異世界の『親善大使』、ミイ (2) ──「とおい世界から来ました」
彼女らは、テレポーターから現れた。状況から見て、そうとしか形容できない。
通常、テレポーターの起動後は、東京と大阪のノアズ・アークが入れ替わり、浮上してくる。
しかし今は、到着するはずだった大阪のノアズ・アークは現れず、代わりに東京を出発したノアズ・アークが戻ってきたのだ。
……大量の屍と、招かれざる客を乗せて。
永友は無線で、東京テレポーターの警備室に連絡を飛ばす。
「警備室へ! この搭乗ホールの映像は見えているな!? 『コード・レッド』を発令する! 『コード・レッド』だ!! 至急、全利用客の避難誘導を開始し、署と病院に応援を要請せよ!!」
<こっ、こちら警備室! 『コード・レッド』、了解! 至急、手配します!>
『コード・レッド』。
これは東京テレポーターにおいて考えうる限りで最悪の事態、すなわち武装したテロリストの攻撃によって死者が発生したことを、端的に伝達する警告信号だ。
「てろりすと……?」
ノアズ・アークの上に立つミイは、遠くでも見るように切れ長の大きい瞳を細め、首を傾げた。
永友は、足元より這い上がる得体の知れない竦然の感情を、燃え盛る憤怒で押し殺しながら、会話を試みる。
「……お前らは、どこから来たんだ?」
するとミイは、その質問を待ちかねていたという風に、温和な笑みを見せた。
しゃがみこんで、永友をまじまじと見下ろしながら、言う。
「わたしたちは、ここじゃない、とおい世界から来ました」
「……何処だ?」
ミイは人差し指を自分のあごに添えて、「んー」と考え込む仕草をする。
その時、永友はショットガンの銃口を彼女に向けながら、気付いた。
彼女は、ゴシックロリータ風のドレスのスカートの下に、何も履いていない。
しゃがんでいるせいで、永友の位置から丸見えだった。
粘土に小指で跡つけたような綺麗な『割れ目』が視界に入り、永友は反射的に視線を逸らそうとして……しかし、銃の狙いから目を離すわけにもいかず、無心でショットガンを構え続ける。
……ふざけやがって!!
こんな滑稽な異国のコスプレ集団に、何の罪もない仲間と乗客たちを虐殺されたというのか。
様々な感情を渦巻かせ只ならぬ焦燥の顔つきになる永友をよそに、ミイは何かを思いついたように目を見開く。
「思いだしました。あなたたちの世界の言葉では、わたしたちの世界のことを、こう言うんでしょうか」
そう前置きして、言った。
────「【 異世界 】」
永友は、唖然とする。
……異世界からやってきた、だと?
異世界。
異国ではなく、彼女は確かに異世界と言った。
地球上には存在せず、また宇宙にも存在しない、我々が居るこの次元とは異なる場所にあるパラレル・ワールド。
それが、概念として呼称される【異世界】だ。
決して関わり触れ合うことがない異世界の住人が、この世界に来訪し、攻撃を仕掛けたというのか
そんな馬鹿げた話があってたまるか。
しかし、頭の片隅に引っ掛かる記憶があった。
東京テレポーターが建造された当時、その運営に反対する一人の宗教家が、テレビのインタビューを通じて発信したメッセージを、今になって思い出した。
彼は、こう言っていた。
テレポーターは、神の創りし世界に穴を空ける、許されざる発明である。
一種の動物に過ぎない人類が、全知全能の神に近づこうとするなど、決して許されざる大罪である。
このまま開発を進めれば、必ず、神はこの技術を大いなる脅威と受け取るであろう。
そして、時空の穴を通じて異世界の使者を地上へ送り込み、我々に壮絶な制裁を与えるであろう。
テレポーターが、地獄のゲートウェイへと変貌するのだ。
そして愚かな人類は、同胞の血の雨を浴びながら、ようやく思い知るのだ。
神は、指先一つで、我々を滅ぼせるということを。
「……異世界の、使者」
無意識に永友は、小さく呟いていた。





