99:閑話-トリニア教の修道女サキ
閑話です。
これでも一応は閑話です。
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
王城近くの広場から歓声が上がる。
けれど、その響きは喜びだけを含む物ではなく、何処か昏いものを含む物だった。
しかし、それも仕方がない事だろう。
広場で今日行われているのは、王の御前を穢した、とある騎士だった男の処刑なのだから。
そして、あれほどの歓声が上がった以上、処刑は恙なく執り行われ、命が一つ消え去ったのだろう。
「トリニア神よ……」
王城の中、鉄格子の嵌められた小さな窓、木製の簡素な机が一つに、椅子が二つと言う、殆ど何も無いような部屋の中。
見える範囲でも顔の左側に大きな火傷の痕がある、トリニア教の修道女……サキ・イストフィフスは溜息を一度吐いた後に、紫色に輝く瞳を瞼の奥へと仕舞って、祈りを捧げる。
トリニア教において。
生きている間に瞳を奪われた者……特に他者を傷つける事を良しとしていた人間は、その死後にトリニア神の御許に導かれる事もなく、魂だけの存在となって地上を彷徨い、やがては闇に呑まれて消え失せる。あるいは永遠の責め苦が与えられる場所……所謂、地獄へと落ちるとされている。
救いはない。
しかし……いや、だからこそと言うべきか、罪人たちへ一縷の望みを与えるかのように、トリニア教では、死後に死者が地上で迷わないように、死ぬ前に資格を持つ者……司祭などに心残りが無いかなどを話し、導きをいただく様に勧めている。
それが言う事も憚れるような悪行を為した者であっても。
そうする事で、もしかしたらトリニア神が慈悲を与えてくれるかもしれない。と言う事になっていた。
「どうか彼にご慈悲を……まあ、一応」
サキは、格好こそ修道女であり、歳も20代前半と若くはあったが、導きを与えられる資格を持つ者であった。
なので、こうして時折王城へと招かれて、死刑に処される直前の犯罪者や毒杯を賜る直前の貴族に会っては、最後の導きを与え、彼らの死後の為の祈りを捧げていた。
内心で、『まあ、慈悲は与えられないんだろうな』と思いつつも。
「どうぞ」
「おう」
そんなサキの祈りの終わり際を見極めるように部屋の扉がノックされて、一人の男が部屋の中に入って来る。
男の名はライオット・フォン・イストフィフス。
瞳は右目が茶色……『土』属性で、左目はこげ茶で潰れたように横長の虹彩になっている。
彼はイストフィフス侯爵の長男であり、宮廷魔術師の一人として『石抱きの魔術師』の名を戴いている人物であった。
「ソシルコットの奴は最後に何か言っていたか?」
「隠せとは言われていませんが、義兄様に話さなければいけないような事は何も。ただ、あの様子ではトリニア神の御許へ導かれる可能性は低いでしょう。反省の様子は見せませんでしたし、二人きりだしどうせ死ぬのだからと私の胸などに触ろうとしてきましたので」
「……。あの野郎、処刑前に両手の骨をもう一回粉々に砕いてやるべきだったか」
「実際には何もされていませんから安心してください。その前に迷えないようにするための処置も済ませましたので」
「そう言う事じゃないんだよ。そう言う事じゃ……」
「そう言う事でしょう」
サキの言葉にライオットは明らかに不機嫌な様子を見せる。
対するサキはライオットの言葉に少し嬉しそうな様子を見せつつも、淡々と語る。
「それよりも義兄様。何か話があるから、此処へいらっしゃったのでは?」
「はぁ……。クソ親父への定期連絡に載せて欲しい話であり、お前への頼み事でもある」
「拝見させていただきます」
ライオットは懐から何枚かの書類を取り出すと、それを机の上に放り投げる。
そしてサキはそれを素早く読み進めて、記憶していく。
「あの方がまた調子に乗りそうですね」
「まあな。だが、人数が人数だ。全員を処刑台に上げたり、毒杯を授けたりしていたら、それこそ陛下の御名に傷がつきかない。舐める奴は出てくるかもしれないが、それでも軽い罪しか犯していない連中は罰金、平民落ち、奴隷落ちと言った処分に留めるしかなかった」
「では仕方がないですね」
書類には、ヤーラカス子爵、デフォール男爵と言った名前と共に、今回の事件……希少素材倉庫からの素材盗難に始まり、『船の魔術師』ヘルムスへの襲撃、『郷愁』の第二属性を持っていた魔術師ノスタによる王都内スタンピードなどの件において、どのような犯罪行為を行っていたのかと、それに対してどのような処分が下されるのかが、羅列されていた。
中にはイストフィフス侯爵家と浅からぬ縁がある家の人間も含まれている。
が、サキもライオットも、その事実については気にする様子を見せなかった。
「こちらは王都内スタンピードの件についての報告書ですね。なるほど、こうしたのですね?」
「ああそうだ。クソ親父に真実を教えてやる理由なんてないからな。とは言え……」
「そうですね。王都全域に出現した黒いヒトガタ。それと天まで届くような光の柱。前者は助けられた人間の数と時系列を綿密に調べれば、後者は調べるまでもなく、どちらも規格外のものでした。私たち以外にも手の者が居る以上、あの方は確実に興味を抱かれる事でしょう」
「だよなぁ……。たく、困ったもんだ……」
それよりも二人が気にしたのは、ライオットが書いた、公式の書類として記録されることになっている先日の一件……ノスタによる王都内スタンピードについての報告書だった。
ライオットが書いた書類では、黒いヒトガタの記載はなく、光の柱については宮廷魔術師の誰かが特殊な魔道具を用いて今回限りで実現させた特殊な魔術となっていた。
勿論、ライオットは真実を知っている。知った上で、このように書いていた。
サキも信徒たちの声を聞く事で、凡その状況は把握していた。把握した上で、とある人物が起こすであろう行動の方を心配していた。
「と、もう一つあったんだ。どう思うよ、これ」
「これはまた……あの方も、何ならその周囲も喜びそうな……いえ、場合によっては憤るかも? こちらについては判断できませんね」
最後の書類をライオットが見せる。
その内容にサキも困惑する。
「サキ、お前がこれに選ばれたらどうするよ?」
「選ばれた以上は受け入れるしかないでしょう。しかし、あの方たちの推薦でなるとなったら、拒否したい気持ちの方が強くなりそうですね」
「分かるー。俺も嫌だわ」
その上で、二人揃って嫌そうな表情をする。
絶対に碌でもない使い方をされそうだと思って。
「「……」」
そうして書類を一通り読み終わり。
サキもライオットも少しの間無言となって考えた。
「義兄様。考えようによってはこれは好機かもしれません」
「そうか?」
「ええそうです。あの方は今回の件で陛下の事をますます舐めて、本人は増長する事でしょう。ですが、準備も十分に進んだ頃のはず。そうであるならば……」
「かもしれないが……」
「こちらの件もあります。あの方の性格と実力を知っているでしょう? そろそろ限界でもあります。誰にとっても」
「……」
「何より。今の王都にはあのお方がいらっしゃいます。あのお方は権謀術数には適さないかもしれませんが、力が必要な場面なら負ける事は無いかと」
「あー、そうだよな……分かった。乗ってやる」
サキは結論を出した。
今回の事は大きなチャンスになるかもしれない。
仕掛けるならば今である、と。
ライオットも乗る事にした。
アレの実力ならば力押しで負ける心配だけは無い。
アチラに策を半端に読まれる心配もあるが、たぶん大丈夫だろうから、と。
「ただなサキ。無茶はするんじゃねえぞ。半分しか血が繋がっていないとは言え、お前は俺の大切な妹なんだ。二年前だって、俺は生きた心地がしなかった。だから……」
「分かっています。無茶は決してしません。ですが、義兄様も無茶はしないように。事を遂げた時に、私たちが揃っている事もまた、私の望みなのですから」
「ならいい」
そうしてライオットとサキの二人は動き出した。
自分たちがトリニア神の御許に導かれず、地獄へ落ちる事も覚悟して。
サキ・イストフィフス:トリニア教修道女。精神属性。名前にフォンが付いていない事から、色々とお察しください。
ライオット・フォン・イストフィフス:宮廷魔術師、『石抱きの魔術師』、第一属性は『土』。シスコン(重要事項)




