第二十一話:魔力
エレンと仮面の視線がぶつかり――両者の姿が煙のように消えた。
「フッ!」
「はっはァ゛!」
交錯は一瞬。
黒と白銀が幾多の閃を描き、その軌跡に沿って、紅い火花が咲き乱れる。
「いいぞいいぞォ! 近接もこなせる探知型! そういう常道から外れた型、嫌いじゃねぇ、ぜッ!」
繰り出されるは鋭い上段蹴り。
「お気に召して何よりだ、よッ!」
エレンはそれをバックスウェイで回避、戻りの勢いを利用して、黒剣を大地に突き立てた。
「――喰え、梟!」
瞬間、仮面の足元から、大口を開けた汚泥が噴出。
「おーおー。癖の強い梟をよくもまぁそこまで手懐けたもんだ」
彼は二度三度と跳び下がりながら、両手をパンと打ち合わせる。
「緑道の七十四・亜樹林解根!」
先端の尖った巨大な木の根が地面から立ち昇り、エレン目掛けて一斉に殺到する。
「くっ、白道の十八・天蜘蛛糸!」
彼は周囲に粘着性の白糸を飛ばし、聳え立つ大木に接着――それらを一気に手繰り寄せ、迫り来る木の根と相殺させた。
「ほぉ、この自然環境を利用したか! 面白ぇことを考えんなァ!」
仮面は感心したように笑いながらも、攻撃の手を緩めない。
「さてさて、そんじゃこいつはどう凌ぐ? 青道の七十九・瀑雹天臨!」
次の瞬間、頭上を覆い尽くすは、岩のような大量の氷塊。
「そぉら、踊れェ!」
仮面が指を弾くと同時――遥か上空で風の爆発が起こり、砕け散った大量の氷塊が、凄まじい速度で降り注ぐ。
「これ、は……ッ」
史上最悪の魔眼は、魔力を『色』で見分ける。
エレンの瞳が捉えたのは、視界一面に広がる『黄色』。
黄色は危険地帯。
すなわち現状――逃げ場なし。
「青道の十九・水衣!」
エレンは全身に水の衣を纏った後、吹き荒ぶ氷塊を迎撃。
ときに斬り、ときに躱し、ときに受け流し――研ぎ澄まされた体術と唯一無二の瞳力を以って、なんとか凌いでいく。
だが、
(さすがに数が多過ぎるぞ……っ)
高速かつ不規則に降り注ぐ氷塊。
それら全てを完璧に回避することは難しく……。
「……ッ」
手や足・肩口や頬にいくつかの裂傷を負ってしまう。
ただそれでも、致命に至るものはなく、七十番台後半の青道をほとんどその身一つで凌ぎ切った。
(魔術の規模が違い過ぎる……っ。このままじゃジリ貧だ……ッ)
仮面の繰り出す魔術はどれも七十番台、一つ一つが文字通りの『必殺』。
ほんの僅かな気の緩みが、瞬き一つが死に直結してしまう。
しかも、それだけじゃない。
「――余所見してんじゃねぇぞォ!」
大魔術を行使した後、次の攻撃までに生まれるはずの『溜めの時間』。
仮面はその隙間を埋めるように、白銀の剣閃を詰めてくるのだ。
強力な魔術が雨のように飛び、激しい剣戟が火花を散らす中、
(くそが、戦闘の展開が速過ぎんだろ……っ)
(これじゃ、補助魔術で援護することもできない……ッ)
ゼノとアリアは、ひたすら歯痒い思いをしていた。
今ここで援護魔術を放てば、エレンの神懸かった回避の邪魔になるかもしれない。
『全てを見切る魔眼』を持たない二人は、ジワリジワリと削られていく仲間の姿を、ただ眺めていることしかできなかった。
その後も激しい戦いは続くが……。
攻め立てる仮面と防御一辺倒のエレン、その構図に変わりはない。
「はっはァ! いい感じに温まって来たぜェ……!」
仮面の速度はさらに増していき、エレンの鮮血が大地を彩る中、
(……十二万三千八百二十一、十四万七千九百八十三、十八万二千六百五十四……)
彼の左眼は、『別の次元』を見つめていた。
「――黄道の十四・雷閃」
「おいおい、どこ撃ってんだ? そろそろ限界かァ!?」
仮面は稲光を容易く回避し、お返しに鋭い蹴撃を見舞う。
エレンはそれをギリギリで避けながら、先ほど放った『雷閃の結果』を分析していく。
(うん、やっぱりあそこは違うな。……二十万飛んで、三十万千二百三十九、三十四万五千七百二十一……)
激しい戦闘の最中にもかかわらず、どこか上の空――超然とした雰囲気を放つ彼に対し、仮面は苛立ちを募らせていく。
「……ガキが……舐めてんじゃねぇぞォ!」
目にも留まらぬ剣閃が空を断ち、エレンの肩口に紅が咲いた。
しかしそれでも、彼の表情は微塵も揺るがない。
その後、幾多の死線を潜り抜け、白銀の剣閃を超えた先――。
「――視つけた」
複雑怪奇の術式の中、赤く輝く『致死点』を発見した。
これを魔力で貫けば、術式破却が成立し、不知御領は崩壊。
異変を感知したダールが、すぐにこの場へ駆け付けることだろう。
そう、この戦いには『特殊勝利条件』があったのだ。
ここに来てようやく、エレンの狙いに気付いたゼノとアリアは、思わず体を震わせる。
(あ、あの野郎……っ。一つでも判断を誤れば即死の状況で、術式の矛盾点を探していたのか!? どれだけ図太ぇ神経をしていやがんだ……ッ)
(……凄い。私と戦ったときよりも、遥かに魔眼を使いこなしている……!)
しかし――。
「ほぉ……なるほどなァ、ようやく合点がいったぜ。――術式破却だろ? 確かにお前なら、やりかねないな」
仮面は見透かしたように笑い、空中に人差し指を走らせた。
「でも残念、そいつは通らんぜ」
次の瞬間、魔術の起点はそのままに、術式構成が目まぐるしい速度で組み替えられていく。
「「なっ!?」」
これではとてもじゃないが、術式破却を成立させることはできない。
「いやしかし……お前、マジで凄ぇよ。純粋に尊敬する。あの高速戦闘の最中、よく不知御領の中心部――その矛盾点を見つけ出した。ここまで探知を極めた術師は、うちの組織にもいねェな」
仮面から零れたのは、心の底からの賞賛。
「それはどうも。ただ……勝ちを確信するには、ちょっと早いんじゃないか?」
「……あ? どういう意味だ」
「だって俺の『本命』は――こっちだからな!」
彼は大きく息を吐き、とある魔術を発動する。
「――黒道の三十・崩珠!」
次の瞬間、エレンの大魔力が、不知御領の中心部分へ注ぎ込まれていく。
これは大聖堂でヘルメスから学んだ術式。
魔術の中心部分に膨大な魔力を注ぎ込み、内部崩壊を起こさせるという只々純粋な『力業』だ。
「……ぷっ、くははははっ! この俺と『魔力勝負』? 正気かァ?」
仮面は嘲笑った。
崩珠とは詰まるところ、『術式破壊』と『術式保護』――両者の魔力の押し相撲。
これに勝った方が、自らの意を為すことができるのだ。
そして――仮面の特異な体には、異なる二種類の魔力が流れている。
すなわちこの勝負、最初から一対二という不条理。
(『二つの魔力タンク』を持つ俺と……魔力勝負だァ?)
そのあまりにも愚かな判断を、彼は高らかに嗤いあげたのだ。
「いいぜェ、相手になってやるよ……!」
仮面は赤子の手を捻るような気持ちで、エレンの最後の希望を握り潰すつもりで、不知御領に莫大な魔力を送り込んだ。
その直後、仮面が幻視したものは――深淵。
「……あ゛?」
黒く、昏く、深く――まるで底の見えない、エレンのおぞましい大魔力。
(なん、だ……これは……ッ!?)
心臓を鷲掴みされたような恐怖が、全身を駆け抜けた次の瞬間――不知御領は完全崩壊。
不可知領域は、音を立てて砕け散った。
「……おいおぃ、さすがに笑えねぇよ」
刹那、仮面の奥から、本気の殺気が溢れ出す。
先ほどまでは、ちょっとした『興味』だった。
面白い術師を見つけたから、適当に遊んで、嬲り殺しにしてやろう。
そんな軽い悪戯心だった。
しかし、今は違う。
エレンという魔術師を、魔術の道を進みて二か月やそこらの赤子を、自身を脅かす『敵』と正しく認識したのだ。
「――てめぇは、今、ここで死ね」
崩珠を成功させ、疲弊したエレンのもとへ、悪意に満ちた白銀が迫る。
それと同時――耳をつんざく轟音が大気を打ち鳴らし、凄まじい衝撃波が千年樹林を駆け抜けた。
まるで爆発音かと錯覚するほどのそれは、大地を踏み砕くそれは――足音。
「あぁ゛?」
仮面が怪訝な声をあげた次の瞬間、
「――ぬぅううううお゛お゛お゛お゛!」
肉々しい巨体が、進路上のありとあらゆるものを蹴散らし、茂みの奥から飛び出した。
「白道の八十八・極星慈雨!」
降り注ぐは極星の輝き。
絶大な魔力の込められた『単体殲滅魔術』。
「おいおい、マジか……!?」
仮面の男はこの日初めて、必死の回避を試みた。
直後、絶大な破壊が辺り一帯を蹂躙し、激しい土煙が巻き上がる。
「うぅむ、なるほど……。何やら妙な気配を感じると思えば、不知御領が張られていたのであるか。――エレン、よくぞやってくれた。七十番台の結界を破壊し、吾輩に異常を知らせてくれた。その働き、真に天晴極まる!」
「こちらこそ、助かりました。……それにしても、本当に足が速いんですね」
途轍もない大破壊をもたらした男は、ニッと微笑み、丸々としたお腹をバシンと叩く。
「さっ、選手交代である。――謎の仮面よ、これより先は、吾輩が相手になろうぞ!」
グランレイ王国の『鉄壁』――ダール・オーガストが戦場に降り立った。
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