第六話:魔術合戦
「それでは……行きますよ?」
「さっさと来ぉい゛!」
両者の視線が激しく交錯する中、エレンは素早く術式を構築。
「青道の一・蒼球」
透明度の高い水の球が、ゼノを取り囲むようにフワフワと浮かび上がる。
それと同時、彼の瞳に危険な色が宿った。
「てめぇ……そりゃ舐めてんのか?」
自分に向けられる魔術が、まさかこれほど低レベルなものだとは、想像だにしていなかったのだ。
「俺はいつだって本気ですよ。――白道の一・閃」
続けざまに唱えられたのは、最弱の攻撃魔術『白道の一』。
眩い光を放つ魔力が、ひたすら真っ直ぐに突き進む。
「……そうか。そんなに死にてぇのなら、お望み通りにしてやるよ!」
ゼノは怒声をあげながら、迫り来る閃光を左手で迎え撃つ。
しかし、両者がぶつかり合う直前、閃は四方八方に拡散。
「なっ!?」
散り散りになった光線は、周囲の蒼球に乱反射を繰り返し、ゼノの全身へ襲い掛かる。
(ぐっ、これは属性変化と形態変化か……ッ)
エレンは蒼球の属性を白道へ変え、光の反射率を大幅に向上。
そこへ形態変化させた拡散性の閃を放ち、回避の難しい『指向性のない多重攻撃』を実現させたのだ。
「うざってぇなぁ、お゛い――黒道の三十・闇曇神樂!」
ゼノの全身を覆うようにして、濃密な闇が吹き荒れる。
凄まじい魔力の込められた『黒』は、乱反射する閃と周囲の蒼球をいとも容易く破壊した。
「はっ、精一杯工夫したつもりか知らねぇが……所詮、曲芸の域を出ねぇな。言っちまえば、『弱者の戦い方』だ。そんなんじゃ、天地がひっくり返っても、この俺には勝てね……あ゛?」
そこで彼は、とある異変に気付く。
(……蒼球が、消えてねぇ……?)
先ほどしっかりと潰したはずの蒼球が――その残滓とも呼べる細かい霧状の粒が、薄っすらと周囲に立ち込めているのだ。
(ほんの僅かにエレンの魔力を感じる……。だが、こんな粉でいったい何をするつもり……待てよ、『粉』!?)
気付いたときには、もう遅かった。
「――赤道の三・蛍火」
「この野郎……ッ」
エレンの繰り出した小さな炎は、美しい弧を描きながら宙を舞い――周囲に満ちた粉へ引火。
凄まじい速度で燃焼が伝播していくその現象は、『粉塵爆発』。
灼熱の波動が大気を打ち鳴らし、耳をつんざく爆音が学園中に轟いた。
「きゃぁ!?」
「エレンの野郎、マジか……っ」
「いったい何が起きてんだよ!?」
「オイオイオイ、あいつ死んだわ……っ」
A組の生徒たちは、その場に深くしゃがみ込み、強烈な爆風をなんとかやり過ごす。
そんな中、
(うーん、ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ……)
エレンは不安げな表情で、ポリポリと頬を掻く。
彼は手元から離れた蒼球を遠隔操作し、その属性を燃えやすい緑道へ、さらにその形態を液体から粉末状へ変化。そこへ蛍火を放ることで、この凄まじい大爆発を引き起こしたのだ。
それから少しの間、燃え上がる爆炎を眺めていると――前方から一陣の突風が吹き、見るからに疲弊した様子のゼノが現れた。
「はぁはぁ……っ」
爆発の瞬間、防御魔術が間に合わないことを悟った彼は、咄嗟の判断で自身の魔力障壁を最大強化。
全身から膨大な魔力を解き放ち、爆風のダメージを軽減したのだ。
「あ、あの……大丈夫で――」
「――ぶち殺す」
物騒な返答の直後、ゼノの陰から七匹の狼が生み出される。
「黒道の三十七・陰狼円舞!」
漆黒の軍勢は、鋭い爪と牙を剥き出しにしながら、エレンの元へ殺到。
「うわっととと……っ」
彼は大きく後ろへ跳び下がりつつ、新たな魔術を展開する。
「――青道の四・無色沼」
次の瞬間、七匹の狼の足元に極小の底なし沼が発生し、彼らの動きを完全に封殺。
「一番台の魔術で、俺の三十番台を……っ」
魔術の原則は等価交換。
エレンは展開する沼の面積を極小サイズに絞ることで、通常では考えられない深度を実現したのだ。
「さっきから低級魔術ばっかり使いやがって……っ。人を虚仮にするのも大概にしやがれ!」
「い、いえいえ、ゼノさんを馬鹿にする意図はありませんよ……!? 俺の実力じゃ、簡単な魔術しか使えないだけです!」
エレンが魔術の修業を始めたのは、今よりわずか一か月前。
魔術師的にはひよっこもひよっこ、『駆け出し』と表現することさえ憚られるほどの学習時間だ。
そうなれば当然、使用できる魔術の種類も、同学年の術師と比較すれば雀の涙。
具体的には、適性ありとされた白道と無理強いされた青道が十番まで、他の属性については一番から五番しか使えない。
しかしこれでも、一か月という極々短い修業期間を考慮すれば、驚異的な成長速度と言えるだろう。
一方のゼノはこれまでの人生、そのほとんど全てを魔術の研鑽に費やしてきた。
天賦の才能を持って生まれた彼は、適性の高い黒道ならば、五十番台の高位魔術さえ無詠唱で行使可能。
両者の魔術師としての実力差は、海よりも深く山よりも高い……はずなのだが……。
「――黒道の三十九・覇弓衝!」
「――白道の五・雲鏡」
現在の戦況は完全に互角――否、『消費魔力』と『削り』の観点から見れば、むしろエレンの方が押していた。
(はぁはぁ、くそったれ……っ。この俺が、こんな弱そうな奴に……ッ)
ここまで強力な魔術を連発してきたゼノは、魔力の消耗が非常に激しく、見た目以上に追い詰められている。
そのうえさらに、精神的にも削られていた。
「赤道の四・火焔朧」
「ちぃっ……(くそ、今度はなんだ……こいつはいったい、どんな攻撃なんだ!?)」
エレンの魔術は、まさに変幻自在。
型にはまらない柔軟な発想から繰り出されるのは、属性変化と形態変化で魔改造された『未知の魔術』。
次から次へと襲い掛かってくる攻撃に対し、ゼノは後手に回らざるを得なかった。
しかもそれだけではない。
エレンは次手の組み立ても、本当に巧みだった。
「緑道の一・草結び」
「なっ、しまっ!?」
「黄道の四・紫電」
「が、は……ッ」
一つの魔術が単発で終わらず、次の攻撃の伏線になっている。
息もつかせぬ波状攻撃により、ゼノは着実に追い詰められていった。
「お、おいおい……。あのローゼスの末裔が、完璧に押されてんぞ……っ」
「エレンの使っている魔術は、どれも低位のものだけど……とにかく巧いな」
「優れた魔術センスにひとつまみの工夫……なるほど、『首席合格』は伊達じゃないってことね」
「エレンくん、ちょっとかっこいいかも……っ」
最初はクラスメイトのほぼ全員が、ゼノの勝利を確信していたのだが……。
彼らはいつの間にか、エレンの操る変幻自在の魔術に魅せられていた。
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