9:王城内魔道具工房
魔道具とは何か。
簡単に言えば、魔術を付与した道具、の事である。
定義としてはこれだけしかないため、この世界には大量の魔道具が存在している。
それこそ魔道具文明と呼んでも差支えがないほどに。
多少裕福なら平民でも日常的に利用できるほどに。
国の中枢たる王城に至っては魔道具が存在しない部屋を探す方が難しい程である。
さて、魔道具はそれほどまでに広がっていつつも、製造方法や補給方法の都合で大量生産は出来ない。
しかし、王城には日常的に用いられる照明や火付けの魔道具があるし、数年に一度しか使われないような特殊な用途の魔道具もある。
これの製造や補給、補充を城外の工房に全て委託し続けるのは、無理がある。
ならばどうするのか。
単純な話だ。
ある程度は城内でも作れるように工房を準備し、職人を揃えればいい。
「とまあ、そんな経緯で建造されたのが、此処、城内魔道具工房となります。主な仕事は日常的に使う魔道具の製造・修理・補給。時折、特殊な用途の魔道具の開発と製造を任されています」
「なるほど」
はい、と言うわけで、準備を整えてヘルムス様とワタシがやってきたのは王城内の一角。
周りから多少隔離された場所に建つ、魔道具の為のスペースだった。
建物の中からは鍛冶の物と思しき金属同士を打ち合わせる音や、怒号と思しき声、連続する重低音など、様々な音が響いてきている。
うん、たぶんだが、この建物を囲う隔離用の城壁に消音の魔道具ぐらいは仕込まれているな。
でないと幾らワタシが色々と疎いにしても気づかないはずがない。
「ちなみに服飾や細工物の作業は侍従たちが集まる方に、そう言う事をする専門の場所があり、魔道具にする時だけ此処に持ち込まれる事になります」
「それはそうでしょうね」
この場所で集中できるのは、この場所に慣れた人だけだろう。
ワタシは確信をもって頷く。
「では行きましょう」
「分かりました」
ヘルムス様についていく形でワタシは建物の中に入り、鉄で補強された扉を開けて、床も壁も石材が丸出しの見るからに頑丈そうな部屋へと入る。
「お、来たな。ヘルムスの坊主。で、そっちが例の師匠様か」
部屋の中に居たのは一人の男性。
目の色は両目ともに黒に近い灰色……つまりは金属属性。
身に着けている物がツナギで、腰に金づちやピックのようなものがあるので、職人の一人と見ていいだろう。
歳は……たぶん30ちょっとぐらいだろうか。
で、そこまでは良いのだが……。
「例の師匠様?」
「……」
男性の言葉にワタシは思わずヘルムス様の方を見る。
ヘルムス様はバツが悪そうに顔を逸らしている。
「例 の 師 匠 様?」
「……」
背の都合、爵位の都合、男女の筋力差の都合、諸々あるので声と目を向けるだけだが、話の流れからして例の師匠様=ワタシなのは確定であり、そんな呼び方をされる辺りヘルムス様が何か話をしていた事も確定である。
「その、朝食の時に話した通り、私は宮廷魔術師になった直後に魔道具関係の技術を習いにこの工房に顔を出していた事がありまして。その時にどうして魔道具の制作を学ぶ必要があるのか聞かれましたので、そこで師匠の事を少し話しまして……」
「少しと言うのは無理があるくらいには雄弁だったぞ。俺は耳にタコができるレベルで聞かされた」
「はぁ……何をやっているんですか。ヘルムス様は……いや、確かにワタシは魔術の修練の為にも魔道具作りも学ぶべきだとは言ったので、工房を訪ねたことは悪くないと思いますが」
ヘルムス様の言葉にワタシは少々呆れた声を出す他なかった。
男性の様子からして、本当に熱心にワタシの事を話した様子だったので。
「すみません。ご迷惑をおかけしたようで」
「構わんよ。ヘルムスの坊主が協力してくれたおかげで造れた魔道具も少なくないし、アンタの考え方のおかげで詰まっていた部分を突破できた魔道具の開発もある。アンタが気に病む事じゃない」
とりあえずワタシは頭を下げた。
男性は気にしないでいいと言ってくれた。
では、この話については今はこれくらいにしておこう。
「さて、まずは自己紹介からだ。俺の名前はトギー・ロックスと言う。属性は金属。専門は魔術鍵と錠だな。今日は手が空いているって事で、アンタの魔道具職人としての腕を確認しに来た。よろしくな」
「ミーメです。姓はありません。本日はよろしくお願いします。トギー様」
では改めて自己紹介。
男性改めトギー様と握手を交わす。
「じゃあ、順番に説明をしていこう。まず初めにぶっちゃけてしまうが、城の魔道具職人でアンタの腕を疑っている奴は既に居ない」
「そうなのですか?」
「当然だろう。俺たちの中には貴族も少なくないが、それ以前に俺たちは職人なんだ。職人なら、アンタが作った魔道具を見れば、だいたいの技量は察する事が出来る。アンタが作っていた魔道具は時々だが王城にも持ち込まれていて、陛下も利用されていたしな」
「えっ……!?」
トギー様の言葉にワタシは思わず声を漏らす。
確かにワタシの商品を買っていく人間の中には貴族の使いと思しき人間は少なからず居た。
城に招かれる切っ掛けが安全かつ高品質な闇属性の魔道具を製造して売っていた事だったので、城に持ち込まれていた事も分かる。
だが陛下が使っていたと言うのは初耳である。
こう言っては何だが、平民が魔術をフル活用して作っただけの品であり、高級感もブランドイメージの類も一切なかったはずなのだが……何故に?
「ミーメ嬢が休息の魔術を込めた香の事ですね。流石に常用はされていませんが、酷く疲れた時などに陛下は使われていたはずです」
「他の属性にも似たようなものがあると思うのですが……」
「勿論あります。が、ミーメ嬢の作ったものが一番効果が高いと言う事で、陛下は好まれていたはずです。なんなら陛下以外にも愛用者が居て、贈答品として贈り贈られ。時には転売者が出て処罰の対象になった事も……ミーメ嬢」
ワタシはちょっと頭を抱えそうになった。
いやその、ワタシの魔道具が認められたようなものだから嬉しくない訳が無いし、ワタシは自分の魔術には絶対の自信があるので評価されるのも分かるのだけど……ちょっと周囲の評価が高すぎるのではなかろうか。
アレか? それともアッチか? 何がどう作用して、此処までの評価になったのか、ちょっとワタシには分からない事だった。
「ご安心くださいミーメ嬢。幾ら陛下たちが望まれていても、魔道具関係については何をどれだけ作るかはミーメ嬢に任せることになっていますので」
「だな。他の作品も良いものだったし、あれだけの物を作れる魔道具職人なら好きにさせた方が良いに決まっている」
「そ、そうですか……」
期待が重いとはこういう事を言うのだろうか……。
まあ、期待をされているのなら、機会を見て作ろうとは思うが。
「と、話が逸れたな。そんなわけで、俺含めて職人たちはアンタの実力は疑っていない。だが、城の規則として確認するべき事柄は確認しなきゃあならん。分かってもらえるな」
「分かりますので大丈夫です」
実際確認は必要だろう。
可能性の話となるが、ワタシはただの魔道具売りの闇属性魔術師で、魔道具の製造自体は別の闇属性の魔道具職人が行っている可能性が現状で否定されたわけではないのだから。
と言うか、わざわざこんな確認をしている辺り、過去にそう言う手口でやらかした人間がいる可能性は普通にあると思う。
「よし、それじゃあ早速確認を始めていくとしよう。まずは闇属性魔道具への魔力補充からだ」
そう言うとトギー様は部屋の隅に置かれていた箱から丸められた布を取り出して、机の上に広げる。
それは天蓋に取り付けるカーテンの形をした、精緻な刺繍の施された魔道具だった。




