サバイバーズ・ゲーム (2) ──「恋人として、付き合ってくれ」
その身も凍るような恐ろしい可能性を理解した途端、篠巻は噛み合わせた歯の隙間から、声にならない呻きを漏らした。
漆黒に塗り潰された恐怖の感情が体の中を渦巻いて、呼吸するのも忘れて立ち竦む。
「……だから、ここから出る方法を探しましょう。ここに留まっていたら、多分、殺されます。私だって、ここで死にたくなんかありません」
「だけど……俺は、ここに来るのは初めてなんだよ」
戸惑う篠巻の両肩を、天城は強く掴んだ。
「こんな大掛かりな施設なんです。出口がここだけってのは考えられません。どこかに、別の脱出ルートがあるはずです。探しましょう。絶対に、探すんです」
「でも、どうやって……」
彼女の二対ある焦茶色の虹彩に、篠巻の顔が克明に映し出されていた。
篠巻自身の表情は、恐怖の一色に染まっていて、見るに堪えないみっともない顔であった。
彼女の瞳に映る篠巻の像が、ゆらゆらと震え始める。
「……篠巻くんが力を貸してくれなかったら……私はどうなるんですか?」
それは、天城蓮華、彼女自身の震えだった。
「殺されたくなんかない。生きたいんです。
これからもずっと、格好いいけど、格好悪い、篠巻くんの背中を追いたいんです。
その背中で、これからも、私を色んな場所に導いてください。
だから…………戦え!!」
天城は瞳に涙を湛えながら、篠巻が初めて聞く怒鳴り声を上げた。
「その顔の火傷痕、思い出してください。キャンプファイヤーの火で焼かれた、その傷です」
中学時代に受け続けていた暴虐の数々がフラッシュバックして、篠巻はたまらず目を強く閉じる。
この顔の火傷は、中学校の修学旅行の際に、クラスメイトのイジメによりキャンプファイアーの火を当てられた時のものだ。
当時の教師達は、『互いにふざけあっている中で起こった事故』という扱いにしてイジメを隠蔽し、両親もそれを信用して、火傷を負った自分を口汚く罵倒した。
あの時は、この世の全てが闇に覆われていた。あらゆる傷を負いながら、こんな世界は滅びてしまえと毎日呪い続けていた。
「篠巻くんは泣き虫でしたが……その後、精一杯戦って、イジメに勝ったじゃありませんか。勝ったんですよ。
あの時の篠巻くんは今でも覚えています。本当に格好よかったです。
私に、また、その格好いい篠巻くんの背中を見せてください」
篠巻は目をきつく閉じながら、歯を食いしばる。
……違う。
俺はそんなに、格好いい男ではない。
自分のために戦えるような、強くて立派な男ではない。
俺が戦ったのは……君が、あの学校に転校してきたからだ。
もし、俺が戦わなければ…………彼らの悪虐の犠牲になるのは、君だったからだ。
地獄だった中学校生活の転機が、転校してきた天城蓮華との出会いだった。
彼女を初めて見た時、自分なんかとはとても縁がない、可愛い女の子だと思った。
人生初の、一目惚れだった。
だが、話上手ではなく場に馴染めなかった彼女に対して、徐々にクラスメイトたちは陰湿なイジメを始めるようになった。彼女の私物を盗ったり、体液で汚したりなどだ。
教師はもちろん、いつものように見て見ぬ振りだった。
イジメは日に日にエスカレートするようになり、ついに、かつて自分に火傷を負わせた男子グループが、彼女に性暴行を加える計画を立てていることを聞いてしまった。
その時、初めて自分はとうとう『爆発』した。
椅子など教室のあらゆるものを使って暴れ、イジメを行っていた連中をまとめて血祭りにあげた。
教師たちは例によって喧嘩両成敗、じゃれあいの行き過ぎということでウヤムヤにしてしまったが、その出来事がきっかけで、孤立と引き換えにイジメはピタリと止まることになった。
そこから、彼女と二人だけの交流が始まることになった。
高校は共に同じ学校へ進学し、中学のような荒れた学園生活はもう無いが、天城以外の友達は特に作らずに過ごしていた。
……俺が戦うことができるのは、君がいるからだ。
篠巻は、涙のにじむ目を開く。
涙を拭うと、ぼやけた視界が鮮明になって、そこに天城の微笑みがあった。
「……元気、出ました?」
「……ああ、オーケーだよ」
距離が、近い。
天城の暖かい吐息がかかる。
これが生きるか死ぬかの瀬戸際でなければ、どれだけ夢に見たロマンチックな場面だったことか。
こんな目に遭うのだったら、照れくさがらず素直に気持ちを伝えて、彼女ともっと親密になっておけばよかったと思う。
後悔しても、もう遅い。
「天城……」
「名前で呼んでも良いんですよ?」
予想外の返事に、篠巻は戸惑って少し押し黙った。
安息の会話をできる時間は、もう限られている。
遠慮をしても仕方がない。二人とも、いつまで生きられるか分からないのだ。
どうにでもなってしまえ。
「……蓮華、もし、ここを生きて出られたら…………恋人として、付き合ってくれ。正式に」
こんなこっぱずかしいセリフ、緊急時以外で言えるわけがない。
勝手に心臓が高鳴る。
天城は、その言葉をずっと待ちかねていたという風に、コクリと頷いて、言った。
「子供は何人ほしいです?」





