第十三話:魔術師エレンの戦い方
「……やっぱり梟、ちょっと散らかし過ぎるよなぁ……っ」
土煙が舞い上がり、黒く染まった河原の中心――困り顔のエレンが、ポリポリと頬を掻く。
眼前に広がるのは、梟に呑み荒らされ、ぐちゃぐちゃに歪んだ大地。
その周囲を埋め尽くすのは、一面の黒い呪い。
彼はこうなることを嫌って、ギリギリまで梟を出さなかったのだ。
(どうやって河原を掃除するかは、後でゆっくり考えるとして……アリアはどこだ?)
ザッと辺りを見回していると――前方の土煙が大きく揺れ、荒々しい息を吐く彼女が飛び出してきた。
「……はぁはぁ……っ」
臙脂のブレザーには穴が空き、チェック柄のミニスカートはボロボロ。
顔に掠傷・手に裂傷・足に打撲、体の節々に傷を負っているが、必死となるものはない。
(……危なかった。あのまま防御していたら、間違いなく死んでいた……っ)
あのとき――エレンの暴力的な大魔力を垣間見たアリアは、防御という愚行をすぐにやめ、全速力で逃げ出した。
ありったけの魔力を両足に集め、凄まじい速度で後ろへ跳躍。
その結果、多少の傷を負う羽目になったが、即死という最悪の事態だけは免れることができた。
(それにしても、なんておぞましい力なの……っ)
視界のあちこちに散在する闇は、まるで生き物のように蠢き、しかもそこには回復阻害・思考破壊・五感麻痺などなど……多種多様な呪いが内包されている。
まるで地獄かと見紛うこの状況下で、最も目を引くのが、その中心に立つエレンだ。
彼は常人なら発狂する濃度の闇をかぶりながら、むしろそれを全身に纏いながら、至って平然とした顔つきで極々普通に立っている。
その普通さが、ありふれた日常さが、彼の異常さを際立たせていた。
「……キミ、おかしいよ。絶対に普通じゃない」
「えっと……どこが?」
エレンは不思議そうに、コテンと小首を傾げる。
一般的に『魔術師の常識』というものは、最初に魔術の学習を始めてから、およそ一か月の間に形成されると言われている。
世にいる大半の魔術師は、六歳から魔術学校に通い、そこで魔術技能を磨く。
魔術教会の定めたカリキュラム、既存の枠組みを説く教師、ほとんど同じ知識レベルの同級生。
その果てに生まれるのが、世界標準――画一化された魔術師の常識だ。
しかしエレンには、これが全く当てはまらない。
彼が魔術を習い始めたのは十五歳、その学び舎はヘルメスの屋敷。
エレンはそこで、自由奔放に伸び伸びと育った。
定められたカリキュラムも、理論的枠組みを押し付けられることも、誰かと比較することもされることもない。
常識・普通・一般――あらゆる固定観念から解放された『自由な学び』を行ってきたのだ。
そんな彼からすれば、自分のどこが普通じゃないのか、まったく理解できなかった。
「……呆れた。その反応、本当に自覚がないんだ。そんな低い防衛意識で、よくもまぁ教会の眼から逃れられたものね」
アリアは信じられないと目を丸くした後、ちょっとした質問を投げ掛ける。
「ねぇ、教えてよ。キミはこれまで、どこで何をしてきたの? どうやったら、そんな歪な魔術師に育つの?」
「えーっとそれは、その……あまり言いたくない、かな……」
この十年間、ずっと物置小屋に収納されていました。
さすがにそんなこと、同級生の女の子に知られたくはない。
「……そう。やっぱり人には言えない『裏』があるのね」
何か大きな勘違いをしたアリアは、再び戦闘体勢に入り――そこへエレンがストップを掛ける。
「ちょっ、ちょっと待った……!」
「……なに?」
「あのさ、もうやめにしないか? そもそも俺には、アリアと戦う理由がないん――」
「――残念ながら、それは無理な相談よ。私が聖眼使いで、エレンが魔眼使いである限りは……ねッ!」
言うが早いか、彼女は凄まじい速度で、漆黒の大地を駆け抜けた。
「ハァアアアアアアアア!」
大上段から振り下ろされる渾身の斬撃。
エレンはそれを梟で受け止め、鍔迫り合いの状況が生まれる。
「アリア……本当にやるしかないのか?」
「何度も同じことを言わせないでもらえる?」
「……そうか、わかった」
ため息と同時――エレンは白桜を押し返し、反撃に打って出た。
「――ふっ! はッ! セィ゛!」
「……っ」
激しい斬撃と飛び散る黒、アリアはそれらを紙一重で凌いでいく。
(……ほんと、人は見かけによらないわね……っ)
彼女は下唇を甘く噛み、自身の浅慮を反省する。
大人しい顔つきと少し細めの肉体、さらにはゼノとの決闘を見て、エレンは魔術師に最も多い『遠距離攻撃タイプ』だと思っていたのだが……。
実際の彼は、その対極――超が付くほどの『近距離パワータイプ』だった。
「――そこだッ!」
「く……っ」
エレンの力強い斬撃を受け、アリアの体は大きく後ろへ吹き飛ばされる。
(なんて馬鹿力……っ。こんなのとまともに斬り合っていたら、白桜が叩き折られちゃう……ッ)
呪われた魔剣『梟』を展開したことで、エレンの基礎魔力と身体能力は大幅に強化されており、純粋な膂力ではもはや勝負にならなかった。
(よし、このまま一気に詰めるぞ……!)
戦いの流れを掴んだエレンは、さらに攻勢を強めていく。
「――青道の一・蒼球」
次の瞬間、河原のあちらこちらに、黒い水の球がフワリと浮かび上がった。
(これは……閃の乱反射!? それとも粉塵爆発!?)
既に予習を済ませたアリアは、二つの攻撃パターンに備えたが……。
結果は、どちらもハズレ。
「……えっ……?」
アリアの目の前では、まったく予想だにしないことが起こっていた。
(いったい、何をするつもりなの……?)
エレンは近くにあった球体へ跳び乗ると、それを足蹴にして別の球体へ、そしてまた次の球体へと移っていく。
同じ動きを何度か繰り返すうち、彼のスピードは加速度的に速くなっていき、ついには空中を高速で駆け回り始めた。
(こ、これは……!?)
エレンは蒼球に一定の硬度と弾性を持たせることで、空に浮かぶ大量の足場を作り出したのだ。
(まさか、蒼球にこんな使い方が……!? というか、速過ぎでしょ……!?)
ただでさえ素早いエレンに、弾性という加速が加わることで、彼の速度は限界を超えて速くなっていく。
(右、上、左、後ろ……前……っ。くっ、追いきれな――)
刹那、
「――こっちだ」
「……ッ!?」
鋭い斬撃が走り、アリアの肩口に浅い太刀傷が刻まれた。
(これ、思ったよりもマズい……っ。早く、蒼球の範囲外へ出ないと……ッ)
彼女はすぐさま術式を構築、空いた左手を空に掲げる。
「黄道の三十四・白雷!」
瞬間、眩い雷が迸り、辺り一帯が白光に包まれた。
(よし、この隙に……!)
アリアがバックステップを踏もうとしたそのとき、
「――悪いけど、全部視えているよ」
彼女の背後に、エレンが立っていた。
史上最悪の魔眼は、光の像を捉えているのではなく、世界に在る魔力を視ている。
そのため、目くらましの類は一切効かないのだ。
「しま……っ!?」
「――遅い」
漆黒の斬撃が空を駆け、多量の鮮血が飛び散った。
「今ので終わりかと思ったけど……上手く躱したな」
エレンは梟に付着した血を払いながら、賞賛の言葉を口にする。
一方のアリアは、奇しくも最初とは真逆の展開をやり返された形となり、悔しそうな表情で奥歯を噛み締める。
「はぁはぁ……っ。私だって、キミと同じように『特別な眼』を持っているんだよ? あれぐらいの斬撃、軽く避けられるさ」
口ではそうやって、強い言葉を言っているものの……。
彼女が負った脇腹の傷は、決して浅くなかった。
(……やば、血、止まんない……。ちょっとマズいかも……っ)
エレンから見えないよう、左手で脇腹を押さえながら、冷静に敵の戦力を分析する。
(距離を放せば、変幻自在の遠距離魔術。間合いを詰めれば、脳筋ゴリ押しの剣術。つまりエレンは全射程適応型の魔術師というわけね。……困ったな。キミ、さすがにちょっと強過ぎるよ……っ)
魔術師エレンの圧倒的な実力を前にして、アリアは顔を青く染めるのだった。
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