97:閑話-あの時のメテル・ブルザ
閑話です。
王城の魔術師団に所属する火属性の魔術師メテル・ブルザ。
メテルはお披露目会で『闇軍の魔女』に叩きのめされた後、魔術師団で先輩方から更なるシゴキを受けつつも、研鑽と勤務を続けていた。
その姿は、同じように『闇軍の魔女』に叩きのめされたジャーレン、ソシルコットの両名と違って、まったくもって健全なものだった。
「ふぁ……眠い……」
「文句を言うな。これも命令だ」
「これは文句じゃなくて、ただの事実だよ」
とある日、メテルは日が昇らない内から準備を整えさせられて、何人かの騎士と共に王都の平民街……それもどちらかと言えば治安が悪い方に派遣されて、夜明け頃に現地に着いた。
隣に居る騎士が眠そうにしている姿を咎めつつも、メテルはこれから何があるのだろうかと考える。
凶悪な犯罪者が寝ているところを取り押さえるのか、あるいはスラム街に潜んでいる犯罪組織を一網打尽にするのか、もしかしたら本命から目を逸らさせるための囮なのか。
自分たちがこれから何をさせられるのかを、周囲を油断なく観察しながら考える。
「さて、この辺りとの事だが……これがそうか。おい、コイツを急いで王城へ持っていけ」
「分かりました」
と、そうして考え続けるメテルの前で、隊長が道端に捨てられていた袋を発見し、中を検めると、袋ごと見つけた物を王城へ持っていくように、兵士の一人に告げる。
そして、兵士はそれを持って、王城へと駆け始めた。
「隊長。今のは?」
「王城が探している物とだけ言っておこう」
そう言うと隊長は周囲に目をやる。
視線の先には、この辺りの住民であろう平民がこちらの様子を遠巻きに窺っている姿があった。
探し物の詳細を言わなかったのは、彼らに奪われる事や隠される事を懸念している。つまり、それだけ危険な物なのだろう。
メテルはそう考えて納得し、それ以上の言葉を紡がない事にした。
「なんなんだい? アイツら」
「王城の騎士と魔術師みたいだけど、いったい何の用で……」
「こっちを見たよ。ああ、早く行って欲しいね」
メテルの耳は自分たちに向けられる陰口をしっかりと捉えていた。
それを聞いて、メテルは少々イラつきつつも、安心もしていた。
ああ、普通の平民が居るな、と。
そう、メテルにとっては、彼ら彼女らは守るべき、守らなければならない、無力な平民だった。
対してメテル自身は力ある貴族であり、力なき者を守る責務を負う者だった。
彼らは力がないからこそ、ああして僻む。
そうと分かっていれば、この程度は鳴き声のような物で、気にする必要がないものだと、メテルは認識していた。
勿論、お披露目会の件もあって、メテルも『闇軍の魔女』のような実力者が平民の中に時折現れる事は理解している。
理解した上で、アレは例外の類であると除外し、考えはそこまで変わっていなかった。
周りの騎士たちも、このくらいなら、いつもの事と気にしていない。
そんな中、隊長が周囲の確認を終えて、次の探索場所へ向かうべく声を上げようとした時だった。
「ん?」
メテルは自分の体をとても弱い魔力が駆け抜けていったのを不意に感じた。
「っ!?」
そして見た。
建物の一部が抉り取られるように一か所に集まっていき、狼のような形をした瓦礫になっていくのを。
そうして生じた狼の形をした瓦礫が、一番近くに居た若い女性に背後から襲い掛かろうとしているのを。
それは『郷愁』の第二属性を持つノスタが仕掛けた魔道具によって生み出された魔物であった。
「『バーストボルト』オオオォォォッ!」
勿論、メテルはそんな事は知らない。
メテルに出来たのは、着弾地点で爆発を起こす炎の矢を最速で放ち、今正に女性に襲い掛かろうとしている魔物の頭部へ打ち込んで、その爆発によって吹き飛ばす事だけだった。
平民街に爆発音が響き、それに一拍遅れて悲鳴が上がり、それからさらに数秒かけて誰もが状況を理解していく。
つまり、仮にも王都の中であるこの場所で、魔物と思しき存在が姿を現したと言う事実を認識していく。
「メテ……いや、よくやった! 魔物だ! 直ぐに討伐を……っ!?」
だが、彼らが認識しきる前に状況は変化していく。
「「「ーーーーー……」」」
「おいおいおい……」
「何処からこんな数が……」
「嘘だろ……」
次々と、体が瓦礫で出来た魔物が何処からともなく現れてくる。
既にその数は十を超えていて、メテルたちよりも多くなっていた。
「全員構えろぉ! 戦闘だぁ!!」
それから地獄のような戦いが始まった。
ノスタの魔物は次々に現れて、人々を襲ってくる。
平民も、兵士も、騎士も関係なしに襲って来て、怪我人が……そして、死者が増えていく。
隊長はこの場では民衆を守り切れないと判断して、平民街でももっと治安がいい方に住民を誘導しつつ戦い続ける事を選んだ。
メテルは隊長の指示に従って、ひたすらに魔術を使い続けた。
魔術の使い過ぎで顔を青褪めさせ、体が震え始めても、爆発の魔術を使い続け、一匹でも多くの魔物を倒すことで仲間と平民を救わんとした。
戦って、戦って、途中で一度黒いヒトガタのような物が現れたおかげで魔物たちの圧が下がり立て直せて、それからまた戦って、とんでもない光の柱が立ち昇ったのが見えて、猛烈な風に敵も味方も怯んで、それでもまだ戦いは終わらずに、ゲロを吐きながらも、火で焙られながらも、それでも魔術を使い続けて……。
「よぉ……生きてるか? メテル」
「生きてる。でないと返事が出来ない」
「分からないぞ。世の中には悪霊ってのも居るらしいからな」
「何処の与太話だ。それは……」
夕暮れも近づく頃になって、ようやく魔物たちの姿は見えなくなった。
その為、メテルは大きく息を吐いてその場にヘタレ込み、そこへいつの間にか合流し、しばらく前から前を任せっきりになっていた同期の騎士、サイトが話しかけてくる。
「それでお前は……サイトだったか」
「そうだよ。お前と同じで、お披露目会で宮廷魔術師にぶちのめされた新人だ」
「一緒にするな。お前たちは貴族や魔術師を馬鹿にしていたからだろ。僕は貴族として在るべき姿を語っていたら、言い方が悪いからと宮廷魔術師に当てられただけだ」
「言動が悪かったって意味なら一緒だろ」
サイトは平民の裕福な商家出身の騎士だったが、先日のお披露目会の件で家からも大層怒られたらしく、半ば縁切りをされていた。
が、それからは人が変わったように真面目になっていて、そして今日の働きぶりだった。
だから、メテルとしても多少の反感は覚えつつも、その実力は認めて言葉を返す。
「立てるか? さっき遠くから聞こえてきたんだが、今回の件の首魁は討伐済みで、俺たちも交代が来たら拠点の中で休んでいいってよ」
「そうか。つまり、僕は守れたわけだな」
「そうなるだろうな」
サイトに腕を引かれて、メテルは立ち上がる。
そして拠点……戦いの中で自然と人々が集まって出来上がった、外見だけなら簡易の砦のようになっている建物へと目を向ける。
「しかし、とんでもない戦いだったな」
「同感だ。あの魔物たちは何かしらの魔術か魔道具によって生み出されたもののようだったが、まさか、あんな魔術があるとは……」
守り切れてよかった。
メテルはそんな事を思いつつも、まだ何か来るかもしれないと、外の方へと目を向ける。
「そっちもだが、あの光の柱もヤバかっただろ。あんな規模の魔術を使えるなんて、宮廷魔術師ってのは本当にとんでもないんだな」
「あの光は宮廷魔術師どころではなかったけどな」
「そうなのか?」
「そうだとも。宮廷魔術師と言うのは、第二属性を持った魔術師で、僕のような第一属性しか持たない魔術師とは文字通りに次元が違う。ただ、あの光の柱は、そんな宮廷魔術師たちと比べてもなお別格だった。それこそ……」
「トリニティアイか?」
「ああ。そう言う次元の魔術だったと思う」
「はー、マジかよ……」
「明かしてないって事は探るなって事だけどな。少なくとも僕は関わりたくない」
「そこは同感」
メテルは今日一日の戦いを思い出せる範囲で振り返っていく。
我武者羅に戦い続けた一日であったため、記憶の殆どは鮮明とは言い難いものだったが、それでも思い出していく。
そして、自分の糧にしていく。
アレが良かった。これは駄目だった。そんな風に評価して、取り込んでいく。
「ところでメテル。さっきから、お前の事を熱心に見ている若い姉ちゃんが居るんだが?」
「……。知った事じゃない。僕はやるべき事をやっただけだ」
と言うより、そうしていないと、メテルは今すぐにでも眠気で倒れてしまいそうだった。
魔力も、体力も、精神力もメテルは消費し尽くしていて、もはや気力で立っているような状態だった。
だから、メテルは内心で『騎士と言うのは、どうしてこんなに体力が有り余っているんだ』と毒吐きつつも、サイトの言葉に特に深く考える事もなく返す。
「「っ!?」」
そんな時だった。
メテルとサイトは、日が落ちて夜の闇に包まれた王都の路地で何かが動くのを視界の端で捉えた。
魔物が来たのかと、二人は直ぐに身構える。
「「ひゅっ……」」
闇から現れたのは全身が真っ黒のヒトガタ。
その両手には鎌にも斧にも見える武器が握られていて、足取りはしっかりとしていても、目的地を伺わせない動きは王都を彷徨い歩いているようだった。
その様は、王都が既に闇に沈んでいる事もあり、まるで亡者が生者を追い求めているかのようで、漂う威圧感の強さ……いや方向性は、今日二人が相手し続けた魔物とは全くの別物であり、より対処不能な存在である事を窺わせるものだった。
そして、二人はこの黒いヒトガタについては詳しい情報を持っておらず、当然ながら『闇軍の魔女』の魔術『わたしのぐんぜい』によって生み出された不死の味方である事も知らなかった。
「……」
「「ーーーーー~~~~~!?」」
故にヨモツシコメがメテルとサイトの方を向いた瞬間に二人が悲鳴を上げてしまうのも、疲れも相まって気を失うのも、致し方ない事ではあった。
メテル・ブルザ:火属性魔術師。ブルザ男爵の甥っ子。爵位を継ぐ予定はない。
サイト・ウンジョウ:肉体属性の騎士。ウンジョウ商会と言う、王都にある裕福な商家の次男坊。家を継ぐ予定はない。
年齢的に二人は貴族院の元同級生。学生時代の関わりはほぼ無かったが。




