95:郷愁は何を見ていたのか
「やっぱり、普段とは少し違いますね」
「ええ。ですがそれは当然の事でしょう。まだ緊急事態の最中ですから」
王城内にある食堂の雰囲気は何時もと少し違っていた。
ある程度緩んではいたけれど、何時動く事になってもいいようにと緊張感を伴っていた。
そして、供されている物も普段と違って手軽さを優先した物であったり、栄養補給を優先した物であったりした。
もう少し具体的に言うなら。
ホットドッグのような……長めのパンへサラダと肉を挟み込んで、手づかみでそのまま食べられるようになっている物や、具が全て溶けて消えてしまうほどに煮込まれて栄養を濃縮したようなスープになっている。
で、普段なら、この後仕事がない人間には一杯程度供されるお酒だが、今日は一滴も出ておらず、香りすらしないようだった。
ヘルムス様の言う通り、ある程度落ち着いたとはいえ、今はまだノスタが引き起こした事件による緊急事態の最中と言う事なのだろう。
「あっ」
「おやっ」
「おっ」
「ほっ……」
と、ここでワタシたちはジャン様とグレイシア様が同席しているのを見つけたので、自分たちの分の食事を持って近づき、一応の断りを入れてから、近くに座らせてもらう。
「ジャン様。グレイシア様。ご無事だったようで何よりです」
「ミーメ様がご無事で何よりでございます。今日は助かりました」
「ミーメ嬢も無事で何よりだ。そしてお疲れさん。お陰で助かった。ヘルムスも護衛お疲れさん」
「ありがとう、ジャン。二人とも無事でよかった」
まずは挨拶代わりに、お互いの無事を労う。
その上で、話を続ける。
「お二人のこれからの予定は?」
「わたくしは夜明けまで一度休憩でございます。なので、この後は自分の部屋ですね。夜が明けたら、再び街に出る事になるでしょう。まだ四半分も確認できていませんので」
「なるほど」
グレイシア様は一時休憩のようだ。
きっと『不安』属性を利用して、街の中に残る不安な要素を確認する事になるのだろう。
「俺っちはこれから他の宮廷魔術師と輪番で王城待機だな。何かあった時には真っ先に動く事になる」
「ジャン。ミーメ嬢が起きたから、私もそちらに合流しよう」
「助かる。何かあった時を考えたら、戦力は多いに越したことはないからな」
「あ、それならワタシも『わたしのぐんぜい』だけ出しておきましょうか?」
「お、それはいいな」
「ミーメ嬢にとって負担でないのならお願いします」
ジャン様とヘルムス様は輪番……つまりは事前に順番を決めて、時間をずらして休憩と警戒をするそうだ。
なので、ワタシもそこに『わたしのぐんぜい』による助力をする事にした。
ただ、『わたしのぐんぜい』の性能と見た目を考えると、人間に危険が及んだ際に身を挺して庇う、魔物を拘束する、これ以外の事はさせない方が良さそうだけど。
「しかしまあ……」
そうして、この後の事が決まり、食事を食べる中で、不意にジャン様が呟くように口を開く。
「結局のところ、ノスタの目的は何だったんだろうな?」
「「「……」」」
それは今回の事件の核心を問うものだった。
「王都を滅ぼしたかった。それはまあ、やっている事の内容から考えて間違いないだろう。でもよ、王都を滅ぼしたところで何になるって言うんだ? 死んだ人間が蘇るわけでもないだろ」
「死んだ人間が蘇る、ですか?」
「ああ。あの『郷愁』の魔術で生成されて、その後に人間を食って魔道具無しで生存できるようになった魔物を見て、俺っちはノスタの目標はそこだったのかなと少し思った。ただ、上手く行くわけはないんだよな。見た目は本人そっくりでも、人間は本能だけで生きる獣じゃないんだ。本人の記憶や心は戻ってこないであろう事を考えたら、戻ってくるのは結局は別人だ」
「なるほど」
ジャン様はノスタの魔術を見て、ノスタが死者の蘇生を試みていたのではないかと思ったらしい。
その可能性自体は……無くは無いのだろう。
ノスタは自分の故郷に対して、非常に強い思い入れがあったようだから。
「ノスタの行動理由、動機ですか。本人の言葉を信じるのであれば、スデニルイン辺境伯領がどう足掻いても守り切れなかった事を証明したかった。それと、王国が防衛に手を抜いたからスデニルイン辺境伯領が滅びた事を証明したかった。と言う所になるのでしょう」
「何度聞いても身勝手な理由でございますね」
「そうですね。ノスタがやった事はどんな理由があったとしても許される事ではない。そして、あの支離滅裂な言動を鑑みると、精神に何かしらの異常を起こしていたのではないかと私は思います。故郷が滅んでいる事を思えば、それ自体はおかしな事では無いと思いますが。ただ、十年もの長きに渡って、その異常を抱え、淡々と計画を進めていた事実には驚きを隠せないところですね」
ヘルムス様はノスタの言動を見て、ノスタが精神に異常を来していたのではないかと思ったらしい。
それはたぶん正しいと思う。
ノスタはワタシたちに見えない何かを見ていたようだから。
「グレイシア嬢はどう思うよ」
「わたくしとしては……ノスタの左目が何を映していたのかが気になるところでございます」
「左目……『郷愁』ですか」
「そうでございます。郷愁……故郷を懐かしく思う。過去の物を懐かしく思う。そう言った言葉であり、魔術の属性として見るならば、過去の事を読み取る力を持っていたのでしょう。であれば、その目は属性の感知として何をノスタに見せていた。これは重要な話になると思うのです」
ノスタが何を見ていたのか。
グレイシア様の言葉は、自身が『不安』の属性を利用して、不安なものを見ているからこその発言なのだろう。
では、ノスタの『郷愁』がノスタにどんな影響を与えていたのか。
正確なところは分からないけれど……。
「もしかしたら、スデニルイン辺境伯領が滅んだのは、ノスタにとっては昨日の事だったのかもしれませんね」
「ミーメ嬢。それはどういう……ああいえ、そう言う事ですか」
「もしもそうだとしたら……トリニア神も惨い事を為さるのでございますね」
「ん? ああ、そう言う事か。平和だったころの故郷も、それが滅んでいく光景も、ノスタにとっては昨日の事のように見え続けていたって事か。そりゃあ、キツイな。親しい奴が死ぬ姿を何十回何百回と見せられていたのなら……狂わない方がむしろおかしいぐらいだ」
ジャン様が言うような事はあったのではないかと思う。
何度も何度も、それこそ気が狂うほどに、悲劇を見続けていたのではないかと思う。
とは言え、それでノスタがやった事を許されるわけではないのだけど。
だって、ノスタが引き起こした事態もまた、誰かにとっては悲劇なのだから。
「ヘルムス。この辺も事態解決後の解決するべき点って奴か?」
「まあ、そうなるでしょう。とは言え、どうやって解決すればいいのか、と言うのが、まるで分からない話ですが。ただ、今後の事を考えると……対策の雛形くらいは考えておかないと、先に進むわけにはいかない問題でしょう。同じような事件を今後何度も起こすわけにはいきませんから」
ジャン様とヘルムス様はこれからの事を考え始める。
市井に第二属性持ちが居るのは良いとして。その人物が今回のような事件を企んだらどうするのか、どうやって未然に防ぐのか、そう言った話を議論している。
「ミーメ様。わたくしたちはどうすればよいと思いますか?」
「先ほど目覚めた時にヘルムス様から言われたような事になりますが、今はただ喜び、誇るべきだと思います。そして、様々な意味で次が無いように努力をする。ワタシたちに出来る事はそれだけでしょう」
「……。そうでございますね。地道に不安な箇所を安全に変えていくしかないのでしょう」
グレイシア様の言葉にワタシは応える。
ワタシたち自身としては、本当にこうするしかない。
ノスタを反面教師として、ああはならないように自分の属性と上手く付き合い、役目を果たすしかないのだ。
だってワタシたちは魔術師なのだから。




