ようこそ、地獄へ ──「静かに」
ドアを静かに押し開いた。
小野寺はサイリュームの細い光を頼りに、KSGを構える。
深い暗闇の奥から、異様な生暖かい湿気が流れ込んでくる。
小野寺は思わず顔をしかめた。
……これは、血の臭いだ。
何も見えない闇の向こうへ、誰か居ないかと呼び掛けようとした……が、思い止まる。
ここで声を出すのは、危険だ。
そんな予感がした。
脳がひっきりなしに、警告を鳴らしている。
後続の三人へ振り返って、『静かに』とジェスチャーを送ってから、開いたドアをゆっくりと跨ぐ。
踏み込んだ足が、妙なぬかるみに触れた。
びちゃり、と粘り気のある水音が響く。
これは何だ。
水道が壊れたのか。
足元に、黒い水が溜まっている。
この緑のサイリュームの光では、その正体がよく分からない。
それにしても、静かだ。
乗客はどこへ行ったのだろうか。
小野寺は、ゆっくりと頭上を見上げる。
────!!
後方に居た綾継が、持っていた複数の赤色サイリュームを点灯させ、部屋の奥に向かってふわりと一斉に放り投げた。
西生と加座が、短い悲鳴を上げる。
その赤く照らし上げられた光景を見て、小野寺は絶句する。
乗客は、そこに居た。
全員、『天井』に固定された座席に、静かに座っている。
男性、女性、老人、子供……百人近い乗客たち。
シートベルトを着けて、静かに座っている。
……だが、首がない。
全員、頭部が無いのだ。
切断された赤黒い頸の断面から、血が滴り落ちている。
乗客の血液が一斉に、ぽたぽたと。
小野寺は、水浸しになった足元を見下ろす。
これは、乗客から流れ落ちた、大量の血。
血の海。
背後で、西生が悲痛に嘔吐を始めた。
信じ難い光景に思考が焼きついた小野寺は、血の海の中で、立ち竦む。
後ろで綾継が叫んだ。
しかし小野寺は、聞き逃した。
急に、目の前の床の血溜まりが、パシッと飛沫を上げた。
一瞬、強烈な風が迫ってくるのを感じた。
小野寺は反射的に、KSGの引き金を引いた。
火薬の爆発音。
銃口から噴き上がる白い発砲炎が、空気を焼きながら、周囲を照らし上げる。
その先に、女の顔が浮かび上がった。
白い髪の女。
赤い唇が、笑っている。
肉を叩き切る音が鳴って、小野寺の視界は闇に覆われた。
くるくると宙を舞う感覚。
そしてすぐに、血生臭い海にべしゃりと沈む。
意識が途切れる寸前。
小野寺は今ここで、自分が死ぬことを悟った。





