第十八話:強化合宿
ダールが大魔聖祭と強化合宿の発表をした瞬間、クラス中が大熱狂の渦に包まれた。
「いよっしゃぁ! ついに来たか、このときが……!」
「くぅ~、たまらなく燃えてきたぜぃ!」
「俺はこの祭りのために、『王立』に入ったんだ!」
「ねぇ、どっち志望? 私はもちろん『個人戦』!」
「あ゛ー、あたしは『団体戦』かなぁ。今年はエレンくんとか馬鹿ゼノとかアリアっちとか、個人戦のレベルちょい高いっぽいし……。あんま無理せず、現実的なとこ狙っとくよ」
大魔聖祭。それはグランレイ王国に五つある、王立魔術学園による魔術の祭典だ。
新入生のみで実施されるこの大会は、『次世代魔術師の見本市』として広く知られ、魔術界における注目度が非常に高い。
「聡明なる諸君こと、大魔聖祭の概要については、既に知っていると思うが……。吾輩には担任教師としての連絡義務がある故、今一度ここで簡単に説明しておくのである」
ダールはそう言って、懐からプリント用紙を取り出した。
これは学園長が作成した説明用の資料であり、一年の担任を受け持つ教員に配布されたものである。
(あっ、ちゃんと説明してくれるんだ……よかったぁ……)
この教室で唯一、大魔聖祭について何も知らないエレンは、ホッと安堵の息を吐いた。
「え゛ー、おっほん……。『大魔聖祭とは、王立の五学園が選りすぐりの一年生を選抜し、団体戦+個人戦を実施。その総合成績をもって勝敗を決定するという、勝ち抜き式のトーナメント戦だ。本大会は魔術教会の全面スポンサードのもとで運営され、出場選手の安全面に関しては、特段の配慮がなされている。そのため一年生諸君は、奮って参加するようにお願いしたい』、という感じである」
手元のプリントを読み上げたダールは、生徒たちの方へ視線を向けた。
「さて、基本事項の説明はこれにておしまい。次は生徒諸君らの『旨味』について話そう」
彼はそう言って、スッと右手を前に伸ばした。
「まず一つ目。個人戦および団体戦に出場した生徒は、最終成績に加点一。二つ目、勝利ボーナスは個人・団体問わずして、一勝につき加点三。三つ目、特別優秀な結果を残した者には、最終成績に加点十。ここまでが当学園側の提供する優遇制度。そしてさらに……あまり大きな声では言えぬが、『外部からの引き抜き』も、往々にして起こっておるのである」
ダールは声のトーンを一段落として、話の続きを語っていく。
「大魔聖祭は将来有望な魔術師の集まり。故に魔術教会のお偉方や王政府の重役などの有力者が、毎年必ず視察に来ておってな。彼らの目に留まった生徒は、祭りの終幕後にこっそりと呼び出しを受け、『卒業後にうちで働かないか?』という話を持ち掛けられる。もちろんその場合は、通常では考えられぬ超好待遇である。――っとまぁこのように、本大会は諸君らにとって、非常に『おいしい』ものになっておるのだ」
とても魅力的な話を聞き、生徒たちの瞳が燃える。
「へへっ、成績爆上げの大チャンス! それに運がよけりゃ、卒業後のキャリアも確保できるし……こりゃ激熱だぜ!」
「大魔聖祭で活躍すれば、私も憧れの宮廷魔術師に……っ」
「教会のお偉いさんに目を掛けてもらえれば、多額の研究費用が降りる~ッ」
教室のあちこちで欲望の炎が滾る中、ダールはゴホンと咳払いをする。
「まぁ逸る気持ちもわかるが、ちょっと落ち着くのである。大魔聖祭に出場して華やかな活躍を遂げるには、厳しい『学内選考』を突破しなければならぬのである。そしてこれには、明日から実施される強化合宿で、優れた成績を残すことが必要不可欠!」
教室全体にピリッとした空気が張り詰めた。
「それではこれより、強化合宿の内容を発表――といきたいところであるが……。当学園の教育方針により、合宿での課題については、本番当日に公開する決まりになっている」
王立第三魔術学園は『実戦』に特化した校風であり、それを知ったる生徒たちは、
「まぁ、第三らしいやり方だな」
「ここはそういう学園だもんね」
そんな風にして、各々で納得していた。
「さて現状、吾輩が公表してもよい情報は三つ。合宿の会場は千年樹林・期間は三日間・そして最後に――強化合宿におけるチーム分けである!」
発表と同時、クラス内に小さなざわめきが起こった。
「此度の合宿は三人一組で実施される。ちなみにこのチーム分けは、生徒の性格・魔術の相性・現状の成績などなど……。様々な要素を勘案したうえで、学園長が直々にお決めになられたもの。――さぁそれでは早速、A組のチーム分けを発表するのである!」
ダールがパチンと指を鳴らすと同時、黒板一面に大量の聖文字が浮かび上がった。
そこには一年A組全生徒の名前が、ズラリと並んでいる。
(俺の名前は……っと、あったあった)
黒板の中心部に自分の名前を発見、そのまま視線を横にズラシていき、チームメイトの名前を確認する。
(……ゼノ・ローゼスとアリア・フォルティア。あぁ、よかった! あの二人なら、やりやすくて本当に助かる)
エレンがホッと胸を撫で下ろすと同時、ダールがゴホンと咳払いをした。
「少し長くなってしまったが、帰りのホームルームはこれにておしまい。皆の衆は互いの得意魔術を共有するなり、チームで集まって連携を立てるなり、各自有効に時間を使うといいのである。それでは――解散」
その後一年A組の教室では、明日に備えての打ち合わせが、あちこちで活発に行われるのだった。
■
迎えた合宿当日。
エレンとアリアは一緒に寮を出て、目的地である千年樹林へ向かう。
「んーっ、今日はいい天気だな。晴れてくれて、本当によかった」
「えぇ、絶好の合宿日和ね」
二人はそんな明るい会話を交わしながら、地図を片手に歩いていく。
街を通過し、野原を過ぎ、険しい竹林を超えた先――鬱蒼と茂る深い森が現れた。
そこには『ここに集合である!』という立て札があり、周囲には既に大勢の生徒たちが集まっていた。
強化合宿には特進科のA組のほか、普通科のB組も参加しているため、百人近くの魔術師がこの場に待機していることになる。
(えーっと、ゼノはもう来ているのかな……?)
周囲を軽く見回していると、
「――お゛ぅ。こっちだ、エレン」
遥か前方――大きな木の株に座ったゼノが、ひょいと右手をあげた。
「おはよう、ゼノ。早かったんだな」
「まぁな」
軽い挨拶を交わした直後、
「……」
「……」
ゼノとアリアが鋭い視線をぶつけ合った。
(……あぁ、始まった……)
何を隠そうこの二人、真実『犬猿の仲』なのだ。
昨日の打ち合わせのときもそう――。
「だーかーらー、何度言やわかんだ!? 俺とエレンが前線を張って、てめぇは後衛で補助魔術に専念する! これが最高の布陣なんだよ!」
「だーかーらー、何回説明すれば理解できるの!? 私とエレンが前衛、キミは後衛で補助魔術を焚く! これが一番効率的なの!」
気の強い二人は、お互いに全く譲らず、
「……やんのか?」
「……いつでもどうぞ」
一触即発の空気が流れた。
「あ、あのー……俺は別に後衛でもいいぞ?」
「いや、それは違ぇだろ」
「いえ、それはもったいないわ」
「…………そうか」
その後、同じような話が何度も繰り返された結果、下校時刻になっても、まともに連携一つ組めなかったのだ。
「二人とも、仲良くな! なんてったって、今日は合宿本番だ! ほ、ほら、まずは気持ちよく朝の挨拶を交わして! 明るく元気よく、楽しくやろう! な?」
エレンに諭されたゼノとアリアは、不承不承と言った風にコクリと頷き――どちらからともなく口を開く。
「…………おはよう」
「…………おはよう」
これほど暗い朝の挨拶が、かつてあっただろうか。
(……はぁ、この先が思いやられるなぁ……)
エレンは苦笑いを浮かべながら、小さなため息をこぼすのだった。
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