エピローグ
曇りのない漆黒に緋色の輪廻――史上最悪の魔眼が露になると同時、大きな動揺が広がっていく。
「う、嘘、あの瞳って……!?」
「……間違いねぇ、史上最悪の魔眼だ……っ」
「あ、あんなもん、歴史書の中でしか見たことねぇぞ……ッ」
何も知らない学生たちは驚愕の色を隠せず、あのダールでさえも「むぅ……っ!?」と固まっていた。
そんな中、グリオラは胴体に空いた風穴を魔人細胞で埋めていきながら、「ほぅ」と興味深そうな吐息をもらす。
「なるほど、そういうことだったのか……。合点がいったぜ。地中の白銀を発見・抜き足の歩法に反応・隠匿術式を噛ませた土分身を看破、そして極め付きは高速戦闘中における術式破却――確かに、全て可能だろう。その眼は、ありとあらゆる魔術的現象を瞬時に見抜き、最適な解をもたらすと言われているからな」
これまでの疑問を解消した彼は、まるで握手を求めるかのようにして、エレンの方へスッと右手を伸ばした。
「どうやらお前は、『新たな秩序』を生きるにふさわしい、真の強さを持つ魔術師のようだ。どうだ? 魔人となって――」
「――断る」
即決即断。
エレンの思う強さとは、ダールが見せた本当の強さであり、優しくて誠実な心の強さだ。
グリオラの思い描く、ただただ強いだけの安っぽい強さではない。
「……そうか、所詮はダールの教え子。『蛙の子は蛙』というわけだ」
グリオラは空虚に笑い、地面を強く蹴り付けた。
「――弱者は死ね」
エレンの背後を取り、白銀の斬撃を振り下ろす。
しかし次の瞬間、彼の姿は虚空に消えた。
「なっ、どこへ!?」
「――もう、全部視えているぞ」
耳の後ろから、絶望的な声が響く。
「馬鹿な!?」
振り向くと同時、強烈な中段蹴りが襲い掛かる。
「ぐ……っ」
魔人細胞と大量の魔力を左腕に集め、迫り来る蹴撃を完璧に防御。
大きく後ろへ吹き飛ばされながらも、空中でしっかりと姿勢を維持する。
(この馬鹿げた魔力に埒外の膂力、魔眼の副次効果か……っ)
着地と同時に腰を落とし、次の攻撃に備えたところで――とある『異変』に気付いた。
「……なんだ、これは……?」
防御に使った左腕が、ひしゃげていた。
ダールの掌底をモロに食らったときでさえ、こうはならなかった。
そうしてほんの一瞬、エレンから視界を切った直後、
「次元流・三の型――」
彼はもう必殺の間合いに立っていた。
「神閃」
神速の居合斬りが空を断ち、泣き別れたグリオラの左腕が宙を舞う。
「こ、の……クソガキが……ッ!」
すぐさま烈火の如き反撃を繰り出すも――当たらない。
斬撃・白打・蹴撃・掴み・ゼロ距離魔術、その全てが掠りもしない。
まるでこちらの動きが、先読みされているかのようだった。
そしてその直後、
「ぉ、ゴ、がは……ッ」
斬られ、蹴られ、叩き打たれ。
自分が弱者と嘲笑った魔術師に、好き放題にやられた。
「くそ、が……『魔人』を舐めるなぁああああ……!」
魔人細胞より齎された大魔力にモノを言わせ、全方位へ強烈な衝撃波を解き放つ。
エレンはそれをバックステップで回避。
「――青道の一・蒼球」
赤黒い球体が、グリオラの周囲を埋め尽くした。
「はっ、今更こんな魔術が通用するか!」
彼は袖口より伸びる白銀を振るい、目障りな球体を斬り付ける。
その直後、飛び散るは赤黒い飛沫。
精神を侵し、肉体を殺し、被呪者を即死させる負の力。
「ぐ、ぉ……ッ」
それをモロに浴びたグリオラは、焼けるような強い痛みに顔を顰めた。
彼が死なずに済んだのは、偏に魔人細胞の副次効果――高い呪い耐性を獲得していたからに過ぎない。
(低位のゴミ魔術が、何故ここまで強力な効果を……!?)
史上最悪の魔眼を解放したエレン、今の彼が発動する魔術は、たとえ一番台の初歩的なものであっても、文字通り『必殺の威力』を誇っていた。
「しゃらくせぇ……!」
グリオラは天高く跳び上がり、魔力で編み出した白銀を連続射出。
安全圏から、厄介な水球を一掃する。
そして続けざまに、固有魔術を展開。
「刃道の弐・銀華桜刃!」
桜のはなびらの如き小さく大量の白銀が、凄まじい速度で放たれた。
発生の遅く隙の多い攻撃では、魔眼を仕留めることはできない。
そう判断した彼は、手数・速度を重視した攻撃魔術に切り替えたのだ。
しかし、
(……視える)
エレンの視界全面に広がるは、安全地帯を示す『青』一色。
レンズに阻害されているときとは、文字通り次元が違う。
魔力の色・筋肉の動き・空気の流れ、三次元空間上に存在するありとあらゆるものが、これ以上ないほど克明に視える。
その結果――彼は迎撃魔術はおろか黒剣を振るうこともなく、軽やかな足捌きだけで、迫り来る刃の嵐を回避した。
「く、そ……っ。なんなんだ、テメェはよォ……!?」
グリオラは怒声をあげ、さらなる魔術を展開。
「刃道の捌・銀炎崩斬!」
灼熱の業火を纏った斬撃が、途轍もない速度で空を駆ける。
「――赤道の三・蛍火」
放たれるは小さな黒炎、しかしそれは、全てを焼き焦がす終焉の焔。
両者がぶつかり合った結果、蛍火は銀炎崩斬を呑み――その先に立つグリオラにも牙を剥く。
「ぁ、ぐ、がぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛!?」
彼はみっともなく地面を転がり、体に燃え移った黒炎をなんとか鎮火した。
もしも魔人細胞の驚異的な回復力がなければ、既に三度は死んでいるだろう。
「はぁはぁ……っ。畜生、が……ッ」
「……丈夫だな。まだ再生するのか」
「てめぇ……上から目線で見下してんじゃねぇぞォ!」
グリオラは両腕をバッと開き、自身の胸部に輝く魔人細胞、そこへ深々と親指を突き刺した。
それと同時、彼の魔人化が一気に加速していく。
「く、くくっ、ふははは、ふはははははははは……!」
狂った笑い声と共に、その体は醜く膨れ上がり、紫色をした『異形の者』と化した。
「どうだ、見たか!? これが力だ! これぞ魔人だ! これこそが、新たな秩序を生み出す『神』――新時代の『魔王』の姿だ……!」
醜悪な瘴気と膨大な魔力を吐き散らすグリオラ、もはやそこに人間時代の面影はない。
身に余る力と歪んだ正義に溺れたそれは、真実『悪魔』と呼ぶにふさわしい存在だろう。
「さぁ、『滅びの力』を見せてやる! ――刃道の終・万葬天極!」
『千』を超え、『万』という白銀の巨刃が、空中に展開された。
固有魔術の終――それは、その属性を極めた術師にのみ許された、究極にして絶対の魔術。
「ま、まさか、これほどの力を……っ」
「おいおい、冗談だろ……」
「……終わ、った……」
ダールは眼を見開き、ゼノは歯を食い縛り、アリアは言葉を失う。
それもそのはず、グリオラの展開した超常の魔術は、文字通り人の域を超えた大魔力を放っていたのだ。
全員が絶望に沈む中、エレンの瞳は微塵も揺るがない。
「――無垢の鐘を鳴らす時、殲の夜景が朽を告げる。劫なる彼方を掴む時、儚き刃が毀れを知る」
朗々と紡がれていく古式詠唱。
それは伝説に謳われる禁呪であり、エレンの瞳にのみ刻まれた負の遺産。
「こ、これは……っ」
グリオラの脳裏をよぎったのは、魔人細胞に刻まれた『千年前の記憶』。
かつて全ての魔人を恐怖のどん底に突き落とした、拭い去れぬ恐怖。
破滅の魔王という『絶対的な死』。
「は、はは……。そうか、そういうことだったのか……っ」
グリオラはここに来て、全てを理解した。
魔術教会の禁書庫に隠されてあった、『最重要機密』。
魔人の国の歴史書にあった、『魔王の死』。
独自に研究してきた、『千年前の戦争』。
今この瞬間、バラバラだった点と点が、一本の線となって繋がった。
「……千年前の王よ。俺は今ここで、貴様を超える……! 新たな秩序を創造し、理想の世界を成すのだ! 刃道の終・万葬天極!」
万の白銀が迫る中、エレンはゆっくりと右手を伸ばした。
彼の魔眼が『史上最悪』と呼ばれる所以。
それは――かつて世界を滅ぼした、『破滅の魔王の固有魔術』を再現できるのだ。
「――魔道の肆・殲劫」
刹那、天を彩るは漆黒、『億』の刃が大空を埋め尽くした。
「「「……ッ」」」
それはまさに神話の光景。
ここにいる全ての魔術師が、静かに息を呑む。
次の瞬間、千年前の破滅の力は、万の白銀をいとも容易く蹂躙し――。
「こ、の……化物がぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛……ッ」
壮絶な断末魔と共に、魔人グリオラ・ゲーテスは完全消滅。
それと同時に、グランレイ王国の地図から、『千年樹林』が消えたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
物語は一旦これにて完結。
第2章以降の続きを執筆するかどうかは、本当にまだ何も決まっていないので、一度キリのいいここで完結設定とさせてください。(数日後、こちらのページで『続編の有無』についてのお知らせをしますので、少しの間だけ、ブックマーク登録はそのままにしておいていただけますと幸いです)
作者の今の正直な気持ちを言いますと……どうにかして、この作品で『日間総合1位』を取りたい……っ。
そして現在、第1章を完結した『今日この日』が、本作における『最初で最後のチャンス』です……っ。
「第2章が、続きが読みたい!」
「第1章面白かった! 続きの執筆もよろしく!」
「エレンたちのその後が知りたい! 彼らの活躍をもっと見たい!」
少しでもそう思ってくれた方は、この下にあるポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にして、『ポイント評価』をお願いします。
ポイント評価は『小説執筆』の『大きな原動力』になりますので、どうか何卒、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
最後になりますが、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
願わくば、また第2章で会えることを楽しみにしております!




