第十七話:祭り
激動の一日から一夜明けた次の日、
「なぁエレン。お前、滅茶苦茶『形態変化』がうめぇよな。なんか、特別な練習方法でもあるのか?」
「ねぇねぇエレンくん、昨日のやってた『遠距離属性変化』! あれって、どういう仕組みなの!?」
「おいエレン、昼休みにちょっくら摸擬戦やらね? お前の変幻自在の魔術、一度実際に味わってみたいんだよ!」
エレンは一躍、クラスの人気者になっていた。
一年A組の生徒たちは、幼少期より天才と持て囃され、非常に自尊心が高いが……決して腐った人間ではない。
最初こそ『首席合格』を掻っ攫ったエレンに対し、敵対心のような悪感情を抱いていたが……。
それは彼が入学試験において、不正を働いたという噂が広まっていたからだ。
しかも厄介なことに、情報の出所はケインズをはじめとする幾多の教師陣。
入試の採点を行う学園サイドの人間が、口々にそう言っていたのだから、生徒たちが騙されてしまうのも無理のない話だった。
しかし昨日――彼らはみんな、エレンとゼノによる『至高の魔術合戦』をその眼で見て、不正入学の噂が根も葉もない嘘であると確信、魔術師エレンの実力が本物であるとわかった。
燻っていた不満が解消され、残ったのは純粋な尊敬。
自身の成長に貪欲な彼らは、すぐさまエレンに教えを乞うたというわけだ。
ただ……魔術の秘匿は術師の基本。
普通はおいそれと自身の術式や長年の修業で体得したコツを教えることはないのだが……。
「うーん、形態変化の練習方法か……。俺がいつもやっているのは、『手当たり次第にいじってみること』かな? 例えばほら『青道の一・蒼球』とかだったら、発生する球体を三角錐にしてみたり、霧状にしてみたり、蜷局を巻いた蛇みたいにしてみたり……。とにかく、滅茶苦茶にいじってみるんだ。そうしたら自然に、形を変える感覚っていうのが、なんとなく掴めてくると思う。えっとそれから……遠距離属性変化のやり方だったよね? あれは――」
魔術師の常識を持たないエレンは、自身の魔術観・魔術技能の練習方法・戦闘中の思考などなど……何も隠すことなく、全てをあけすけに語った。
「ほっへー、なるほどなるほど。『滅茶苦茶にいじってみる』、か……すげぇな。今までにない面白れぇ考え方だ! ありがとよ、エレン!」
「エレンくん、ありがとう。おかげで遠距離属性変化のやり方、しっかりと理解できたわ」
エレンに魔術技能の練習方法を教えてもらった二人は、感謝の気持ちを告げる。
そして――無償の施しを受ければ、それをお返ししたくなるというもの。
「なぁなぁ、さっきの駄賃といっちゃ難だが……。『赤道の響炎現象』、あれを意図的に起こす方法とか、興味ねぇか? この前一人で赤道の練習をしていたら、偶然そのやり方を発見しちまってよ。エレンがお気に召すかはわからねぇけど、まぁそれなりに面白れぇ話だと思うぜ?」
「エレンくんは、緑道の構築魔術とかに興味ないかな? 私、実技はちょっと苦手なんだけど……。構築分野の理論には自信があって、専門誌にも何本か論文を載せてもらってるの。もしよかったら、私が今度発表する『緑道構築の曲線理論』、ちょっと聞いていかない?」
「えっ、いいのか? ありがとう!」
クラスメイトからのお礼の情報、エレンはそれをありがたく聞かせてもらった。
一般的に王立魔術学園での友人関係は、『広く浅い』と言われている。
在校生全員が優秀な魔術師であるため、お互いの顔と名前はなんとなく一致している。
廊下ですれ違えば簡単な挨拶や雑談も交わすし、授業内や休み時間に得意魔術の教え合いなどもあったりする。
だが、こういった交流は所詮表面的なものであり、お互いの魔術観や独自の術式――腹の底までは決して見せない。
これは魔術の秘匿は術師の基本という、古くからの伝統のせいだろう。
そして、その果てに生まれるのが、現在の広く浅い友人関係であり、どこか息苦しさを覚える閉鎖された魔術学園である。
しかし、ここにエレンという『純粋な異物』が加わることで、状況は劇的に変化する。
彼がもたらす独自の魔術理論、それを惜しげもなく公開する姿勢、これによって『自由で開かれた討論』が巻き起こり、その中でまた新たな気付きが生まれていく。
突如として発生した『理想的な学びの場』、これを優秀な魔術師たちが放っておくわけもない。
結果、エレンの席の周りは、いつも大勢のクラスメイトで賑わった。
この『一年A組の魔術談義』は、連日途轍もない盛り上がりを見せ、学園全体に爆発的な勢いで広まっていく。
特にお昼休みなどは凄まじく、他クラス・他学年の生徒までもが一年A組に集結した。
そしてついには、噂を聞き付けた教師がこっそり参加するほどのものとなり……A組の教室は完全にパンク状態。
この時点で緊急の職員会議が開かれ、細かいルールが話し合われた。
結局、通常のお昼休みの魔術談義は、基本A組の生徒のみが参加可能。
但し、週末のお昼休みには、大講堂を貸し切りにして、『誰もが参加可能な自由で開かれた公開魔術談義を行う』とされたのだった。
ここまでの期間、わずか一週間。
エレンという魔術師の存在は、王立第三魔術学園の中で、徐々にだが確実に大きくなっているのだった。
■
エレンが王立第三魔術学園に入学してから早十日――。
日々の濃密な授業・昼休みの魔術談義・放課後の自習、この三つの相乗効果により、彼の扱える魔術の種類は飛躍的に増加した。
今や基本六道の魔術は、一番から十番まで全て扱えるようになっている。
そしてちょうどこのあたりで、『魔術適性』というものが、徐々に顕在化してきた。
赤道・青道・黄道・緑道については、素晴らしい速度で成長しているのだが……。
『適性あり』とされたはずの白道の伸びが、いまいち奮わない。
その一方で、黒道の練達具合は、もはや異常とも言えるレベルだ。
無詠唱で二十番台、完全詠唱ならば三十番台さえも展開可能。
この驚異的な成長速度は、天才的な黒道使いであるゼノ・ローゼスをして、「エレン、お前……なんか危ねぇクスリとか、手を出してねぇよな?」と本気で心配させるほどである。
なんにせよ。エレンの魔術は今、飛躍的な進歩を遂げているのだ。
王立第三魔術学園に新たな風を吹き込み、自身の魔術の才能を絶賛開花中である当の本人は、
(あぁ、幸せだなぁ……)
平和で穏やかな日常を心の底から楽しんでいた。
エレンはこの十年、狭い物置小屋の中で、一人孤独に生きてきた。
誰かに愛されることも、誰かから必要とされることも、誰かと話しをすることもない、ただひたすら『無』の日々を送ってきた。
そんな彼にとっては、友達と交わす何気ない挨拶・大して中身のない雑談・クラスメイトと一緒に食べる昼食――普通の学生ならば、誰もが当たり前のように享受するささいな日常、その一瞬一瞬がどれも最高に楽しかったのだ。
そして――今日も今日とて授業が終わり、帰りのホームルームが始まる。
「――おっほん。普段は形だけのことが多いホームルームであるが、今日は『とても大切なお知らせ』がある。皆、心して聞いてほしいのである」
教壇に立ったダールは、いつになく真剣な表情だ。
「それでは、これより発表する。――明日の正午より、来たる『大魔聖祭』に備え、毎年恒例の『強化合宿』を実施する! 期間は三日! 会場は千年樹林! 一年に一度のド派手な祭りが、始まるであるぞ……!」
次の瞬間、クラス中が大熱狂の渦に包まれた。
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