永友小隊長の郷愁 ──「何でそんな急にセンチメンタルになってんすか」
手荷物引き渡し場を警備していたSAT第一小隊長の永友裕史は、独特の掛け合いをするその若い男女の背中を見送った。
隣に立つ女性隊員、栗沢旭が、忌々しそうに目を細めて彼らを見やる。
「カップルでサバゲなんて、何ちゅう甘々な連中なんでしょう? そう思いませんかねえ、永友さん」
「いや……別に良いんじゃないか。俺もああいう時間が欲しかったよ。自分はガキの頃から、親が厳しくてな」
永友は渋い顔をしながら、幼少まで記憶を遡ってそんな青春の甘酸っぱい記憶があるかどうか思い返してみたが、残念ながら無かった。
父親と国防軍のおかげだ。
父親はこの日本国防軍の幹部で、永友自身も一生涯を国防に費やすよう厳しい教育を受けてきた。
おかげで人並みの青春さえ味わう暇すら与えられず、高校を卒業してすぐに陸軍へと入隊させられることになったのだ。
ただひとつ良い事があったとすれば、それは幼少より父親から過酷な特訓を強要させられてきたものだから、実際に陸軍に入隊した後の訓練はさほど苦痛ではなく、むしろ成果が分かりやすいぶん有意義なものと思えたことだろうか。
年月が経ち軍人として箔が付いてきた頃に、永友はさらなる高みを求め、国防軍の中でも最高クラスの兵士が集う、陸軍特殊部隊【特殊作戦群】に志願した。
熾烈な選抜試験を潜り抜け、見事、特殊作戦群の精鋭隊員の一人となった永友は、それから中東の戦場へ多国籍軍として参加し、平和な日本とは全く異質の、日常的に銃弾が飛び交い爆弾が降り注ぐ戦場を目の当たりにすることになった。
多くの戦友が異国の地で命を散らしていった。
しかし、その犠牲は決して公表されることはなかった。単純に、政治的な理由だ。
そんな日々を送っていた中、警視庁よりスカウトの話が持ち掛けられた。
国防軍と警視庁では、都市部で大規模テロが発生するような非常事態に備え、日頃から頻繁に合同訓練を実施していたが、今回は日本警察の切り札である特殊部隊SATのさらなる練度向上のため、国防軍から特に能力の高い精鋭隊員を譲り受け、隊の再編を行いたいとのことであった。
永友は二つ返事で、当時の部下であった小野寺勝巳、三条利男、綾継義雄の三名と共に、SATへの引き抜きを承諾した。
そうして、現在に至るというわけだ。
「もし……俺の親父が居なかったら、俺はまた別の人生を歩んでいたんだろうな……」
いま自分たちが背負っているガンケースの中身が、あの二人のようにエアーガンであったら、と考える。
「ちょ、ちょっと。永友さん、何でそんな急にセンチメンタルになってんすか。縁起でもねぇっすよ」
肘で脇腹を小突かれる。
「おっと、すまない……。警備のためとはいえ、こうして立ちっぱなしになっていると考え事が多くなるせいか、人生についても色々思い返してしまうんだよ。いっつもな」
「……それを聞いているの、私だけで良かったすね。道すがら尻を襲われた後みたいに感傷的な永友さんなんて、誰も見たくないっすよ」
「お前だから話しているんだよ。口も堅いしな。いつもオッサンの愚痴に付き合わせてすまないな。小野寺たちには間違っても言えないよ」
「まぁ、良いっすよ。立派な小隊長と言えども、隠れて適度にガス抜きしなけりゃ、やってられないってのは、よく分かります」
栗沢は、スポーツドリンクのペットボトルをちゃぷちゃぷ揺らしながら答えた。
栗沢は元々は山岳レスキュー隊の隊員で、彼女もスカウトによってSATへ入隊してきた人間だ。
強面揃いの第一小隊の中で、良くも悪くも警察官らしさがなく俗っぽい部分が、永友には一種のオアシスのようなものに感じられていた。
「永友さんは、もしフリーになったら、どんな人生を歩みたいと思います?」
「そうだな……ひたすら絵を描いて過ごしていたいかな」
「エッチなやつ? 大きい娘? 小さい娘?」
「ぶっ飛ばすぞ。……違うっての。絵画だ」
「またまた、永友さんの普段のキャラに似つかわしくない夢っすね。どうして絵を描きたいと?」
「ただ、描くことが好きなんだよ。親父にはまともな娯楽を与えられなかったから、自分の見た風景を紙にスケッチすることが唯一の趣味だったんだ。写真は風景を忠実に映すが、その風景を見た自分の感情まで落とし込んで手を加えることはできない。でも、自分で描く絵には、それができる。だから、昔から絵を描くことだけは好きだったんだ」
「今は、フォトショップっていう便利な写真編集ソフトがありまっせ」
「本当にぶっ飛ばすぞ。……とにかく、そういうわけで絵が好きなんだよ。とても暇がないから鉛筆のスケッチしかできないが、本当は、きちんとした絵具と筆とキャンバスをこしらえて、本格的な絵画に挑戦してみたいと思ってな」
「なるほど。いつか、良い絵が描けるといいっすね。モデルが必要になった時は協力するっすよ」
「……それだったら、もっと美人に依頼するかなぁ」
「ほう」
栗沢は小指で鼻をほじり、その指を永友の腕に擦り付けた。





