主人公「僕に力をくれ!」 特級怪異「勿論だ!」(中編)
神主が亡くなり、誰も後を継がなかったことで放置され、廃れてしまった山奥の神社。境内の雑草は伸び放題となり、鳥居は塗料が所々剥がれている上に蔦が絡みついていた。
社も酷い有様であり、既に倒壊していた。瓦礫となっている木材にはコケが生えており、腐っていることも一目で分かった。
そんな神社の空は夕焼けのオレンジ色ではなく、不気味な紫色に染まっている。そして、その境内で激しい戦闘を繰り広げている二人が居た。
「ハァ………ハァ………」
一人目は夏希が神社に行くのを必死に止めていた水色の髪の女子。
綺麗だったセーラー服はボロボロになり、履いている黒色のニーハイソックスにも所々穴が開いている。綺麗な肌にいくつもの切り傷を作り、頭部から流れ落ちる血が目に入るのを防ごうと左目を閉じていた。そして、左腕はだらんっと力なく垂れ、左肩の出血を止めようと右手で押さえ込んでいた。
辛そうに息を荒げる彼女が片目で見上げるのは、自身をここまで追い詰めた人物。否、人とは呼べない異形な存在だった。
『ギャッハハハハハ………!!!』
その身長は八メートルほどあり、一般的な家と同等の大きさ。手や足は二本づつであり、二足歩行で立っている。しかし、膝を曲げ、肘から先が肥大化した両腕が地面に向かって垂れている姿はゴリラや猿を彷彿とさせる。
頭部も人の形に近く、髪も生えている。しかし、顔にある目は右目が三つ、左目が二つ。鼻は無く、口から覗く歯も全て鋭利に尖っており、人のそれでは無かった。肉体もまた同様であり、真っ黒な皮膚は硬質化して鎧のようになっており、所々から棘のようなものが生えていた。
発する笑い声も異質であり、その笑い方からは人としての知性を全くと言っていいほど感じさせなかった。
「くっ………!」
そんな怪物を見上げる女子はいつもの気だるげな表情ではなく、鋭い目を更に鋭くさせ、目の前の怪物を睨んでいた。
(怪異が封印された“呪物”の回収………。まさかこのタイミングで封印が解けるなんて、本当に最悪。もう一つの呪物の封印が解けてないのは幸いですね)
チラリと倒壊した社の方へと目を向ける。その瓦礫の下に埋まっているであろう呪物のことを考え、何も変化が起こらないことに安堵していた。
(この怪異が出て来たせいで社が倒壊してしまった。この調子だともう一つも危ないかもしれない。急いで回収したいところですが………)
女子は再び怪異に目を向ける。怪異は依然として愉快そうに不気味な笑い声を漏らしながら、彼女のことを見下ろしていた。
(この怪異………階級で言えば一級でしょうか。二級の私には少し荷が重い。かといって逃げようにも、これを放置すればどんな被害が出るか………)
目の前の怪異が自分よりも強いことなど、とうに分かっている。しかし、山を下ればそこには住宅街がある。放置して逃げることなど出来ない。
「はぁ………、本当に最悪です」
心から不快そうに愚痴を零す。しかし、それとは真逆に力強い眼差しで怪異を見据える。
それが皮切りとなったのか、怪異がその大きな腕を振り上げた。
「んっ………!」
怪異が腕を振り上げた瞬間、女子は閉じていた片目を開くとその場から跳び退く。そして、彼女が居た場所に怪異の腕が勢いよく振り下ろされた。
『ギャハハハッ!』
振り下ろされた拳は地面を砕き、爆風の如き風が土と砂を巻き上げる。女子は目を細め、動く右腕で顔を覆うと風と共に飛来する砂煙から目を守る。
そして、地面に着地すると同時に右腕を怪異に向けて翳した。
「凍てつけ………!」
その瞬間、彼女の周りで冷気が漂い始める。そして、その冷気は怪異に向かって伸びていき、怪異の右脚を周囲の雑草や地面ごと凍らせた。
これにより脚は地面に結合され、下手に動けば脚を失うことになる。これで怪異を拘束した、はずだった。
『ギャッハハハ!』
怪異は笑い声を上げながら凍結した右脚を動かし、氷を砕いて拘束を解く。当然、凍結していた脚を無理に動かしたことで指先が砕け、氷に張り付いた皮膚と肉も剥がれることになった。
そんな右脚が、みるみると元の姿を取り戻していく。肉が再生し、皮膚が再生し、指先も再生する。完全に治るまで一秒と掛からなかった。
「チッ………!」
怪異のことをより恨めしそうに睨む。この常識外れの再生が怪異の能力であり、彼女が怪異を倒せない理由であった。
(圧倒的なパワーに加えて異常な再生能力。例え全身を凍結させられたとしても、今みたいに脱出されて再生されて終わり)
「困りましたね………」
『ギャッハハハ!』
再生を終えた怪異は女子に向かって走り出す。彼女は怪異を迎え撃つために右腕を地面に着けると、再び冷気が放たれる。そして、地面からは鋭利な氷の槍が生え、勢いよく向かって来る怪異の体を貫いた。
『ギャハ………!』
体を貫かれたことで怪異の動きが止まる。しかし、怪異は貫かれたことなど意に介さず、そのまま両腕を振り下ろした。
振り下ろされる怪異の両腕を視界に捉えると、女子は自身を守るように周囲を氷壁で覆った。
『ギャッハーーー!』
「っ………!」
氷壁はいとも簡単に砕かれてしまう。しかし、僅かに勢いが落ち、軌道も逸らすことが出来た。それによって生じた僅かな時間で女子はその場から後ろへ跳び退いた。
怪異も攻撃が避けられたのを悟ると、後ろへ下がった女子を視界に入れる。そして、そのまま女子に向かって跳躍した。
『ギャッハハハ!』
「なっ………!」
地面から生えた氷の槍は折れ、胸に刺さったままだった。彼女もそのまま向かって来るとは予想外であり、接近した怪異に目を見開く。
(まずい………!)
接近してきた怪異が右腕を横に広げたのを見て、危機感と焦燥感が募る。宙に浮いているこの状況では回避行動を取ろうにも時間が足りない。右腕を顔の左側に持って行き、体の左側に力を込める。同時に左側面に氷壁を展開し、空中に固定する。
そして、そんな彼女に向かって怪異はその腕を思いっきり振り抜いた。
『ギャッハアアアアッ!!』
「ッ………!!!」
空中に固定した氷壁は砕かれ、巨腕が彼女を襲う。若干勢いが落ちても威力は凄まじく、衝撃が全身に走るとそのまま弾き飛ばされる。そして、神社を囲む木に背中から体を打ちつけた。
「がはッ………!!!」
木に打ち付けられたことで息苦しさに息を吐き出す。そして、うつ伏せになるように地面へと落ちる。そこからなんとか呼吸をしようと咳を繰り返すが、口の中を切ったせいで口端から血を流し、咳と同時に血の飛沫を飛ばしてしまっていた。
「げほっ、げほっ………」
(まずい………! 力が入らない………!)
何とか立ち上がろうと右腕を地面に着き、体を起こそうとする。しかし、先程の攻撃と木に打ち付けられた衝撃のせいで体が麻痺したのか、力が入らなくなっていた。
そんな彼女の前に、怪異はゆっくりと近づいていく。そして、彼女を嘲笑うかのように小さく笑い声を漏らしていた。
『ギハハハ』
「んん゛………!」
何とか顔を上げ、怪異の姿を視界に入れる。怪異の笑い声にこれまで以上に強い不快感を覚え、怒りのままに怪異を睨みあげていた。
『ギハハハハ………!』
「コノッ………!」
そんな彼女の睨みさえ愉快に感じたのか、怪異の笑い声のトーンが上がる。それを感じ取った女子はより強く怪異に怒りを覚えた。
そして、怪異はゆっくりと右手を女子に伸ばす。やがて彼女の視界はその大きな掌によって埋め尽くされた。
(………ここまで、か)
もう駄目だと、諦め始めてしまう。それでも、負けたくない彼女は怪異を睨み続ける。そんなときだった。
どんっ、と怪異の頭に何かが直撃した。
『ギ………?』
「………?」
怪異は手を伸ばすのをやめ、後ろへと振り返る。女子は掌が消えたことで視界が開き、地面へと落ちた物を見る。それはどこかの学校指定の鞄であり、彼女はその鞄に見覚えがあった。
(あれは………!)
「おい! 化け物!」
「っ!?」
突如として響いた男子の声。その声には聞き覚えがあり、慌てて目を向ける。そして、その先にある鳥居の下で立っている人物を視界に入れると、大きく目を見開いた。
「僕が相手だ………!」
大人しい顔つきからは想像がつかないほどの力強い眼圧で怪異を睨み付ける、狛上夏希の姿がそこにはあった。
「どうやって結界内に―――というより! なんで来たのッ! ここは危ないって自分でッ………!」
「そうですよ! だから、助けに来たんです!」
「っ!」
助けに来た、その一言に息を吞んでしまう。何の力も持ってい無い彼が、死ぬ危険があると分かっていながらさっき知り合ったばかりの自分を。その覚悟と度胸に驚き、同時に計り知れない狂気のようなものに恐怖すら覚えた。
女子が驚きに固まっていると怪異はゆっくりと夏希の方へ近づいて行く。怪異が動き出すのと同時に、女子はようやく我に返った。
(違う………! 今は驚いてる場合じゃない!)
首を横に大きく振り、自身の雑念を振り払う。そして、怪異を見据えて気を張っている夏希に大声で声を掛けた。
「とにかく逃げてください! あなたじゃこの怪異には絶対に勝てないっ!」
「ならあなたを連れて逃げます!」
「っ、どうしてそこまでッ………!」
「僕にも色々あるんです! 引けない………いや、引きたくない事情が!!!」
「なっ………!?」
ここまで言っても引かない。この怪異が迫って行っても立ち向かおうとする。一体何が彼をそこまでさせるのかと、女子は再び唖然としてしまうのだった。
そして、威勢よく啖呵を切った夏希はというと―――
(ていっても、こんなの絶対に僕じゃ倒せない。どうにか隙を作ってあの人と逃げないと)
『ギハハハ』
のそのそと歩いて来る怪異を前に勝てないことを既に悟っており、逃げの算段を立てる。
(注意を引き付けてあの人から引き離す。周辺の林の中に逃げ込んだら上手く撒いて、その隙に脱出。これしかない)
単純でざっくりとしたお粗末な脱出計画。しかし現状、夏希に出来る手立てはこれしかない。
夏希は自身の行動指針を決めると、境内に落ちている小石をいくつか拾い上げる。そして、そのうちの一つを怪異に向かって投げた。
その小石は怪異の顔面に直撃する。当然、ダメージはない。しかし、怪異を煽るには十分な行為だった。
「こっちだ! ついて来い!」
『ギハ?』
そう言うと夏希は女子とは真反対の林に向かって走り出す。怪異は夏希の言葉の意味は理解できなかったが、挑発だと言うのは感覚で理解する。そして、背を見せて逃げる姿は嗜虐心を刺激される。
それにより、怪異は夏希の挑発に乗るように後を追いかけ始めた。
(ついて来た………!)
作戦の第一段階が成功したことに内心で安堵する。複雑な林の中を駆けていく夏希に対し、怪異は木々を薙ぎ倒しながら進んでいた。
『ギハハハハハハッ!』
「………っ!」
その光景に恐怖を覚える。あのパワーで突撃されるだけで死んでしまうだろうと悟り、全速力で逃げていく。
進んでいくにつれて林もより密集していき、道も複雑になっていく。追いかける怪異の速度に変化はないが、林のせいで夏希の姿を捉え辛くなる。そして、ついには夏希の姿を見失った。
『ギハ?』
足を止め、辺りをきょろきょろと見回して夏希を探す。そんな中、右側から草木の擦れる音が聞こえた。風によって揺れたのではない、不自然な音。その方向に向かって怪異は前進していった。
そして、怪異の姿が遠くなっていくと夏希は林の陰から姿を現し、全速力で道を引き返して行った。
(さっきの怪物が木を薙ぎ倒してくれたおかげでさっきより進みやすい………!)
思わぬ棚ぼたに夏希は口元をにやけさせる。そして、先程まで居た境内にまで辿り着いた。
(よし。今のうちに)
女子の方へ駆け寄ろうとする夏希。そんなとき、女子は一瞬空を見上げると血相を変え、夏希へと叫んだ。
「ダメ! 逃げて!」
「………?」
一体何だと後ろへ目を向ける。しかし、そこには何も居ない。だが、自身の周囲に影が出来始めるのを悟る。
そこで彼女の行動を思い出した夏希は空へ目を向ける。するとそこには、先程林の中で撒いたはずの怪異の姿があった。
(まずい!)
命の危機を察し、全力で前方へ飛び込む。そして、自身を覆っていた影の中から抜け出す。その直後、その影の範囲に怪異が落下してきた。
その威力は凄まじく、社へ繋がる参道の石を砕き割るのと同時に突風と土煙を巻き上げた。
「うわあっ!」
飛び込んだ勢いに加え、怪異が落下してきたことにより発生した突風に煽られた夏希は前方へ前のめりに倒れる。体は空中で一回転し、地面に落ちても前転のように二回転がる。
そこでようやく夏希は地面に手を着き、慌てて立ち上がる。そして、怪異の居る背後に体を向けた。
巻き上がった土煙のせいで怪異の頭部しか姿が見えない。そんなとき、不自然な土煙の揺らめきを視界の右端で捉える。それに命の危機を覚えた夏希は咄嗟に両腕を右側に持って行き、全身を強張らせた。
その直後、土煙の中から怪異の巨大な手の甲が現れる。その手は夏希を薙ぎ払い、倒壊した社まで弾き飛ばすのだった。
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