92:モイライ
「「「ーーー……!?」」」
その黒を見た瞬間。
ワタシは自分の全身の肌が粟立つのを感じた。
無意識的に体が震え、心が恐怖心を覚え、本能は直ぐに逃げ出せと叫び、今までに感じた事がないほどの冷や汗を感じた。
これは駄目だ。
コイツを目覚めさせてはいけない。
「『パーガトリージャベリン』!」
ワタシの知性以外の全てがそう訴えている中で、常駐させていた防御魔術の効果で冷静さを保っていた知性が告げていく。
ノスタの第二属性は『郷愁』だった。
ノスタは『郷愁』の力で魔物の素材から生きていた頃を再現するなど、過去を読み取っていた。
だが、『郷愁』である以上、本来ならば最も得意とするのは、その場の過去を思い、知り、悲しむ事だったのだろう。
そんな『郷愁』と、ノスタがドラゴンと融合している事と、追い詰められた事による魔術の暴走。
そして……かつて、この地に居た一頭のドラゴンの情報が合わさる事で、今この状況が起きてしまったのだろう。
「駄目でございます! 弾かれました!」
「火を飲み込んだだと……!?」
そう、かつてこの地には闇属性のドラゴンが居た。
『開拓王』たちが死力を尽くす事でようやく狩れた……恐らくは長い間生き続けて、力を増した、建国神話に残されるほどに強大なドラゴンが居た。
ノスタが『郷愁』によって呼び起してしまったドラゴンはそれだ。
しかも、ただ呼び起こしたわけじゃない。
ノスタは自分を捨てて、主導権とでも言うべきものをドラゴンの側に渡してしまっている。
ドラゴンの側も自分が死んだと言う認識を持っているせいなのか、『闇』がただの『闇』ではなく、より深く、より濃い、死を感じさせるような『闇』を瞳に湛え始めている。
今はまだ目覚めている途中だが、現時点で既に膨大な魔力量に基づく天然の防壁を構築し始めてしまっている。
こんなものが、もしも完全に目覚めたのなら……ドラゴン自身が持つ『闇』だけでなく、ノスタの持つ『肉体』と『郷愁』も併せ持った、事実上のトリニティアイのドラゴンとなってしまいかねない。
そう、もしもワタシの想像通りに進んだのなら、『開拓王』たちですら死力を尽くさなければならなかったドラゴンが、より強大な存在となって蘇ろうとしていた。
「ヘルムス様。それに他の方々も全力の防御をする準備をお願いします」
「ミーメ嬢? ……。分かりました」
目覚めさせてはいけない。
目覚める前に終わらせなければいけない。
漏れ出ている魔力と染まっている途中の黒の瞳だけでも、ワタシはそれ以外の判断を出来なかった。
ならば、私が採れる手段は一つしかない。
今この場で必要なのは圧倒的な火力。
それもジャン様の『パーガトリージャベリン』があっさりと弾かれた事から考えて、『いのれるならいのれ』をはるかに超える様な威力を持ち、絶対的な死を短時間で与えられるような魔術が必要だ。
その条件を満たす魔術を、ワタシは一つだけ保有している。
問題が多い魔術であるが、使う他に手段はない。
そう判断したワタシは、準備として『わたしのぐんぜい』を解除し、常駐の防御魔術もほぼ全て捨てる。
「総員! 防御準備! ミーメ嬢が何かをするぞ!!」
「「「!?」」」
その上で、まずは三体の、普段よりも細身で女性的なフォルムを持つ闇人間を目の前に出す。
「『闇軍の魔女』ミーメの名において命じる。闇よ、魔よ、畏れよ、我が下へと集え」
周囲の環境から還元で魔力をかき集めて、『わたしのぐんぜい』で消耗していた分の魔力を取り戻す。
ただ、さっきまでよりも明らかに恐怖の感情が増し、それでいてワタシの手元に集まらない。
原因は分かっている。
ワタシなどよりも、目覚めつつあるこのドラゴンの方がはるかに恐ろしいのだから。そっちに持っていかれるのは当然の事だ。
だがそれでも、十分な魔力は取り戻せた。
ならば問題は無い。
「我が求めるは自滅。それを為すは糸切り歯を連ねて刃を為した六つの刃。魔の門たる瞳と瞼を閉じて縫う黒の糸」
三体の闇人間、それぞれの手に人の犬歯を模した形状の刃を持った斧が握られていき、その斧が髪の毛ような細くてしなやかな黒い糸で繋がれる。
「初めに行くはクロト。糸を紡ぐ者。なれど、その糸を為すは暗闇。永久の闇。魔の術と言う名の光が無き世界。瞳より光が失われし世界」
一体目の闇人間が駆けて、ドラゴンの右目を手にした一対の斧で交差するように切り裂く。
ジャン様の『パーガトリージャベリン』を弾いた魔力の防壁など関係なく、いともあっさりと。
そして、斬られた瞳は黒い糸のような物で乱雑に縫われ、潰されて、見えなくなる。
「次に行くはラケシス。糸を測る者。なれど、測るだけにあらず。救いの糸を除き、破滅のみを以って糸を為し、見えぬ世界は見えぬままに荒れ狂いだす事を決める」
二体目の闇人間が駆けて、ドラゴンの左目を同様に切り裂く。
すると、こちらも同様に糸で包まれて、見えなくなる。
と同時に、ドラゴン部分の身体から漏れ出る魔力の一切を感じなくなる。
「終わりに行くはアトロポス。糸を切る者。なれど、それが指し示すは光ある世界への帰還ではなく、光無き世界への追放。此岸へ通ずる門を閉じ、彼岸へ通ずる門を開ける」
三体目の闇人間が駆けて、ドラゴンの頭部に飛び乗り、そのまま進んでノスタの頭……その両目を切り裂く。
そうして、ノスタの持つ全ての瞳は閉じられて、光を失う。
『郷愁』が映し出し、ノスタに見せていたであろう光景も含めて。
「……。ーーー!?」
その瞬間にノスタの様子が変わった。
ゆっくりと目覚めつつあったドラゴンはまるで何かに動揺するように身を一度震わせると、苦しむような声を上げ始める。
それを確認した上で、ワタシは最後の言葉を紡ぐ。
「かくして汝が運命は定まった。『おさきまっくら』」
「ーーーーー~~~~~……!?」
ドラゴンが吠える。
だがそこには一切の魔力が含まれていない。
ヘルムス様たちが事前に使っていた拘束の魔術から逃れる力はもう無かった。
「ミーメ嬢。お見事……」
「何をしているんですかヘルムス様! 早く、全員、全力で、ドラゴンを囲うように、けれど空の側は開けて壁型の防御魔術を! 手を抜いたら、王都が滅びますよ!!」
「「「!?」」」
が、問題は此処からである。
「『アクアガレオンボトム』! ミーメ嬢! それはどういう事ですか!?」
「文字通りの意味です! はっきり言わせてもらいますが、この魔術は失敗作なんです! 安全対策一切なしの相手の魔力量に応じた爆発を起こす魔術なんです!」
「っ!? ミーメ嬢、ドラゴン相手にそれは……!?」
『おさきまっくら』はワタシが扱える『闇』『人間』『万能鍵』『魔力』の四つの属性を威力を上げる事だけに使ったらどうなるのかと思って考案、構築してしまった魔術である。
効果としては、人間の糸切り歯を模した斧によって、相手の全ての目を潰すことで、魔術の門たる瞳と瞼を封印。
そうする事で相手の魔術の一切を封じると共に、出口を失った魔力と魔術は相手の体内で暴走を始める。
どの程度で爆発するかは相手の耐久性と魔力量次第であるが……対象が耐えるほどに爆発力は高まる事だけは確かである。
原理上、決まれば相手は魔術による抵抗も出来ず、暴走からの爆発も対象自身が容器である以上は耐えられないレベルになるまで爆発しない。
つまりは、周囲の手助けを考慮しないなら、決まれば必ず相手を殺せる魔術ではあるのだけど……。
「うおおおぉぉぉっ! 『アースウォール』!」
「『アイスウォール』でございます!」
「影よ! 壁となれ!!」
爆発の規模に制限はなく、指向性もないので、安全性は皆無。
今しているように、全力で防御をしなければ、こっちも壊滅である。
性質上、素材は絶対に得られないので、採算性も論外。
おまけに起動の条件が条件なので、格上相手に決まる可能性は極めて低い。
控えめに言って、失敗作以外の何物でもない魔術である。
「あああああぁぁぁぁぁっ!? よくも……よくもおおぉぉっ……!!」
ワタシたちが幾重にも張り巡らせた壁の中から、ノスタの苦しみに満ちた叫び声が響く。
どうやら、『おさきまっくら』によって魔術を封じられた結果、ドラゴンの意識は沈み込み、代わりにノスタの意識が再浮上してきたらしい。
そして、その直後だった。
「来ます!」
「「「!?」」」
光の柱が壁の内側から空に向かって立ち昇る。
膨大な……あまりにも膨大なエネルギーの奔流だった。
雲を突き抜け、何処までも立ち昇っていく。
ワタシ以外が張った壁が瞬く間に壊されていき、とてつもない衝撃波と暴風が漏れ出て吹き荒れ、作りの甘い建築物を薙ぎ払う。
それでもやがて奔流は収まっていき……。
「何とか……なったみたいですね」
「……。そのようですね」
壁の内側には深い深い窪地だけが残されていた。
『おさきまっくら』
だいたい本文に記されている通り。
なお、戦闘に特化したトリニティアイなら、これと同等の威力の魔術を無条件で撃てるだろうし、条件付きならこれ以上の物も撃てる。と、ミーメは判断している。
ミーメが自分の事をトリニティアイとしては弱い部類と言っているのは、謙遜でも何でもないのだ。
(そりゃあ聖地も滅びると言う物である)




