
独立した意思を持つように動く四本の触手の先端が、臓器のように蠕動し、形を変えた。
それは、『手』であった。
四本の触手が、それぞれ少女の身体に備わった武器を掴む。
一つ目の『手』は、MPXサブマシンガン。
二つ目の『手』は、M26MASSショットガン。
三つ目の『手』は、M&Pピストル。
四つ目の『手』は、M586マグナムリボルバーを握り、器用にカチリと撃鉄を起こした。
そして最後に、少女は右手に持ったM870Pショットガンを掲げ、左手でフォアエンドを握り、ジャキンッと前後させて弾丸を装填した。
「…………バケ、モノ」
絶句する阪部の横で、真津山が生気のない声を零した。





