98:閑話-メクセル村のストリンと言う少女
閑話です
「回る~♪ 回る~♪ ぐるぐる回る~♪ 糸車が回る~♪」
王都から離れたトレガレー公爵領。
その公爵領の中でも外れの方にメクセル村と言う村があった。
メクセル村の主要産物はトレガレー公爵家の生業を考える上で欠かせない物の一つである『帆』。
より正確に言えば、帆を作るのに必要な布と糸、原材料となる植物の生産と加工を主要産物としていた。
メクセル村は重要な物を作っている。
けれど空気としては長閑で都会の喧騒とは縁遠く、貧乏ではないけれど豊かでもない。
村全体が仲良しで、時々来る行商人や旅人にも親切。
周囲に魔境もなく、強大な魔物も居ない、開拓が終わった穏やかな土地。
そんな塩梅の村だった。
そんなメクセル村を治めるのはメクセル男爵家。
歴史の長さだけで言えば、実はトレガレー公爵家に並び、グロリアブレイド王家よりも古い家ではあるけれど、村の空気に合わせるように、彼らもまた暢気。
新しい産物を探したり、村を豊かにするための方策は考えるけれど、まずは今ある生活の維持を優先してきた。
現メクセル男爵の歳は40代半ば。
五人の子供が居て、一番下の子供は娘で、闇属性の14歳で、名前をストリンと言った。
「切れたら繋げ~♪ 繋いで伸ばせ~♪ 何処までも~♪ 何処までも伸びていけ~♪」
先述した通り、メクセル村は豊かな村ではない。
だから、村を治めるメクセル男爵家の子供は長男と次男こそ、トレガレー公爵領の領都にある貴族学校に通ったが、他の子供は村の中で普通の仕事を教えるだけだった。
王都にある貴族院など、よほどの傑物でもなければ縁がない場所で、知りもしないぐらいだった。
そんな環境だったので、ストリンは闇属性に目覚めこそしたが、魔術の研鑽は一切積んでおらず。
親と周囲の大人たちに教えられた、糸紡ぎの仕事に従事していた。
そして、切れた糸を繋ぐ時に、誰に教わるでもなく、その表面を……繊維同士が接する場所に生じる闇に干渉して、少しだけ溶かし、両者を繋いだ上に糸全体を強化すると言う、魔術あるいは魔道具製造技術を自然と生み出していた。
そんな魔術を利用して紡がれたストリンの糸は、他の者が紡いだ糸よりも強く、いつの間にか他の糸と区別して扱われるようになった。
「ストリン。少しいいかい?」
「ん? どしたの父。ウチに何の用?」
「商人の方から頼まれた事があるんだ。ストリンならもしかしたら、と言う話なんだが……」
だからこそだろう。
王都にも店を持つとある商会から、可能ならやってみて欲しいと、一つの情報がもたらされた。
「『魔物の素材を闇の中に取り込んで、形の部分だけを侵食して崩し、その他の性質を保ったまま細く細く引き伸ばした後に闇から取り出せば、糸じゃない魔物の素材も糸に出来るかもしれない』……。すんげえことを考えるんだな。アングンの魔女様ってのは」
それは『闇軍の魔女』ミーメが、とある店で闇属性魔術の可能性の一つとして語った事だった。
「えーと、出来るのかい? 父には何を言っているのかも、よく分からなかったのだけど……」
「んー? 分からんね。でも、アングンの魔女様ってのは、キューテー魔術師って言う偉い魔術師様なんだろう? その人が出来ると言ったなら、ウチの技さえ十分なら出来るんじゃないか? よーするに、糸じゃない物を腐らせないように腐らせて、糸にしちまおー、って事だろうから」
「そ、そうか。出来たら、父に見せてみてくれ」
「分かった」
ストリンは知らなかった。
とある商会が縁を持っていた闇属性の保有者たちの大半は、『こんな事出来るはずがない』と投げるか、『闇属性魔術には関わりたくない』と言って、この話を拒否していた。
挑戦することにした闇属性の保有者たちも、糸の細さは分かっていても、その撚り方を知らず、適切なイメージも持たず、果てしないように思えるほどに長い道のりを歩む事になっていた。
どちらも知らなかったのだ。
「んー? 出来たんかな? これで。案外簡単だったな」
知らなかったからこそ、ストリンは比較的簡単に……一月もかからずに乗り越えてしまった。
ストリンの手元には、村近くに生息しているトカゲ型の魔物の鱗付きの表皮を糸に変えて、まとめた物が乗っていた。
糸としては硬く、けれど柔軟に曲がるそれは間違いなく糸であり、元となったトカゲ型の魔物の鱗と皮が持つ性質も保っていた。
ストリンに才能があった事は間違いない。
元より糸同士を繋ぐと言う魔術を体得していて、糸の紡ぎ方を原材料となる植物の加工方法から完成まで一通り知っていたと言うのも大きい。
そこに、宮廷魔術師『闇軍の魔女』が出来ると言った事で、成功できる可能性がある事を疑わずに済んだと言う要素も加わっていた。
出来上がった品は初めての品と言う事で、そこまで質が良いものではなかった。
しかし、今ここに、糸化魔物素材と言う、多くの可能性を持つ素材が、それを生み出せる闇属性魔術師の少女と共に生まれてしまったのだった。
「父、出来たぞー……お客さん?」
「ストリンか。すまないが、もう少し待って……」
「待ちな。ストリンだったね。アンタ、その糸は……何をした?」
そう、生まれてしまった。のだった。
「何をと言われても、ウチはトカゲの鱗を糸にしただけだ」
「鱗を糸に? 男爵。すまないが、少し確かめさせておくれ」
「え、あ、はい。分かりました。ストリン、糸を彼女に」
「分かっただ」
ストリンが父に出来上がった糸を見せた時、父は数日前から村に滞在していた旅の老婆と話をしていた。
糸の試作に専念していたストリンは知らなかったが。老婆は呪いや病を魔術によって払うと共に、第一属性に目覚めた村人たちに魔術の取り扱いについて基本的な部分と心構えだけを教えていた。
そして老婆は自身も闇属性であったために、ストリンの持つ糸がどうやって生み出されたのかに気づき、ストリンに詳細な事情を訊ねる事で把握した。
その有用性と危険性に。
「はー……。アンタ、とんでもない物を生み出しちまったね……」
「そうなのか?」
「そうなのさ」
老婆は溜息を吐きながら少し考えて……口を開く。
「ストリンと言ったね。アンタ、村を出る覚悟はあるかい? 無いなら、この糸の事は忘れて、二度と作らない方が良い」
「へ? んでそんな事に?」
「この村じゃ、アンタの事を守り切れないからさ。アンタが生み出したこれは、単純な価値でも同じ重さの金に匹敵しかねない。場合によってはそれ以上。そんな物を生み出すアンタの事を悪い奴らが知れば、公爵家を敵に回してでも奪い取りに来る馬鹿は確実に出るよ」
「「そ、そんな……」」
老婆の言葉にストリンも男爵も唖然とする。
それだけでなく、ストリンは自分が作った物のせいで村が危険に晒される恐怖で顔を青褪めさせる。
男爵も具体的に何が起きるのかを想像できてしまったが故に恐怖で体を震えさせると共に、強く強く拳を握り締める。
「と、父。ウチはどうすれば……」
「……。ストリン、村を出なさい。これは好機だ」
「そ、そんな……」
それでも貴族としての教育を一応は受けていて、長い間村長として村を治めてきた男爵はどうするべきかに直ぐに思い至った。
国の為、領地の為、村の為、そして何より娘の為に、どうするべきかは直ぐに思い至り、その上で娘に命じた。
「ストリン。お前のこれは、きっと類稀な才能なのだ。ならば、それを生かすことで幸せになる事を考えなさい。父や村の事が気になると言うのならば、それこそお前の才能を生かすことで、村を守る事を考えなさい」
「父、でも……」
「本当に今が好機なのだ。運がいい事に、今ならば、この方が村に居るのだから」
「そうだね。乗り掛かった舟だ。アタシは協力しよう」
「……」
ストリンは父の言葉に迷い、考え……答えを出した。
「分かった。ウチは家を出る」
旅立つと言う答えを。
「男爵。直ぐにトレガレー公爵に文を出しな。経緯からして、公爵は確実に味方になってくれる。領都までの護衛はアタシがやってやろう」
「はい。今すぐに。娘の事をお願いします」
こうしてストリンはメクセル村を旅立つ事となった。
「ところでその、婆様は誰なんだ? 父が信頼しているようだから、良い人なのは分かるんだけども」
「そう言えば名乗ってなかったね。アタシの名前はペスティア。昔は王城の中で勤めていた闇属性の魔術師さ。折角だ、アンタに魔術の基本ぐらいは教えてやろう」
「おー凄い人なんだな」
「そうそう。凄いのさ。いやぁ、十年くらい前に王都で会ったクソガキと違って、教え甲斐がありそうで何よりだよ」
老婆……ペスティアと共に。
「ただそうだね。まず最初にこれだけは言っておこうか」
「ん?」
そうして旅立った初日。
「魔術は力だ。道具だ。そこに善も悪もなく、だからこそ恐ろしい。気を付けな。使い方を誤ったら、簡単に人を傷つけることになる」
「……」
「アンタが自分は人間だと言い張るのなら、超えちゃいけない一線だけは超えるんじゃないよ。守りたいものがあるのなら、なおの事さ」
「……」
「ま、安心しな。もしもアンタが致命的に道を誤ったら、その時は師匠として引導を渡してあげるし、その前なら、きちんと叱ってやるからね。良く学びな」
「分かりました」
ペスティアはストリンに魔術師として、人として、最も基本的であり、守らなければならない事を伝えた。
ストリン・フォン・メクセル:闇属性魔術師(一応)。(生まれとしては)男爵令嬢。糸紡ぎが本職。
ペスティア:闇属性を持つ老婆。




