ラスト・エスケイプ (1) ──「一発残ってます。お好きにして下さい」
同時に、二挺のサブマシンガンの射撃が始まった。
叫んだ女性の顔が、9ミリパラベラム弾の獰猛な連射を受けて、砕けて吹っ飛んだ。
命乞いする者、逃げ惑う者、倒れて呻くことしかできない者、皆等しく、次々と銃弾を受けて倒れていく。
……クソッ……クソッ!!
自分の無力さを痛感し、頭が熱くなって涙が込み上げる。
そして、スリングからぶら下げたM16A2を憎々しげに見る。
いくら武装していたって、所詮はエアーガン。
いくら強くなって表彰されたからって、所詮は遊びのスポーツ。
本当の絶体絶命の状況では、そんなもの何の役にも立たない。
篠巻は歯を食いしばって、自分の無力さに絶望した。
その時。
「篠巻くん……私たちは、まだ生きています……」
耳元の囁き。
視線を移すと、すぐそこに横たわる天城の顔があった。
彼女の顔は、煤で汚れている。
彼女の瞳に映る篠巻の顔も、よりひどく汚れていた。
天城は、篠巻以外の誰にも聞かれないよう小さく囁く。
「……ロビーに近い方に吹き飛ばされたのが、幸運でした。このまま、搭乗ホールの方に逃げましょう」
「……どうやって?」
尋ねた時、初めて気付く。
天城はその手に、SIG556アサルトライフルを握っていた。エアーガンではない。
あの銃対隊員が殺された時、いつの間にか拾っていたのか。
「サブマシンガンなんて、すぐに弾切れになります。弾切れになったら、合図しますから……一気に走りましょう」
銃声は続いている。
生存者が、次々と処刑されているのだ。
「他の人たちは……見捨てるのか……?」
篠巻は、自力ではどうにもならないと頭の隅では理解している癖に、絶望からあえて悲観的なことを言った。
すると天城は、躊躇なく、こくりと頷いた。
「私は…………篠巻くんさえ生きていれば、何も要りませんよ」
そう言って天城は顔を近づけて、篠巻に柔らかいキスをした。
篠巻は驚いて、言葉を失う。
もちろん、初めての口づけだった。
ふと、銃声が止まった。
カチッ、カチッ、と引き金が引かれる音だけが聞こえる。
やがて二挺の銃は首を傾け、力を失ったように落下し床に転がった。
それは、何者かが憎々しげに弾切れの銃を投げ捨てた様子そのものだ。
銃が自立して人を襲ったのではなく、何者かが操って、その引き金を引いているのだろう。……その原理なんて、知る由もないが。
「……準備はいいですか?」
それは、サバイバルゲームで敵地に飛び込む直前、いつも天城に聞かれる言葉だった。
篠巻は緊張で乾ききった口を、ゆっくりと開いた。
「…………いつでもいける」
逃走する。
この地獄から生き延びるために。この恐怖に喰らい尽くされる前に。
二人同時に身体を反転させ、床を蹴り、駆け出した。
敵の反応が幾分か遅れてくれれば距離が稼げるが、警官隊すらいとも容易く虐殺した未知の存在の正体が不明な以上、この疾走の結果は自分の身を持って知ることしかできない。
背後から、例の奇妙な風切り音が響いた。
偶然なわけがない。
嫌な予感を察知して、篠巻は振り返ると同時に、M16A2のスリングの接続を解除し、宙に放った。
手を離れるや否や、金属が激突する甲高い音が鳴って、宙に静止したM16A2のメタルフレームがミシッと悲鳴を上げて変形を始めた。
そこで、ようやく見えた。
透明なワイヤーのようなものが絡んでいて、銃を『圧殺』しているのだ。
篠巻は湧き立つ恐怖の感情を無理矢理鎮め、構わず駆け出した。
「遅れてますよ、篠巻くん……!」
天城は器用に後ろ走りしながら、SIG556のフォアグリップを握り込んで構え、発砲した。
消火器の一つが騒々しく破裂して、大量の消火剤の白粉を宙に飛散させる。
走りながら次々と銃撃して、消火剤で通路を汚していく。
白煙の中から、蛇のようにうねる鋭利なブレードが飛び出して、天城に向かった。
「危ない!!」
天城は素早く身を低くして間一髪でブレードを躱した。宙になびいた彼女の髪をブレードが浅く切り裂く。
立て続けに別の風切り音が鳴った。
高速でブレードが迫ってくる。今度は位置が低い。足を狩りに来た。
篠巻は思い切り床を蹴って飛び、ベルトパーティションのポールに乗り上げて、さらにジャンプした。
天井の誘導灯を掴み、鉄棒の要領で空中に飛び出す。
すぐ背後でブレードが宙を切った。
着地して走りながら振り返り、呆気に取られた。
人の形をした白い煙の塊のようなものが二つ、歩いているのだ。
篠巻は咄嗟に、充填済みの40ミリグレネード弾をポーチから掴み取って、プライマーを親指で強く押し込んだ。
ガスが一気に放出されてパンッと破裂音が鳴り、大量のBB弾が発射される。
飛翔したBB弾は、人型の煙に確かに当たった。
その瞬間、微かな呻き声が聞こえた。
まさか、これが奴らの『実体』なのか。
全身を透明化させ、視界を欺いていた。
だが存在自体は幽霊のように消すことは出来なかった。
だからその身体に、消火剤の粉が付着し、今、見えているのだ。
合点がいったと同時に、喧々たるフルオートの銃声が空気を打ち砕いた。
天城のSIG556から発射された大量の5.56ミリNATO弾は、二体の白い影を捉え、突風のようにその全身を獰猛な牙で貫いた。
二つの断末魔が聞こえ、ぼやけたピントを合わせるように黒色のローブ姿の男性二人が実体を現して、右手に握った大鎌のような凶器を床に取り落とした。
一人は顔に銃弾を喰らってどさりと倒れ、もう一人は虫の息で姿勢を崩して片膝立ちになった。
そこで、天城の銃撃が止んだ。
「……篠巻くん、私ひとりに手を汚させる気ですか?」
視線を移した途端、篠巻めがけてSIG556が投げて寄越されて、慌てて掴み取る。
「一発残ってます。お好きにして下さい」





