第十一話:魔眼と聖眼
(今の感じ、十年前のあのときの……!?)
(史上最悪の魔眼・異常な魔力量・呪詛返しを殺した謎の力、そして何より十五歳まで普通に生存しているという異常な事実……。もしかして、エレンの奴は……っ)
二人がそれぞれ思考を巡らせる中、
「……ん……っ」
ベッドの上から、小さな呻き声が聞こえた。
「「シルフィ……!?」」
エレンとゼノは即座に頭を切り替え、彼女のもとへ駆け寄る。
するとその直後、
「う、うぅん……」
昏睡状態にあったシルフィは、徐々に意識を取り戻し――ゆっくりとその眼を開いた。
「あ、れ……? お兄、ちゃん……?」
「お、お前……もしかして……視えているのか?」
呪蛇の刻印により、彼女の眼は生まれながらに閉ざされた。
それがなくなれば必然、視力も全て元に戻る。
「あはは……お兄ちゃんの顔、ちょっぴり怖いね」
「……馬鹿野郎、初めての感想がそれかよ……っ」
ゼノとシルフィはボロボロと大粒の涙を流し、ギュッと強く抱き締め合った。
それと同時、
(あぁ、よか……った……)
エレンの体がグラリと揺れ、そのまま後ろへバタンと倒れ込む。
「お、おい、大丈夫か!?」
「エレンさん、どうしたんですか……!?」
「あ、あはは……すみません。こんなに長く魔眼を使ったのは、生まれて初めてだったので、ちょっと疲れちゃいました」
エレンは仰向けになったまま、大きな問題がないことを伝えた。
その言葉を耳にしたゼノは、思わず言葉を失う。
(魔王の眼をあれだけ使い倒して、『ちょっと疲れた』? そんなこと、絶対にあり得ねぇ……っ)
魔術の原則は等価交換。
大いなる力には、それに見合った代償が必要となる。
もしもあのとき――ゼノが魔王降臨を起動させ、肉体・魔力・寿命の全てを魔王に捧げていたとして、史上最悪の魔眼を『一分間』でも借り受けられれば、それは『世紀の大成功』と言えるだろう。
魔王の力というのは、それほどまでに規格外なのだ。
しかしエレンは、その超常の力を一時間以上も使い続けながら、ただの『疲労感』で収まっている。
リスクとリターンの天秤が、まるで釣り合っていない。
これが意味するところはすなわち――。
(……もはや疑いの余地はねぇ、エレンは間違いなく『適合者』だ。それも信じられねぇことに史上最悪の魔眼――最強・最古の猛毒をほとんど完璧に無害化している。……断言できる。こんな化物は、長い魔術の歴史の中でもこいつが初めてだ……ッ)
ローゼスという昏い背景を持ち、魔術の暗部についても少なからずの知識を持つゼノは、『エレンの異常さ』を正しく認識した。
「あー……。ちょっとまだ立ち眩みがあるようなので、少しだけ風に当たって来ますね」
その後しばらくの間、エレンは家の外で夜風に当たり、肉体と精神を休ませた。
魔術師は周囲の自然から魔力を吸収することで、疲労回復を早めることができるのだ。
(それにしても、シルフィの呪いが解けて、本当によかったなぁ……)
そんなことを考えながら、夜空に浮かぶ星をぼんやり眺めていると――背後の扉がキィと開いた。
「――よぉ、具合はどうだ?」
「あっ、ゼノさん。ちょっと休めたので、だいぶよくなってきました」
「そうか、そりゃ何よりだ。ほれ、シルフィの淹れてくれたコーヒーだ。死ぬほどうめぇぞ」
「ありがとうございます」
エレンは白い湯気の立ち昇るコーヒーカップを受け取り、風味豊かなそれをありがたくいただいた。
「あっ……これ、本当においしいですね」
「ったりめぇだ。誰が淹れたと思っている」
「あはは、そうでしたね」
それからしばしの沈黙の後、ゼノは頭をボリボリと掻き、どこか気恥ずかしそうに切り出した。
「あ゛ー……あれだ。…………ゼノでいいぞ」
「え……?」
「もう友達だろうが。敬語なんか使ってんじゃねぇよ」
「そ、そっか……そうだな。わかったよ、ゼノ」
「おぅ」
話の取っ掛かりを掴んだゼノは、この勢いのままに感謝の言葉を口にする。
「エレン、お前のおかげで、シルフィの命は救われた。――この恩は、一生忘れねぇ。本当にありがとう」
「気にしないでくれ。俺は人として、当然のことをしただけだ」
「……ったく、どこまでも控えめな奴だな。ちょっとぐらい恩着せがましく言ったらどうなんだ?」
「あはは。ゼノじゃないんだから、さすがにそんな図々しいことは言えないかな?」
「くく……っ。てめぇ、けっこう言うじゃねぇか……!」
お互いに冗談を交わし合い、穏やかで柔らかい空気が流れる。
それから一言二言、他愛もないやり取りを重ねたところで――エレンは真剣な表情を浮かべた。
「なぁゼノ、この左眼のことなんだけど――」
「言うな。野暮なことは聞かねぇ。当然、教会にチクりもしねぇ。なんなら今ここで、魂の誓約書でもなんでも書こうか?」
ゼノの瞳はどこまでも真っ直ぐであり、そこにはほんの僅かな嘘・偽りの色さえなかった。
「……ありがとう、助かるよ」
「馬鹿、そりゃこっちの台詞だ」
そうしてお互いが微笑み合っていると、背後からトタタタという可愛らしい足音が響き、扉が再び開かれた。
「――お兄ちゃん、エレンさん。もうけっこう長いけど……こんなところで何をしているの?」
心配したシルフィが、様子を見に来てくれたのだ。
「悪い悪い。男同士、いろいろと積もる話があったんだ。それよりもほら、冷たい夜風は体に毒だぞ? 兄ちゃんも一緒に行くから、温かい部屋へ戻ろう」
「はーい」
二人の微笑ましいやり取りを見たエレンは、心の奥が温かくなるのを感じた。
「――ゼノ、シルフィ。もう夜も遅いし、俺はそろそろ寮に帰るよ」
「おぅ、そうか。また明日な」
「エレンさん、今日は本当にありがとうございました。またいつでも遊びに来てくださいね!」
「あぁ」
そうしてエレンはゼノとシルフィに手を振りながら、ローゼスの家を後にした。
「――んーっ、いいことをすると気持ちがいいな」
しばらく夜風にあたったことで、気怠かった体も完全復活。
エレンは大きな充実感を感じながら、自分の寮へ向かっていた。
(……だけど、この妙な違和感はなんだ……? 何か『大切なこと』を忘れているような……)
頭を捻って思考を巡らせてみるが、明確な答えは見つからない。
(……まぁいっか。これだけ考えても思い出せないってことは、多分そんなに重要なことじゃないだろう)
そう結論付けたエレンが、人気のない河原を真っ直ぐに歩いていると――王立第三魔術学園の制服を纏う、白髪の美少女と出くわした。
「あれ、アリアさん? こんなところで何を――」
次の瞬間、彼女の姿は霞に消え――目と鼻の先に鋭い白刃があった。
「ちょ、なっ!?」
勢いよく振り下ろされる斬撃、エレンはそれを半身になって回避。
そのまま大きく後ろへ跳び下がり、十分な間合いを確保する。
「あ、アリアさん……いったい何を……!?」
「――エレン、やっぱりキミは『魔眼使い』だったのね」
「えっ!? いやそれは……その……なんのことでしょう?」
魔眼については秘密にすること。
ヘルメスとの約束があるため、エレンは咄嗟に知らんふりをした。
「とぼけないでもらえるかしら? お昼の戦闘で見せた莫大な魔力。そしてさっきローゼス家で解き放った大魔術。凡百の魔術師は騙せても、この眼を欺くことはできないわ」
アリアが左目に魔力を込めると同時、彼女の瞳に淡い紺碧が浮かび上がった。
「それはまさか……『聖眼』!?」
「当然、知っているわよね」
聖眼は、主神の加護を受けた聖なる瞳。
魔眼の対極に位置するそれには、邪悪なる魔を討ち滅ぼす特別な力が宿っており、魔術師にとって永遠の憧れである。
「――魔術教会所属・B級魔術師アリア・フォルティア。キミに個人的な恨みはないけれど、世界の恒久平和のため、その眼を閉じさせてもらうわ!」
月明かりに照らされた河原のもとで、エレンとアリアの死闘が、静かに幕を開けるのだった。
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