82:故郷を愁いて瞳に刻まれる ※
今回はとあるキャラ視点となります。
ご注意ください。
なお、タイトルに誤字はありません。
グロリアブレイド王国の外れであるスデニルイン辺境伯領。
そのスデニルイン辺境伯領に幾つも存在している開拓村が一つ、ルージア村。
そこが拙者……いや、俺の故郷だった。
我が家はスデニルイン辺境伯の手によって男爵に任じられ、ルージア村を治める役割を持たされていた。
父は村一番の戦士で、母は村一番の魔術師で、毎日のように村に襲い掛かって来る魔物を二人がかりで退けつつ、村民の話をよく聞き、森を切り開き、畑を耕し、村を豊かにしていた。
そんな我が家で、俺は戦士として剣を振り、魔術師……いや、魔道具職人として魔法薬を作り、将来は両親の跡を継げるように村の治め方と言う物を習っていた。
そうして妻を娶り、妹を嫁に出し、魔物の襲来も少しずつ減っていき、生活も安定して、子供を作って跡を継がせ、長閑な日々の中で一生を終えるのだろう。
漠然とだが、俺はそう思っていた。
だがそんな未来はなく。
平穏な日々は唐突に終わりを告げた。
「ま、魔物だぁ! 信じられない数の魔物が……あああぁぁぁっ!?」
唐突に魔境から大量の魔物が湧き出してきた。
俺は剣を手に取って、必死に戦って、戦って、戦って、戦い続けて……村全体を吹き飛ばし、焼き尽くすような熱風によって意識を奪われて、気が付いた時には既に全てが終わっていた。
村は全ての家屋が薙ぎ倒されて焦げていた。
村人たちの骸を魔物たちが貪っていて、骸の中には父も母も妻も妹も友人たちも居た。
植物ならば何でも構わないと言わんばかりに牛型の魔物が屋根に使われていた藁を食い、木材ならば私のものだと言うようにキノコ型の魔物が家を腐らせる。
生き残りは俺だけで、ルージア村は文字通りに跡形もなく、消えつつあった。
俺に出来た事は怒りのままに戦いを挑み、殺し尽くす事だけだった。
腹が空けば魔物の肉をそのまま食らい、喉が渇けば魔物の血を啜った。
骸を焼いてやることは出来ても、穴を掘ってやることは出来なかった。
気が付けば左目の色も変わっていたように思えたが、少し意識すれば直ぐに元に戻った。
そうしてしばらく時間が経った頃に、天を裂くような光が天竜山から放たれて……どうしてか俺は唐突に悟った。
もう、俺の復讐が完遂される事は決してないのだと。
そして知った。
スデニルイン辺境伯領は魔物たちによって領都を攻め落とされ、領都に居た領主一族は全滅。
他の村々ももう駄目で、復興の見込みもなく、スデニルイン辺境伯領は滅びたのだと。
「俺たちの故郷を捨てると言うのか!? それでいいのか!?」
「いいとは思っていない。だが、唯一残された辺境伯閣下の娘は既に嫁がれていて、こちらには手を貸せない。金も人もない。復興しようにも出来ないのだ」
「そんな……そんな……!?」
それを認められなくて、俺は方々を駆け回った。
「悪いな。無理な物は無理なんだ」
「気持ちは分かる。だがどうしようもない」
「俺たちの命はあったんだ。それで良しとするしかない」
「もう俺たちには新しい生活がある。それを捨ててまた開拓はちょっとな……」
ホドルイ伯爵領、グレンストア公爵領、その他の領地、そして王都。
だが、何処で出会ったスデニルイン辺境伯領の民も答えは同じだった。
もう過ぎ去った事である、と。
それでも諦めきれず。
俺は何時の頃からか効き目が強くなっていた魔法薬を売り捌く事で金を得て、領地が失われたために元は付くが男爵家の人間であった経歴を生かして、王都の貴族に近づいた。
彼らの言葉と権力があれば、故郷の復興が叶うのではないかと。
だが駄目だった。
「おおっ、素晴らしい効き目だ。まるで若返ったかのようだ」
「良い魔道具だ。これならば、儂の目的も果たせる事だろう」
「ははは良いぞ! さあ、もっと作れ。金なら出してやる」
奴らはスデニルイン辺境伯領に……いや、辺境の事など欠片の興味も持っていなかった。
気にしているのは金、権力、女、財宝、豪勢な食事に休暇に己の趣味ばかり。
俺たちの事など気にも留めていなかった。
そんな奴らと一緒にされたくないと、いつの間にか自称も変えて、ルージア男爵家のノスタとは別人であるかのように振る舞うようになった。
積み重なるのは財貨、魔道具作りの技術、いつの間にか得ていた第二属性の知識ばかり。
だがそれでも……それでもなお、故郷復興への思いは途切れなかった。
「御覧ください! こちらが私めの狩ったドラゴンの遺骸にございます!!」
そうして四年前。
俺は見た。
「おおっ、なんと恐ろしい。このような化け物が王都を襲っていたらと思うと……」
「本当に恐ろしい事だわ。王都がスデニルイン辺境伯領のようになっていたかもしれないわね」
「はははっ! ご安心召されよ! このサギッシが居る限り、王都は安全ですぞー!」
サギッシ男爵の自身が狩ったドラゴンの死体と、それを見た民衆たちの誰かを馬鹿にするような笑みを浮かべた顔を見て……思い知った。
コイツらは自分たちが安全ならばそれで構わないのだと、コイツらにとって辺境の事は娯楽のようなものなのだと。
それでも、それでも……これだけならば耐えられただろう。
結局、サギッシ男爵はドラゴンの死体を盗んできただけで、討伐した者の正体は分からず、自分たちの守りが絶対では無いと気づいた民衆たちの顔のおかげで、俺の留飲は下げられたから。
「ドラゴン討伐の部隊が帰って来たぞー!」
しかし二年前。
俺は現実を知った。
「英雄だ! 英雄たちの凱旋だ!」
「ヒドイ姿だ。見ろ、あの女性など、顔の半分が焼けてしまっている」
「噂じゃあ、討伐部隊は半分も生き残れなかったらしい。ジャン様以外の宮廷魔術師も亡くなられたそうだ」
ドラゴンの討伐部隊に思うところはない。
十年前に居てくれればと思うけれど、そこまでだった。
それよりも俺を打ちのめしたのは、被害に遭った村々がその後直ぐに復興され始めたと言う事だった。
スデニルイン辺境伯領は未だに復興の筋道どころか、その意志を表す事すら出来ていないと言うのに、今回の被害はもう復興が始まっていた。
その差は理不尽以外の何物でもなかった。
全くもって許しがたい振る舞いだった。
名実ともにスデニルイン辺境伯領も、ルージア村も見捨てられたと俺は悟らざるをえなかった。
「……」
だから決めた。
王都を滅ぼしてやると。
俺の左目は魔物たちに食われる家族を今も映していた。森に呑まれる村を今も見せていた。諦めた人々の顔を覗かせていた。
その全てが叫んでいる。
俺たちだけがこんな目に遭うだなんて間違っている、と。
だから、その望みを叶えることにした。
スデニルイン辺境伯領と同じように、ルージア村と同じように、王都など滅ぼしてやろうと思った。
計画は直ぐに立てられた。
必要な技術は既に手元にあった。
必要なのは時間と素材だった。
ヤーラカス子爵家やデフォール男爵と言った、王都の貴族の中でも特に悪辣な連中を利用する事で必要な素材は集めた。
切り札になり得るであろう、とっておきを作るための素材も希少素材倉庫から盗む事に成功した。
「またドラゴンだとよ」
「でも今回は一人の被害も出さずに狩っちまったらしい。とんでもねえな」
「これで王都はもう安全だ! グロリアブレイド王国バンザーイ!」
「……」
新たな宮廷魔術師と言う懸念材料は出てきた。
研究成果の試しを兼ねて排除を試みたが、それは失敗した。
だが、その手の内を晒させる事には成功した。
「もうすぐ……もうすぐだ……」
準備は整っている。
後は今作っているこれを完成させて発動すれば、王都は滅びる。
「待っていてくれ……もうすぐなんだ……」
父が、母が、妻が、妹が、友人たちが、ルージア村が俺の左目に映っている。
平和だった頃から、滅びのその時までを映し続けている。
そして訴えている。刻み込んでくる。
俺たちの恨みを晴らして欲しい、と。
ああ、我が『郷愁』の炎は再び燃え盛る時を待ち望んで、今も燻ぶり続けている。
もうすぐだから……どうか待っていて欲しい。
もうすぐ……愛おしき貴方たちに全てを捧げる事が出来る。
ノスタ・ルージア
第一属性『肉体』:自分の身体だけでなく、一個体の構成物と認識できるなら魔術の対象に出来る。
第二属性『郷愁』:異郷から故郷を懐かしむ事。過ぎ去った時代を懐かしむ事。故に、この属性は物に宿る過去を読み取って見せる。保有者が過去に見た物ほど鮮明かつ歪んで映せる物も無いだろう。




