91:『郷愁の魔術師』ノスタ
それは水の塊だった。
だが、ただの水の塊ではない。
ヘルムス様の魔術によって水は船の形を保ち続けると共に、一塊の構造物として重量を持っている。
衝角と呼ばれる先端は水を冷却し、圧縮して作られた氷で出来ていて、十分な強度と硬さを併せ持っていた。
ただ重力に引かれて落ちるのではなく、水の帆を広げる事で加速し、水の舵を操る事で軌道を正確に調整していた。
故に、この水の塊は、もはや巨大な斧と言っても過言ではなかった。
そうして落ちてきた水の塊はノスタの人間部分の頭を潰し、瓦礫で出来たドラゴンの頭を断ち切り、その首を半ばまで縦に切り裂いた。
地面にめり込み、そこで構造が限界を迎えて弾け飛び、周囲の細かい物を押し流して、濡らしていき、霧が立ち込める。
「会話をしつつ無詠唱での構築……ほぼ属性そのものですし、ヘルムス様なら、出来なくもない事ですか」
魔術としては単純な部類だ。
ヘルムス様の属性である『水』と『船』をシンプルに組み合わせて、大量の魔力を注ぎ込んで、ただ相手の頭上に落とすだけの魔術。
だがシンプルだからこそ、つぎ込まれた魔力が威力に直結している。
この規模の魔術になれば、ワタシでもきちんと防御しなければただでは済まないし、普通のドラゴンも一溜まりもない可能性がある。
「舐めるなぁ!」
「っ!?」
ただ、今のノスタはマトモではない。
そんなワタシの考えが正しい事を示すように霧の向こう側から、魔術が当たった部分が真っ二つになったままの状態でノスタが現れ、ドラゴン部分の前足を振り抜き、ヘルムス様を殴りつける。
ヘルムス様はそれを咄嗟に出した船型の水の盾で受け止めたが、単純な体格差でもって勢いを殺し切れずに吹き飛ばされる。
「ふぅー……ふぅー……。卑怯者め。今の拙者でなければ死んでいたところだ」
「この程度では終わらないか。厄介な」
ノスタの身体が繋がっていき、潰れた肉体も逆再生するかのように元に戻っていく。
恐らくだが、今のノスタはドラゴン側の体内にある魔道具とノスタ自身。その両方の魔力が切れて、魔術が解除されない限りは、基本的には死なない。
『郷愁』属性で自分の肉体のあるべき情報を持って来て、『肉体』属性でその情報通りに肉体を構築出来てしまうからだ。
幾つの魔道具を仕込んでいるのか、ドラゴンだからこその膨大な魔力量を活用できるのかどうか、ノスタの意識が途切れたらどうなるのか、幾つかの疑問点はあるが、厄介な相手である事は間違いないだろう。
それはそれとして。
「ヘルムス様。自身の魔術で視界を悪くするのなら、空間を満たしている自分の魔術で相手の動きを把握するぐらいの事はしてください」
「申し訳ありません、ミーメ嬢。以後気を付けさせてもらいます」
自分で視界を悪くして、相手に利用されている事はシンプルに良くないので、そこは指摘させてもらう。
まあ、間に合うのも防げるのも分かっていたから、手出しはしなかったけど。
「拙者を無視して話をしているとはいい度胸だ!」
「とっ!」
「……」
再生を完了させたノスタが再び動き出す。
ヘルムス様を叩き潰すようにドラゴンの前足を振り降ろし、それをヘルムス様が避ける。
そして、ヘルムス様に追撃するのではなく、眺めているだけのワタシが気になったのか、振り下ろした前足で握った地面をこちらに向けて勢い良く投げて来たので、ワタシは闇人間に自分を抱えさせて避ける。
「ーーーーー!!」
「これは……!?」
「……」
そこからノスタの猛攻が始まる。
前足の一撃で建物を崩し、地面を割る。尾を振るえば幾つも物が吹き飛び、砂塵が舞う。
跳躍すれば着地と同時に地面が大きく揺れて、噛めば口の中にあるもの全てが瓦礫に変わる。
恐らくは『肉体』属性による単純な身体強化。
だがそれをドラゴンと言う元より肉体的に優れた魔物の体を模した物を対象にやる事によって、瓦礫で出来ているとは思えないほどに機敏に、そして力強くノスタが暴れる。
いや、明らかにノスタと言う人間の魔力量で出来る事の範疇を超えてしまっているので、ドラゴンの魔力量と『郷愁』属性の利用も何らかの形でやっていると判断するべきか。
この攻撃に、ヘルムス様は小型の水の船を出して飛び回る事で対応し、ワタシも闇人間で逃げ回る。
今のところは直撃は免れているが、このまま攻撃が続くようなら、移動用闇人間に乗った上で、『わたしのぐんぜい』を解除して対応する事も考えるのだけど……。
「ちょこまかとぉ! うっとおしい!!」
「なるほど。本来ならば此処にドラゴン特有のブレスなどの他魔術も加わるわけですか。二年前の被害も当然としか言えませんね」
ヘルムス様はまだまだ余裕がありそうと言うか、何かを待っている様子だ。
それに少しずつだが、水の縄や網による反撃も始めている。
これならば、ワタシもまだ『わたしのぐんぜい』の維持に専念していていいか。
そんな事を考えている時だった。
「ブレスが望みだと言うのなら! お望み通りに喰らわせてくれるわ!!」
「!」
「……」
ノスタのドラゴン部分が大きく息を吸い込み、長い首を仰け反らせていく。
放たれるのは炎ではない。恐らくは砂塵であり土砂。
単純な肺活量で以って、大量の硬くて小さな粒子をぶつける事で相手を削り殺す、『肉体』属性でも可能なブレスだ。
ワタシはその動作に驚きを覚え、ヘルムス様は……何故か微笑む。
「死ねぇ!」
そして、ヘルムス様に向かってノスタのブレスが放たれて……。
「『アースウォール』」
「ーーーーー!?」
そのブレスと同時に生じた壁によってノスタのブレスは跳ね返されて、ノスタ自身が削られて、悲鳴を上げる。
「ノスタ。私の事を卑怯者と呼んだな?」
「あ、何が……」
「その通りだ。そもそも私に一人で戦うつもりなどない」
「!?」
ノスタの体に総金属製と思しき矢が何本も突き刺さる。
どうやら、かなり遠方から放たれた矢であるらしく、射手の姿は見えない。
「宮廷魔術師は国を守るためにある。私一人が卑怯と呼ばれる程度で国の未来を救えるのなら、安いものだ」
「ーーーーー!?」
そして、今しがた刺さった矢目掛けて雷が落ちる。
ヘルムス様の魔術によってずぶ濡れの状態になっているノスタの身体は電気を良く通し、一瞬の閃光の後に空気と水が破裂する音と衝撃波が周囲へと響き渡っていく。
「他の宮廷魔術師の方々ですか」
「その通りでございます。ミーメ様」
「悪い。遅くなったわ」
そう、ブレスを防いだ壁も、ノスタに向かって何処かからか放たれた攻撃も、ワタシが顔と正確な二つ名を知らない宮廷魔術師のものだった。
恐らくだが、順に『土壁』、『鉄弓』、『雷釘』と言う方の魔術だろう。
そして今、グレイシア様こと『凍えの魔女』によって地面の水が不均一に凍らされてノスタの巨体を転ばせ、そこにジャン様こと『焔槍の魔術師』が炎の槍の雨を降らして追撃。
「はははははっ! 罪状を改めて述べるまでもないな! 潰れろ! 『パニッシュメント』!」
「!?」
更には推定『石抱き』と思しき男性が指を向けて魔術を放つことで、ノスタの体にかかる重力が増したかのように、ノスタの身体が潰されて動けなくなる。
「そのまま加重をお願いします。私も重ねますので」
「わたくしも合わせます」
「ーーーーー~~~~~!?」
そこへ追撃するようにヘルムス様が改めて水の縄と網を被せていき、グレイシア様も氷でノスタの四肢を包み込んでいく。
なんなら、土の壁による首や胴体への拘束や、鉄の矢による物理的な縫い付け、その矢を介して行われる電撃などの拘束も加えられていく。
結果、ノスタはもはや呻き声しか上げられないままに、地面へと押し付けられて、指一本動かせないようになっていく。
「流石は宮廷魔術師の方々ですね」
「だろ。まあ、ミーメ嬢とヘルムスがこの場で抑えてくれていたおかげで、準備がしやすかったのもあるけどな」
この光景は正に宮廷魔術師の本領と言ってもいいだろう。
確かに個の力では、ドラゴンの力を手にしたノスタの方が上だったかもしれない。
しかし、集団の力で言えば、宮廷魔術師たちの方が圧倒的に上だったようだ。
「ただ問題は此処からだな。拘束は無理だとして、俺っちの炎でトドメを刺せるか?」
ただ、一時的な拘束は出来ても、恒久的な拘束は難しいだろう。
恒久的な拘束には、ノスタの恒常的な無力化が必要になる。
だが、今のノスタは、見た目だけで言えば腰から下がドラゴンに埋まっている状態だが、実態としては恐らく腰から下が融けて無くなっている。
となると、恒久的な拘束をするには、まずは腰から上を切り取る必要があるのだけど……最初のヘルムス様の魔術で仕留められなかったのを考えると、それで上手く行くかは怪しい。
下手をしたら、プラナリアのように再生しかねない。
仮に上手く行ったとしても、人間が腰から斬られると言うのは拷問以外の何物でもなく、生かすのは相当大変になる。
目を潰して魔術を奪うとしても、ノスタほどの魔術師ならば対策の一つや二つくらいは備えていて当然だろう。
だが、討伐……つまりは殺すにしても、普通の魔術では一筋縄ではいかないだろう。
それもまた最初のヘルムス様の魔術で証明されてしまっている
はっきり言って、今のノスタは前世知識で言う所のアンデッドのような物で、頑丈どころではないのだ。
「『わたしのぐんぜい』を解除していいなら、ワタシが対応しますが?」
「いや、あの闇人間たちはまだ残しておいてくれ。まだ王都で暴れている魔物は残ってるんだよ。まあうん、俺っちが何とか頑張って焼くか」
「分かりました」
それでもワタシの『いのれるならいのれ』なら焼き尽くせるだろうが……。
まあ、『わたしのぐんぜい』を維持する方が優先度が高く、ジャン様が何とかして見せると言うのなら、そちらにお任せしてしまうべきだろう。
「さて、それじゃあ俺っちが……」
「ふざけるなぁ!」
そうして結論が出て、ジャン様が一歩前に出た時だった。
ノスタが突然に吠える。
「これでは証明できないではないか! これほどの戦力があったとしても王都を守れなかった、それ即ちスデニルイン辺境伯領はどう足掻いても守り切れなかったと言う事実が!!」
「あ?」
「だが証明は出来てしまった! 貴様らの怠慢だ! 貴様らが王都などに閉じこもって辺境を蔑ろにしているが故に拙者の……俺の故郷は、ルージア村は滅ぼされたのだ! 俺の家族は死んだのだ!!」
「何を言って……」
これはノスタの動機なのだろうか?
だがどうにも支離滅裂のような気もするが……。
いや、ノスタは自分の第二属性に妙なものを見せられている可能性があったから、そこからの何かか?
「足りない! 力が足りない! 俺の故郷を再現するための力が足りない! 人々が死に絶え、家屋が焼け落ち、皆々食われて、魔境に落ちたあの姿を顕現させるには力が……力が……ははっ」
「ジャン! 急いでトドメを刺せ! 何かがおかしい!」
「分かってる!」
ジャン様が投げ槍を構え、炎を纏わせ始める。
「ああそうだ。俺の肉で以って、瞳だけでも呼び起せばいい。他の肉など後回しにしたって構わない」
だが、ジャン様が槍を投げるよりも早く、ノスタの身体がその両目を除いて瓦礫に変わる。
そして、その代わりにドラゴン部分の瞳が色づき始める。
闇属性を示す 黒 に。
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