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主人公「僕に力をくれ!」 特級怪異「勿論だ!」(後編)


 八年前、夏希の住んでいた町で原因不明の爆発が立て続けに起こった。その爆発は周辺の建物の崩落を起こし、大規模な火災にも繋がってしまった。それにより多くの死者がでてしまい、その中には夏希の両親も含まれていた。

 そして、夏希はその火災の中で水色の髪をした女性に助けられた。少なくとも、夏希はそう思っていた。


『君と一緒に居た女性? 君は一人で倒れていたはずだけど』


『水色の髪の女性? いや、知らないな………』


 爆発事件からしばらくして、色々と落ち着いた頃に自分を助けてくれた消防官や医師、色々な人達にそのことを尋ねたが誰一人としてそんな女性知らないと言われてしまう。

 意識が朦朧とする中で見た幻覚ではないかと言われるが、夏希はそう思えなかった。


(あの人が助けてくれたんだ。絶対に………!)


 彼女が助けてくれた。少なくとも今、自分が生きていることには繋がっているはずだと確信していた。

 その後、日々を生きていく中で子供ながらに考える様になってしまった。多数の死者が出る中でなぜ自分が生き残ったのか。他の人では駄目だったのか。自分が生き残った意味は何なのか。()()()()()()()()()()()()、と。


 そうやって自問自答を繰り返す。そして、その果てに辿り着いたのは自分を助けてくれた女性の笑顔だった。

 炎と黒煙が立ち込める中、今にも死んでしまいそうな怪我を負いながら生きている自分を見つけて笑った彼女の姿に思う。なんと嬉しそうに笑うのだろうと。そんな幸せそうに笑えるなんて、どれだけ素敵な事なのだろうと。

 そうやって生きられるのなら。誰かを助けられるのなら。誰かの命を救えるのなら。

 自分は生きていても良いのではないか。生きる意味になるのではないか。

 そんな答えに辿り着いた。







「がはっ………! げほっげほっ! ………んん゛、げほっ!!!」


 苦しそうに咳き込み、血と唾液の飛沫を飛ばしながら夏希は意識を取り戻す。咳き込む度に全身を激

痛が襲うため咳を躊躇うも、息苦しさに負けて咳をしてしまう。

 そして、咳が落ち着くと額から地面へと零れ落ちていく自身の血を眺めながら状況を整理していた。


(………ここは、どこだっけ?)


 周囲の音が良く聞こえないため、血で赤く染められた朦朧とする視界を頼りに周囲を見る。周囲を囲うのは倒壊した社の木材や瓦礫。座るように背中を預けているのも瓦礫だろう。服はボロボロで、破けた服から覗き見える素肌からは青痣や血が確認できる。

 そして、前方を向けば異形の怪物が口元を三日月の形に歪めてゆっくりとこちらへ近づいてきている。更にその奥では水色の髪をした女子が必死の形相で何かを叫んでいるのが見えた。


(ああ、そうだった。化け物からあの人を連れて逃げようとしたんだっけ………)


 そこまで思い出すと、この場から動こうとする。しかし、全身に激痛が走るのと同時に力が抜けてしまうため、それは叶わない。何度も体を動かそうと足掻くも、痙攣のように僅かに動くだけだった。


(ダメだ。動かせない………)


 情けない自身の有様に心の中で溜め息を吐く。そして、過去に似たような状況を経験したことを思い出し、それを皮切りにこれまでの人生を振り返る。まるで死が近づいたときの走馬灯のように。


(あの日から、僕の人生は変わった)


 一度死にかけたせいだろうか。かつては感じなかったものを感じ、見えないものが見えるようになった。心霊番組の謎の手が映る写真は、手どころか全身が見えた。呪いの人形は邪悪なオーラを視認し、その気配をテレビ越しに感じ取った。

 この神社にも、近づけば死ぬような気配を感じていたため近づかなかった。


 そのせいで、周囲は夏希を気味悪がった。友達が居ないわけでは無いが、心から理解はしてもらえなかった。そういうもんか受け入れ、納得するだけ。有り難いし嬉しいが、寂しかった。

 だから―――


(初めてだったな。あんな風に理解してくれた人は)


 今日が初めてだった。

 この体質も、狂気に染まった人助けの精神も。その両方を肯定してくれた人。


(助けなきゃ、救えなきゃ。僕が生きている意味が、理由が分からなくなる。だけど今は、それ以上に―――)


 義務感や責任感ではない。生きる意味が欲しいわけでもない。

 今はただ、それ以上に―――


(あの人を助けたいッ!!!)


 純粋な自分自身の願いと欲望が、夏希の胸中に湧き上がる。そして、その熱が全身を駆け巡った。

 その時だった。


『ちく―――!』


(………うん?)


 聞きなれない雑音が、夏希に届く。そして、その音に激しい違和感を覚えた。


『―せ! だし―――ッ!!!』


(なにこれ。直接頭に響く感じがする………)


 この音は耳から聞こえるのではなく内部から、というよりは脳に直接音が伝わっているようだった。今まで経験したことのない事態に、夏希は言葉にし難い違和感と気持ち悪さを覚えた。


『クソッ! 出せッ! ここから出せッ!!!』


(これ、人の声………か?)


 その雑音は段々とノイズを消し、鮮明になるにつれてそれが人の声だと夏希は気づく。しかし、その声の主はおろか、一体どういう原理で聞こえているのかと疑問に思う。

 そこで手っ取り早い方法として周囲を見る。そこで、先程までは気に留めなかった物に目が行った。


(もしかして、これ………?)


 夏希が目を付けた物。それは自身の右隣に転がるビー玉のような球体だった。『のような』という曖昧な表現なのは、確かにビー玉のようなガラス細工の表面をしているのだが、中身が真っ黒のため一般的なビー玉像からはかけ離れている。更にその球体は石段の前で見た邪気を遥かに上回る邪気を放っているからだった。


(明らかにヤバい。目の前の化け物よりも遥かに………! ていうか、なんでさっきは気づかなかったんだ!?)


 これほどまでの邪気に気が付けなかったことを疑問に思う夏希。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。


(とにかく、これは放置! 今はこの状況を―――)


『クソッ! このままじゃこいつ等が殺される!』


「―――っ!!」


 その必死な叫びに、夏希の心は揺さぶられた。


『あああ゛あ゛ッ!!! 一体どうすりゃ―――』


「―――えっと、聞こえますか?」


 気が付けば、その球体に向かって話しかけていた。


『ふぁあ゛っ!?』


 先程までの荒々しい口調からは想像がつかない声が聞こえる。しかし、今の反応からこちらの声が聞こえているは分かった。

 それは向こうも同様であり、頭に響く声は矢継ぎ早に質問を投げかけて来た。


『小僧! お前、オレの声が聞こえるのか!?』


「まあ、うん」


『そうか………! なら小僧! あそこに居る小娘を助けたいか!?』


「勿論!」


『なら一か八かだ! オレを飲み込め!』


「………はあ!? っ、げほげほっ!」


 話の脈絡どころか、言っている意味が分からず驚きの声を上げてしまう夏希。そのせいで再び咳き込み、体中に走る激痛に顔を歪める。

 しかし、こうしている間にも怪異はゆっくりとではあるが距離を詰めている。夏希は痛みに耐え、急いで会話を続けていく。


「飲み込んでどうする?」


『オレには肉体が無い! 魂だけだ! 封印が解けても戦えるか分からない! それ以前に自力では封印を解けない! 外から解いてもらうしかない! 今すぐお前にできそうなのは飲み込んで取り込むだけだ! それで解けることに賭けるしかない!』


「もし解けたとして、お前が僕の体を奪ってあの人も化け物も殺して終わり。なんてことには―――」


『ないっ! 絶対にだ! お前の体も奪わない! あそこの小娘も助ける! 絶対だッ!!!』


 ここまでのやり取りで嘘は感じない。しかし、この圧倒的な邪気を放つ存在を信用するにはまだ足りない。

 そのため、もう一歩踏み込んだ質問を問いかける。


「だけど、お前はあの化け物と同類だろ?」


『っ!!』


 この質問に球体の声が押し黙ったのが分かる。これまでのやり取りが事実なら、球体は自分達に肩入れしている。そして、怪異のことを敵視している。そんな存在と同列に扱われたとき、どういう反応を見せるのか。

 夏希はそこに懸けることにした。


『―――ああ、そうだ! オレはアイツと同じ怪物だ! だが、お前達を助けたい気持ちに嘘は無い! もうこれ以上、()()()()のような奴が死ぬのは真っ平だッ!!!』


「………………」


 その言葉には、今までの中で一番感情が籠っているように感じた。

 あのバカが誰かは分からない。どんな人と重ねられたのかも。ただ、この声の主が本当に大切に思っている相手だというのは、十分に伝わって来た。

 そして、球体の声もより切実なものへと変わっていく。


『だから、()()! お前の力をオレに貸してくれッ!!!』


「っ!!!」


 その言葉に、熱意に、想いに。夏希の心は再び揺さぶられる。もう疑う必要など無いと確信する。


「ぐっ! ううう゛う゛ぅ………!」


『っ! 小僧………!』


 全身に激痛が走る。体が痛みに耐えかねて力を抜こうとする。しかし、それらに必死に抗い、歯を食いしばって夏希は球体に手を伸ばす。

 その速度は遅い。しかし、確実にその手を球体に近づけていく。


「ぐあっ!!!」


『大丈夫か!?』


 球体に手を伸ばすが、その体を支えることはできずに地面へと倒れる。咳をした時とは比較にならない激痛が襲うも、それでも夏希は必死に手を伸ばし続けた。

 そして、ようやくその手に球体を掴んだ。


「よし………!」


 掴んだ球体を夏希は自身へと引き寄せる。そして、掌を開けて球体の姿を露わにすると申し訳なさそうに目を伏せた。


「さっきは意地悪な質問をしてごめんなさい」


『………っ! 小僧、お前………』


「君を信じる。そして、僕からも頼む! 僕に力をくれ! あの人を助けるための力を!!!」


『―――ッ!!! ああ! 勿論だ!!!』


 真っ直ぐに力の籠った目と声で球体に呼びかける。球体の声もまた、夏希の熱意と覚悟に全力で応えた。


 心と魂が通じ合った、確かな和解。

 その瞬間、夏希と球体を大きな影が覆った。


『ギハハハッ!』


 不快な笑い声を上げながら、怪異が夏希達を見下ろす。そして、その遠くで地面へと倒れ伏す女子がさっきよりも必死に声を張り上げていた。


「それに手を出してはダメ! 死ぬだけじゃ済まされない!」


 回収しに来た呪物の片割れに手を出した夏希を必死に止める。中身が何かは分かっていないが、自分達を襲った怪異同様にロクな存在では無いことは確かだと思っている。

 封印が解けていない状況が幸いであり、これ以上の災厄は絶対に避けたかった。


 そんな彼女の声は夏希にも届いている。聴力は既に戻っていた。しかし、夏希は返事はおろか、女子の方へ振り向きすらしない。

 今は彼女の忠告よりも、彼女を助けるために球体を信じたかった。


『ギッハハハハハ!』


 怪異が夏希へと手を伸ばす。その命を刈り取るために。

 そして、夏希と球体は迫り来る怪異の巨大な手を前に覚悟を決めた。


「行くよ!」


『おうっ!』


「『一か八かだ!』」


 掌の球体を自身の口に押し込む。それが喉にまで到達すると喉仏が大きく膨らみ、ゴクンッという音ともに夏希の中へと消える。

 その直後、怪異の巨大な手が夏希のことを覆い隠し、握りつぶした。

 ―――はずだった


『ギャッ………!?』


 力を込め、夏希を握りつぶしたはずの右手が内側から爆発するように吹き飛んだ。その痛みと驚きに怪異は思わず後ろへ跳び退いてしまう。

 そして、その光景を見ていた女子も最悪の事態に険しい表情を浮かべていた。


「嘘………! ()()()()()()なんて………!!!」


 怪異の右手を吹き飛ばした“存在”を睨み付けるように見つめ、言葉を吐き捨てる。そして、怪異もまた己が右手を吹き飛ばした存在に目を奪われていた。


 手入れがされている様子が無かったぼさぼさとした黒髪は、ワックスで塗り固めたように逆立っている。額の傷は勿論、ボロボロになった学ランから覗き見えた傷や痣も、その一切が消えてなくなっていた。更には、赤い入れ墨のようなものが全身に浮かび上がっている。しかし、何よりも特筆すべき変化はその肉体から放たれる圧倒的な“邪気”であった。

 先程まで気色の悪い笑みを浮かべ、二人の人間を玩具のように蹂躙していた怪異。その怪異が笑みを無くし、体を震わせて怯えてしまうほどの“邪気”がその肉体からは淀み出ていた。


「うわ!? 何この入れ墨みたいなの!?」


『騒ぐなよ小僧。そんなことはどうでもいいだろう』


「ん! この声はさっきのビー玉の………」


『ああ。どうやら、一か八かの賭けには勝ったらしい』


「おお………! やったー!」


 頭に直接聞こえてくる声に、思わず右手で頭を抑えながらその声と会話をする夏希。そして、球体を取り込むことに成功したと分かると嬉しそうに拳を握り、ガッツポーズを取る。

 そんな夏希のことを、女子は信じられないといった様子で見つめていた。


(まさか、自我が残っている………!? あれだけの邪気を放っているのに………)


 声は遠すぎて聞こえないが、その様子からは夏希の自我が消えていないことを察する。しかし、自身の目に映る夏希の凶悪な邪気がそれを否定する。


(彼は一体何者………? 今、何が起こっているの………?)


 理解が及ばない、あり得ない事態に女子は唖然としてしまう。ただ目の前で起こる不可思議な事態を見続けることしか出来ないのだった。


 怪異もまた、夏希をただ見ることしか出来ないでいた。本当は夏希が放つ邪気に今すぐ逃げ出したいが、動いた瞬間に自分へとその脅威が向けられることが恐ろしかった。目を離したくとも、夏希の一挙手一投足が自身の命に関わると悟り、目を離せなかった。


『………! ………………!!』


 恐怖に震えながらも存在感を断ち、目の前の脅威が過ぎ去るのをただひたすらに待つ。そんなとき、その脅威が目線をこちらに向けてきた。


『ギッ………!!?』


 ただ目を向けられただけ。それだけで、怪異は逃げるように一歩後ろへと下がった。

 そして、夏希は怪異のその行動と様子に小首を傾げた。


「んん? あの怪物、怯えてる?」


『当然だな。あの程度の怪異、オレ達の敵じゃない』


「へえー、そうなんだ………」


 実感が湧かないために、返答の歯切れが悪い。そんな夏希に、頭に響く声は呆れた様子で話しかけた。


『なんだその力の無い返事は………。まあ、いいか。小僧、今は目の前の怪異を倒すぞ!』


「うん! それと―――」


『ぅん? なんだ?』


「僕の名前は狛上夏希だよ」


『っ!』


 夏希の突然の自己紹介に、頭に響く声は驚いたように息を吞む。そして、今度は愉快そうに大声で笑い始めた。


『ぶっわははははははははっ! そうかそうか! よろしくな“夏希”! オレの名前は………』


「………? 名前は?」


『………………(ゆう)()だ』


 一瞬、名乗る瞬間に間があった。しかし、名乗る際の声音はとても優しく、どこか嬉しそうに自身の名を呼んでいた。

 そんな勇鬼の名乗りに、夏希も自然と笑顔を浮かべてしまった。


「そっか! よろしくね“勇鬼”!」


『ああ!』


「それじゃあ―――」


 互いの自己紹介を済ませ、絆と信頼をより強いものへと変えた夏希と勇鬼。そんな二人の目には、怯え切った怪異の姿が映った。


「『いくか!』」


 夏希が両の拳を構え、足を肩幅に広げて腰を落とすことで戦闘態勢を整える。そして、力強く目の前の怪異を見据える。

 その夏希の行動に、怪異は心の底から恐怖した。


『―――ッ!!!』


 とうとうその脅威が自分へと向けられた。

 逃げる―――否、逃がしてはくれないだろう。

 大人しくこの命を差し出すか―――否、死にたくない。

 ならば、取るべき行動は一つしかない。


『ガアアアアアアアッ!!!』


 今までの笑い声とは違う。気合と覚悟を込め、その咆哮を轟かせる。そして、再生させた右拳を夏希目掛けて振り下ろす。

 振り下ろされる怪異の鉄槌。その拳目掛けて、夏希も渾身の一撃を放つ。


「ハアアアアッ!!!」


 全力の右アッパーが怪異の右拳と激突する。その拳はまるで豆腐を潰すかの如く、容易に怪異の右拳を吹き飛ばす。そして、その衝撃は周囲に突風を巻き起こすだけでなく天にまで届き、紫色の空に(ひび)を入れた。


『ギャアッ!』


 怪異は再び吹き飛ばされた自身の右手を見て、悲鳴と共に後ろへと後ずさる。対して、夏希は怪異の拳を吹き飛ばした自身の右拳を驚いた様子で見つめていた。


「おおぉ………!」


『馬鹿野郎! やり過ぎだ! 今のを正面に放っていたら小娘まで危なかったぞ! もう少し加減しろ!』


「ご、ごめん。まさかここまで強くなってるなんて思わなくて………」


 勇鬼からの叱責に夏希は申し訳なさそうに肩を縮める。そんな中、怪異の再生していく右手を見て、顔を顰めさせた。


「あの再生力、もしかして不死身?」


『それは無いな。“霊力”が尽きれば再生も出来ないだろうし、ある程度体をバラバラにすれば再生できないはずだ』


「そっか。なら………!」


『ああ!』


「『再生できない威力で仕留める!』」


『というわけだ夏希。さっきのをもう一度やるぞ。今度は空中で打つか、奴の下に潜り込んで上に向かって撃て』


「分かった!」


 方針は決まった。すると夏希は姿勢を低くし、怯える怪異に向かって駆けだした。


『ギッ、ギヤアアアッ!』


 向かって来る夏希を押し退けようと、怪異は怯えながらも再び右拳を突き出す。真正面から迫り来る巨大な拳を、夏希は怯えることなく真っ直ぐ見据えていた。


(今度は力を弱めて―――!)


 右拳を強く握り締めるも、先程よりは力を抜いて拳を構える。そして、その拳を正面から迫り来る巨大な拳に向かって振り抜いた。


「ふんっ!」


『ギャッ!?』


 三度粉砕される怪異の右手。しかし、今度は余波は無く、夏希の拳は怪異の拳を粉砕するだけに留まった。


『グッ、ガアアアア!』


「ハッ!」


 止まらない夏希に、必死の抵抗として今度は左拳を突き出す。しかし、結果は同じ。

 夏希の左ストレートで右手と同じように粉砕されてしまった。


『ガッ、ガッ………!』


 両手を粉砕され、怪異は目に見えて動揺する。再生は間に合わず、拳を振るうことは叶わない。逃げるにしても距離を詰められているためにもう遅い。ならば足で―――、と怪異が思考を三巡させる頃には、もう夏希の姿は自身の真下にあった。


『ギャッ!?』


 真下に居る夏希に驚愕と悲鳴の入り混じった声を上げる。そんな怪異を夏希は力強い目で見上げる。その目に宿る敵意に怪異の背筋は凍り付き、震えがった。

 怪異の真下に潜り込んだ夏希は怪異を見上げながら、腰の辺りに右拳を構える。そして、先程と同じように自身の体を巡る力のすべてを右拳に込める。


「これで―――」


 膝を曲げ、跳ぶためのバネの下地を作る。その直後、縮められたバネがもとに戻るかの如く、勢いよく地面を蹴って怪異の腹目掛けて真上に跳躍する。

 そして、その勢いに合わせて右拳を怪異に向かって解き放った。


「終わりだあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」


 雄叫びと共に振り抜かれた夏希の渾身の一撃。

 その拳は怪異の体を打ち砕き、爆発四散させる。胴体が消え、腕と足先と頭蓋だけが残る。そして、そのまま夏希は怪異の破片の間をすり抜け、拳を突き上げたまま空へと舞い上がった。


『グッ、ギャ―――』


 怪異は断末魔とは言えないほどの小さな呻き声を残し、その肉体を塵のように変えて消滅していった。

 そして、夏希は紫色の空で体を大きく広げ、声を張り上げる。


「やったあああああっ!!!」


 ひび割れた紫色の空に歓喜の声を響かせる。自身の願いを叶え、人の命を救うことが出来た夏希の笑顔は晴れ晴れとしたものだった。







「大丈夫ですか?」


「………あなたのほうこそ大丈夫なんですか? それ」


「えっと、まあ一応は………」


「ハァ………」


 地面へと倒れ伏す水色の髪の女子に近寄り、声を掛ける夏希。しかし、逆に自身のあり得ない状況を心配されてしまう始末であった。

 そして、夏希のなんとも拍子抜けな返答に女子は思わずため息を吐いてしまった。


『おい夏希。両手を小娘に翳せ』


「え、何いきなり」


『いいから。早くしろ』


「わ、分かった」


「………? さっきから誰と話して―――」


 突然の勇鬼の指示に、その意図を理解できない夏希は戸惑いながらも両手を翳す。女子は勇鬼の声が聞こえないため、夏希の会話に首を傾げていた。

 そんなとき、翳された夏希の両手から淡い光が溢れ出す。その光が女子を優しく照らすと、その体の傷をみるみると消していった。


「「えっ!?」」


 女子は勿論、その光を出している夏希でさえその現象に驚く。傷が全て治ると光は消え、女子は立ち上がって体の調子を確かめた。


「ど、どうですか?」


「………驚きましたね。治っています」


「よかった!」


 腕や肩を軽く回し、足もつま先で地面を小突くことで調子を確かめる。どこにも痛みはおろか、違和感すらないことに驚いていた。

 女子の口から治ったと聞き、夏希は嬉しそうに笑顔を浮かべる。しかし、そんな夏希のことを女子は怪しむ様に見ていた。


「一体どうやって治したんですか?」


「それは良く分からなくて。勇鬼………えっと、僕の体の中に居る人が―――いや。人では無いんだっけ?」


「ちょっと待ってください。まさか、体の中に怪異が居るんですか?」


「あ、はい。たぶんその怪異? ていうのが居ます」


「んな………!」


 今日は一体何度驚けばいいのかと、女子は頭が痛そうに額を押さえる。そんな様子を見せる女子の姿に、夏希は申し訳なさそうに肩を竦めた。


「怪異の力を得たのではなく、怪異そのものを宿している? しかも、自我を失わずに押さえ込んで―――。いや、正確には協力し合っている。怪異が人に手を貸すなんて、そんなことが………」


 ぶつぶつと、小声で状況を整理していく女子。しかし、整理しようとすればするほどに状況は混乱を極めていく。やがて終わりが無いことを悟り、思考を放棄した。


「もういいです。これは後回しにします」


「その、ご迷惑をおかけします」


「ええ、本当にっ――――――いえ、違いますね。そんなことよりも、一番に言うべきことがありました」


「はい………、何でしょうか」


 叱られる。そう思った夏希は身構えつつも女子のことを恐る恐る見る。しかし、そんな夏希の予想を裏切り、女子は背筋を伸ばすと深々と頭を下げた。


「助けてくれてありがとうございます」


「え………?」


 御礼を言われたことに戸惑うも、その直後に頭を上げた彼女が見せた柔らかい笑顔に見惚れてしまう。その笑顔にかつてない胸の高鳴りを覚えるのと同時に、胸の内から熱いものが込み上げる。そして、ポロリと両目から涙を零した。


「ふっ………! ぐっ! うぅ………!」


 人の命を救えた。誰かの助けに成れた。それも、自分のこの歪な願いを始めて肯定してくれた人を。

 その瞬間、夏希は生きる許しを得られた気がした。そして、あの事件以来始めて、生きていてよかったと思った。


 しかし、そんなこと女子は全く知らないし、分からない。突如として泣き出した夏希に目を見開いて驚いた。


「ええ!? どうして泣くんですか!?」


「ずみ゛まぜん。な、なんかぁ………。色々と込み上げてくるものがぁ………。ううっ! 生きててくれてありがとうございますぅっ!」


「え、ええ………」


『夏希。お前それはちょっとなぁ………』


 大粒の涙を流し、終いには御礼まで言い出す夏希。女子は当然困惑し、勇鬼も引くように夏希を窘め始めてしまった。

 そんな二人の反応を受け、夏希は何とか涙を抑え込む。そして、今度は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていた。


「すみません。お恥ずかしい………」


「いや、まあ。気になさらないでください」


『気を使われたな』


「言わないで、お願い………!」


 追い打ちをかける勇鬼に、より顔を赤く染めた夏希は止めてくれと懇願する。そして、女子は再び夏希のことを訝しげな目で見る。


「それにしても、本当に大丈夫なんですか? 怪異が宿っていることもそうですが、いきなりその力をあれだけ使って無事だなんて―――」


「いや、それについては本当に―――」


『あ。いいや、そろそろ限界だな』


「は? 限界?」


「限界? 何がですか?」


 勇鬼の言葉を夏希が復唱し、その言葉を女子が復唱する。その直後、夏希の体の赤い入れ墨が中へ沈んでいくように消える。逆立っていた髪も、元のぼさぼさの状態へと戻る。

 そして、夏希は頭から血の気が引いていくように意識が遠のいていくのを感じた。


「あ、これ。やば―――」


 ふらふらとふらつき、何度も倒れそうになる体を足で支える。しかし、それも限界に達し、前へと倒れていく。

 そして、今日初めて意識を失った時のように、女子の豊かな胸へ顔からダイブした。


「うわっ。大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


「う、うぅ………」


 女子は夏希を受け止めて地面に腰を下ろすと、胸の中で目を閉じていく夏希に必死に呼びかける。そんな彼女の声を尻目に、夏希は今日三度目となる気絶を経験するのだった。







 ―――この後、狛上夏希は祓師となり、様々な困難に立ち向かっていくこととなる。

 それだけではなく、仲間とのかけがえのない日常。自分のことを好いてくれる女子達による猛アピール。想い人との甘酸っぱいラブコメを過ごしたりなど。


 一体どこのラノベの主人公だと言いたくなる波乱万丈な人生が彼を待っているのだが、それはまた別の機会に。




『怪異奇譚~宿した怪異は最強クラスのめっちゃ良いヤツ~』

         ~おわり?~





 短くはありますが、これにて『怪異奇譚~宿した怪異は最強クラスのめっちゃ良いヤツ~』は完結とさせていただきます。

 色々とツッコみどころはあると思います。水色の髪の女子の名前。勇鬼の言うあのバカとは誰なのか。八年前の爆発事件の真相とは。その謎も楽しんでくれると幸いです。


 この作品は今連載している作品とは違うのが書きたいと思ったのが始まりなのですが、結局は少年漫画のような話になってしまいました。もう一作品、違うジャンルで短編書きたいなぁー。


 それでは、私『中田 旬太』とその作品たちをこれからもよろしくお願い致します。

 閲覧ありがとうございました! 読者の皆様に心からの感謝を!


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