8:朝食の席での確認
「ミーメ嬢の思っている通り、普段の私はトレガレー公爵家の王都屋敷で寝泊まりしています。しかし、昨日は宮廷魔術師として夜間担当を任されていて、王城内に留まっていたのです」
ヘルムス様が喋り始める。
そして出てきた夜間担当と言う言葉に首を傾げる。
「夜間担当と言うのは……騎士、魔術師、侍従たちの寝ずの番に近いものですね。ただ、彼らの寝ずの番が文字通りに一睡も許されないまたは交代で仮眠を取る事になる物であるのに対して、宮廷魔術師の夜間担当と言うのは、何も起きなければ専用の部屋で一晩眠るだけの話になります」
「なるほど。つまり、夜間に普通の騎士や魔術師では対処不可能な案件が起きた時に対応する仕事。と言う事ですね」
「その通りです。宮廷魔術師の戦闘能力は非常に高く、魔術も使えない普通の人間が相手なら百人居てもどうという事はありません。仮にどうにか出来るだけの戦力を整えて来ても、ただでやられる事もありません」
「そうですね」
「そして、宮廷魔術師は子爵家当主相当の地位に、職務に関する範囲であれば爵位を無視して騎士たちに命令できる権限を持っていますから、地位によって押し切る事も出来ない。つまり、夜間警備における最後の砦と言うわけですね」
「なるほど」
前世知識で挙げるなら……夜間警備の責任者のようなものだろうか。
まあ、王城なら居ても当然か。
此処は政治の中枢であり、王族が住むところでもあり、国の心臓部と言っていい場所なのだから。
「ちなみにですが、宮廷魔術師の夜間担当にせよ、騎士たちの寝ずの番にせよ、ミーメ嬢が担当する事は無いので安心してください」
「そうなのですか?」
「ええ。女性で夜間に何かをするのは王族周りの侍従くらいであり、ミーメ嬢が侍従になる事はあり得ませんから。ですから、ミーメ嬢の家で説明した時もその辺りについては話さなかったわけですし」
「なるほど。それなら確かに無いですね」
ヘルムス様の言葉にワタシは同意を返す。
実際、ワタシが侍従になる事はあり得ない。
あの地位に求められるのはまず第一に礼儀作法であり、平民であるワタシには最も縁遠いものであるからだ。
「ところでミーメ嬢。ミーメ嬢は宮廷魔術師に興味はありますか?」
「興味ですか……」
ワタシは宮廷魔術師について思い出す。
えーと、さっきヘルムス様が言っていた範囲だと、子爵相当の地位を持ち、騎士たちの指揮権も持つ。だったか。
他にもヘルムス様の様子を見ていれば、色々なところに顔が利く事、様々な資料や素材を手に入れられる事。この辺りが可能なのは想像できる。
そして、こうやって誘って来ると言う事は、就任条件にあるのは生家の地位ではなく魔術の腕一本……より正確に言えば第二属性を得ているかどうか、と言う所なのだろう。
「興味が無いと言えば嘘になりますが、当面は就任したいとは思えませんね」
「理由を窺っても?」
「ワタシに政治と指揮は出来ませんから。今就任したとしても、お飾りとして奉られるか、単純な暴力と魔道具の制作でしか活躍できません」
「その二つが出来ているなら十分だと私は思いますよ、ミーメ嬢。なんなら、自分に政治が出来ないと自覚できているだけ、歴代の宮廷魔術師に存在したらしい問題児たちより、よほどご活躍できるかと」
「後は……そうですね。宮廷魔術師に就任すれば、恐らくですが自身の第二属性を明らかにする必要がありますよね? そうであるなら、ワタシは多くの人の心の平穏の為にも宮廷魔術師に就くことは無いと思います」
「属性の開示ですか……。それについては……そうですね。少なくとも陛下や宰相閣下、宮廷魔術師長と言った指揮をする立場にある方々には開示しない訳には行きませんし……なるほど」
ワタシの言葉にヘルムス様は考え込むそぶりを見せる。
正直に言って、ワタシの第二属性を開示するとなると、色々とマズイのだ。
ヘルムス様はワタシが第二属性持ちである事は察しているだろうし、その詳細もある程度以上は掴んでいるだろう。
ヘルムス様がそうであるなら、他の宮廷魔術師たちもたぶん同様。
その上でワタシを危険視せず、何も仕掛けてこないのは、彼らが相応の実力者だからこそだ。
では、普通の人間たちがワタシの第二属性について知ったら?
恐怖に駆られて何か妙な事をしだしてもおかしくはない。
なにせワタシの第二属性は『人間』であり、第一属性の『闇』と組み合わせた時の恐怖を蔓延させる力は、制御など出来るようなものではないからだ。
それこそ、暴動の一つや二つくらいは起きたっておかしくはない。
それくらいには人々は闇属性に恐怖し、忌み嫌っている。
そこまで予想が付く以上……ワタシがするべきは秘匿にならざるを得ないのである。
バレた時の反動を加味してなお、だ。
「上と相談しておきましょう。ミーメ嬢」
「そこは素直に諦めていいんですよ。ヘルムス様」
「いいえ、師匠の実力で宮廷魔術師でない事の方が不自然ですので。何かあった時の為に詰めてはおくべきです」
「……。そうですか」
とりあえずヘルムス様を止めることは難しそうだ。
なら、政治的なアレコレに巻き込まれないようにだけ注意しつつ、ヘルムス様が上手くやってくれることを祈っておく方が良さそうか。
「そう言えばミーメ嬢。先ほど自分に出来るのは暴力と製作だと言っていましたが、教育もでは?」
「……。それについては他の宮廷魔術師の方々の方がよほど優れていると思いますが?」
ヘルムス様の言葉にワタシは思わず顔を逸らす。
ちょうど、ワタシの隣の席に見知らぬ男性が座ったところだった。
ワタシが展開している隠蔽の魔術の効果で、ワタシにもヘルムス様にも気づいていないが。
「いえいえ、ミーメ嬢の教育能力は非常に高いですよ。ほら、此処に私と言う、教育が上手く行った例があるわけですし」
「ヘルムス様ならいずれは自力で辿り着いていたと思いますよ。そもそも、ワタシがヘルムス様に教えたのはたった一週間の事ではありませんか」
「その一週間の学びが非常に大きかった。と言う事ですよ、ミーメ嬢」
平行線、という言葉がワタシの頭に思い浮かぶ。
「ミーメ嬢。有象無象に伝えろとは言いません。それは非常に危険な事ですから。ですが、他の宮廷魔術師と情報をすり合わせ、教え合うくらいは良いのではありませんか? それはミーメ嬢にとっても益がある事だと思うのです」
「……。まあ、一度お試しで情報交換をする事は構いませんが……ワタシの魔術は何処まで言っても我流です。それは忘れないでください」
「勿論です。では、話が出来るように時間の調整をしておきましょう」
まあ、こうなれば仕方がない。
一般的な魔術師がどうなのか、宮廷魔術師がどうなのか、その辺りについて興味が無いと言ったら嘘になるので、情報を得る機会があるのなら活用したいのは事実なので。
で、その一回で妙な事を言われれば、次が無いだけだ。
ぶっちゃけ、ワタシの魔術は既に十分以上に発展を遂げてしまっているのだし。
「さて、後話しておくべき事と言いますと……」
「ところでヘルムス様。今日のワタシの業務について改めて伺っても?」
「大丈夫です。では、その辺りについて話しておきましょうか」
気が付けばワタシは食事を終えていて、ヘルムス様も直に食べ終えるところだった。
なので、食後の予定について確認をしておく事にする。
「ミーメ嬢には本日、王城内の魔道具工房に赴き、そこで魔道具職人としての技量を見せてもらう事になります。どのような形になるかは……申し訳ありませんが、私の口からは話せません」
「話せないのは大丈夫です。当然の事なので。それより気になるのは、昨日のような事が無いかですね」
「ソシルコットの件のような事ですか。そうですね……その心配をする必要性は薄いと思います。魔道具職人たちにとってまず重要なのは、求められた魔道具を作れるか否かであり、それが出来ない者、邪魔する者は公爵家の三男でも容赦なくダメ出しをするのが彼らなので」
「されたんですか、ダメ出し」
「されましたね……。宮廷魔術師就任直後に必要だったので技術を学びに行ったら……」
どうやら、魔道具職人たちは随分と職人肌の集団であるらしい。
魔道具職人である時点で魔術師でもあり、王城に勤められているのでその大半が貴族だと思うのだが、それ以上に職人である事を第一としているようだ。
ただまあ、その方が平民である私にとっては話をしやすいかもしれない。
「コホン。時刻は10時からですので、一休みをしたら一緒に向かいましょう。ミーメ嬢」
「分かりました」
話が終わり、ワタシは食器を返すために席を立つ。
合わせてヘルムス様も席を立つ。
そして、少し移動したところで、安全の為にも、ワタシは隠蔽の魔術を解除。
食堂を後にした。
「流石は師匠……。全く気付かれていませんでしたね……」
ヘルムス様が何か言っていた気もするが……まあ、別にいいだろう。




