7:王城での朝
「知らない天井だ……」
目を覚ましたワタシはそんな事を呟きつつ、3分ほどかけて昨日何があったのかを思い出し、今日何をするかも思い出していく。
そう、此処は王城で、王城に勤める人間が寝泊まりするための女性寮で、その女性寮の中でも隅の方の静かな場所で……ああうん、頭が回って来た。
とりあえず二度寝はしてはいけない。
ワタシは日の高さからおおよその時間を察すると、家にある物よりも質のいいベッドから身を起こす。
「とりあえず着替えないと」
ワタシは闇魔術を発動して闇人間を呼び出す。
で、闇人間に手伝わせて、寝間着を素早く脱ぐと同時に、昨日の内に調整をしてくれたらしい仮の制服を身に着け、髪を整える。
そして、普段から使用し続けている隠蔽関係の魔術が機能し続けている事を確認。
「……。胸がキツい」
そうして着替え終わったのだが……胸の辺りがキツい。
ワタシの胸が大きいからではない。城の服飾担当者たちが適当な仕事をしたわけでもない。
ワタシの隠し事が原因でキツくなっている。
「仕方がない。魔術で誤魔化すか。闇よ。真実を覆い隠せ。真を真似た仮初で埋めろ」
ワタシは隠蔽の魔術の構築を少し変更して、傍目にはきちんと制服を身に着けているように見せる。
その上で、実際には胸元の辺りを少し開いて、外気に晒す。
うん、これで楽になった。
まったく、我ながら困った体である。
「さて、朝食に向かいますか」
最後に再度全身をくまなくチェック。
何処にも問題がない事を確かめてから、ワタシは自分の部屋を後にした。
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「おや、見ない顔だね。侍女見習いの子かな?」
「似たようなものではありますね。ミーメと申します。どの程度勤めるかは分かりませんが、これからよろしくお願いします」
「おお、小さいのに丁寧だね。こちらこそよろしく。いっぱい食べて大きくなるんだよ」
王城に勤める人間専用の食堂に着いた私は配膳係の男性とそんな会話をしつつ、食事を受け取って、適当に人目に付きづらい席に座って食事を始める。
「白くて柔らかいパンに……少し砂糖も混じっていますか?」
当たり前と言えばその通りなのだが。
王城で提供されている食事だけあって、平民の食事とは比べ物にならないほどに質がいい。
パンは当然のごとく白くて柔らかく、それどころか小麦以外の甘味もほんの僅かではあるが混ざっていて、これ単体でも問題なく食べられるほどに美味しいものになっている。
ゆで卵と切られたトマトが添えられた葉物野菜のサラダは、いずれも新鮮なものであり、卵はちょうど良い硬さ、トマトは甘くて瑞々しく、葉物野菜はシャキシャキで苦みが殆どない。
肉団子の入ったスープはスープそのものも味わい深く、肉団子は噛めば肉汁もスープも溢れ出て、程よい塩気、旨味、魔力の味がワタシの舌に伝わり、美味しいと言う感情を覚えさせる。
これだけしっかりと食べたのならば、朝からしっかりと働くことが出来る事だろう。
「今は朝の7時。食堂の人が少なめなのは、この時間は既に朝食のメインの時間から少し後だから。と言うところですかね」
一通り味わったところで、ワタシは壁に掛けられている共用の時計を目にする。
示されている時間は朝の7時。
王城の通常の業務開始は8時で、15時には終了、だったかな。
ただ、王城は業務や部署ごとに動き出す時間も終わる時間も異なるし、中には食堂のように時間ごとに担当者が変わる事で一日中開き続けている場所もあるそうだし……通常業務は15時終わりと言っても、その後にパーティや舞踏会への参加と言う実質的に仕事な動きがあったり、と言う具合で、色々とあるらしいが。
これは昨晩、自分の部屋から魔術で色々な場所を覗き見たので、間違いない事だ。
一昨日までのワタシの生活も実を言えば似たような部分が多々あったりしたのだけど……一番大きな違いは、何時動くかを決めているのがワタシではなく、仕事の方である、と言う点になるだろう。
まあ、少しずつ慣らしていこう。
王城に勤めるのであれば、これは慣らしておくべき部分なので。
「時計。自分用の物を作るか買うか……」
とりあえずワタシが今日やるべき事の内容上、時間はまだまだある。
なので、少し考え事をしながら、ゆっくりと朝食を食べ進める。
まず考えるのは時刻確認用の時計。
この世界の時計は機械式の物ではなく、魔道具の一種だ。
高級品なので、基本的には食堂の壁に掛けられているような大型の物を共用で使う事になり、当然だがサイズもあって持ち運べるようなものではない。
なのでワタシ個人で用いるのであれば、目指すのは懐中時計の形になるのだろうけど……詳しい原理や作り方は流石にちょっと覚えていないので、作るとなったら少し調べるか、考える必要があるだろう。
仮に購入するのなら、ヘルムス様に訊ねれば、店を教えてくれるだろうか。
金額については考えなくてもいい。
必要なら魔境の魔物を何頭か狩って加工すればどうとでもなるので。
次に考えるのは他の魔道具について。
実のところ、この世界は魔道具文明、魔術文明と言っていいくらいには発展している。
当たり前のように灯る照明は光属性の魔道具。
調理場で使われているコンロ、水道、換気もそれぞれの属性の魔道具。
ワタシの記憶が確かなら冷蔵庫・冷凍庫だって氷属性の魔道具であったはず。
水洗トイレは普通にあるし、下水処理でも何かしらの魔道具が使われているし、壁のちょっとした補修なんかでも専用の魔道具が使われていた。
ちょっと裕福なら平民だって日常レベルで魔道具を使っているくらいには、この世界には魔道具とそれを作り出すための魔術がありふれている。
それこそ前世知識を活用する事で、新しい魔道具を作り出して荒稼ぎ、なんて甘い考えが通用しないくらいには、生活で必要な魔道具は既に一通りあったはずだ。
前世知識の中にありつつも、今の世界にない物。ワタシが思い当たる範囲で見当たらないのは……SNS、テレビ、ラジオ、原動機、発電機、プラスチック、アルミニウム……意外とあるが、前提となる技術の萌芽が存在しない以上は無いのも当然なものたちだな。
そして、いずれもワタシにとっては必要がない物でもある。
ちなみにこの世界、マヨネーズやケチャップ、醤油に納豆辺りは普通に存在している。
ケーキやチョコレートのような甘味だって、多少お高いが問題なくある。
原料となる物を誰かが見つけて、魔道具による大量生産も行われているのだ。
うん、普通に生活するだけなら、倫理と娯楽周りさえ合えば、前世知識を集めた誰かも普通に暮らせるのだろうな、この世界。
「ミーメ嬢、おはようございます。相席をしても?」
「ヘルムス様、おはようございます。席に着いてはどうぞ」
と、ここでヘルムス様が朝食を手に一人でやって来た。
そして、ワタシが座る席の真ん前の席に座る。
周囲の目は……それなりにあるか。
じゃあ、対策をしておこう。
「……」
ワタシは一度指を振って、ワタシとヘルムス様が居るこの場に魔術を付与する。
「ミーメ嬢。今のはどのような魔術ですか?」
「基本は隠蔽です。先日のヘルムス様に見抜かれたものと違って、きちんと構築を練った物ですから、見抜かれる心配はしなくて大丈夫ですよ」
メインは『闇』属性。
そこから更に隠蔽や人払いと言った要素に特化させ、更に対人間特効や無意識展開している精神防壁のすり抜けと言った要素も混ぜ合わせている。
これを人間で破れるのは、捜索に特化した宮廷魔術師が偶然から怪しんで本格的に調べた場合くらいだろう。
まあ、この辺の詳しい話まではヘルムス様には伝えないが。
ワタシの秘密にも関わってくるので。
「……。そこまでしなくても大丈夫だと思いますよ。先日……私が露店でミーメ嬢を見つけられたのは、ミーメ嬢が隠蔽の魔術を展開する前から位置を把握していたからであって、ミーメ嬢の隠蔽を抜いたわけではありませんから」
「そうでしたか。ですが解除する気はありません。ヘルムス様とワタシが一緒に食事をしていた事で、ワタシにやっかみの類が来るのも嫌ですので」
「そうですか。ですがそうですね。ミーメ嬢はそれくらい慎重なくらいで丁度いいと思います。私がミーメ嬢の後ろ盾にはなりますが、ソシルコットのような人間が何処に潜んでいるかも分からないのが王城ではありますので」
「同意して貰えたようで何よりです」
どうやら過剰な隠蔽ではあるらしい。
しかし、足りないよりはいいので、今回はそのままにしておこう。
「それでヘルムス様。どうしてこちらに? ヘルムス様は王都内にあるご実家で寝泊まりしているものだと思っていたので、この時間はまだ王城に居ないと思っていたのですが」
「そうですね。ミーメ嬢への教育も兼ねて、順番に話をしましょうか」
ワタシは朝食を食べながら、ヘルムス様の話を聞くことにした。




