51:まずは共有事項から
「それでは、昨日のお披露目会に関する話を始めましょうか」
お披露目会の翌日。
ワタシの部屋にはヘルムス様、グレイシア様、ジャン様の三人がやって来て、茶と茶菓子を用意した上で検討会を行う事になった。
なお、ワタシの部屋で検討会が行われることになったのは、不意の来客が無く、落ち着いて話を出来るから、だそうである。
うん、ワタシには他の宮廷魔術師の知り合いが無く、抱えている仕事もまだ無いので、そう言う意味では分かるが……本当に緊急の報告があったら、三人ともどうするつもりなのだろうか。
まあ、何かしらの対策は考えているだろうから、ワタシが気にする事ではないか。
「ではまずは私から。検討会を行う前に気になる事は終わらせてしまった方が良いと言う事で、各種報告をしてしまいます」
「お願いします。ヘルムス様」
昨日のお披露目会はソシルコットの愚かな行動によって、途中で中止と相成ってしまった。
そしてワタシは念のためにユフィール様の診察を受けた後に、家までヘルムス様に送られてしまったので、その後に何があったのかは知らないのだ。
なので、一応確認しておきたい。
「まず、騎士ソシルコット・フォン・ヤーラカスはあの場で拘束されて、現在は何故あんな事をしたのかと言う取り調べを受けています。また、ヤーラカス子爵家にも捜査の手は既に及んでおり、当主、婦人、家宰、使用人、他の子どもへの取り調べ。証拠の確保と精査が行われています」
どうやら当然と言うべき流れにはなっているらしい。
なお、ヘルムス様曰く、ヤーラカス子爵家は今回の件以外にも様々な疑惑があるそうなので、これを機に一気に調べ上げる事になるだろう。との事。
「ヘルムス様。一応、お伺いしますが、ソシルコットたちはどうなると思いますか?」
「そうですね……。ソシルコット本人は陛下の御前を穢すだけでなく、最低限の規律すら守れない事が露見いたしました。よほどの事がない限りは目潰しの上で死罪となる事はほぼ確実と言ってよいでしょう」
目潰しの上での死罪と言うのは、この国で個人に与えられる物の中では最も重い刑罰と言えるだろう。
と言うのも、この世界の魔術は瞳に依存しているため、目を潰されてしまうと魔術が使えなくなるか、少なくとも制御は出来なくなる。
よって、目を潰されれば、大抵の犯罪者が頼みとする暴力が奪い取られることになるので、これが精神的にかなり来るらしい。
勿論、処刑の瞬間に妙な抵抗をされないようにすると言う実利もあるようだ。
その上で、これは最近習った事だが、トリニア教と言う宗教においては、瞳はとても大事なものとされていて、目を潰された上で導きも助けも無いのなら、その死後は悲惨なものになるとされているらしい。
「それでも被害者であるミーメ嬢が訴えれば、多少の温情はかけられるかもしれませんが……」
「ワタシは現実的には不可能であったとしても、自分の事を殺そうとしてきた人間に対して温情をかけるような人間ではありません。なので、止める気はありません。何か言う事があるとすれば、ワタシに忖度する必要はない。しっかりと取り調べをしてから事を進めるように。これぐらいです」
「かしこまりました。ではそのように」
そんな、中々に悲惨な刑罰ではあるが……止める気は無い。
それだけの事をしてしまったのだから、諦めて、素直に罰を受けて欲しい。
ただでさえ、王家は新たな騎士と魔術師のお披露目会を潰されたと言う事でお怒りだろうから、その怒りの矛先として、しっかりと受け止めてくれ。
「それで、家の方はどうなりますか?」
「そちらについてですが。ヤーラカス子爵家が廃される事は当然として、それ以上については余罪次第ですね。ただ、現当主にとっても今回の件は流石に想定外だったようで、すっかり萎れたような状態で取り調べを受けている。と言う報告が入っています」
「想定外、ですか」
「まあ、そうだろうなぁ」
「流石にアレはございません」
ヤーラカス子爵家も潰れるらしい。
家が潰れるだけで済むかは余罪次第だが……たぶん、色々とあるんだろうなぁ。
なにせ、ソシルコットを育てた家なので。
ただ、今回のソシルコットの行動が想定外であると言うヘルムス様の言葉に、ジャン様とグレイシア様が頷いている辺り……ソシルコットの行動は本当にどうしようもないものだったらしい。
それほどまでにどうしようもない行動だと言うのなら……少し気になってくるな。
「ヘルムス様。ソシルコットが飲んだ魔法薬についてはどうでしたか?」
それこそ、ワタシに襲い掛かって来る直前にソシルコットが飲んでいた筋力倍化の魔法薬。
アレに自制心の類を失くす作用があったりはしないだろうか?
念のために疑っても良い気がする。
「ジャン」
「あいよ。そっちについては昨日の内に宮廷魔術師長が解析をして、俺っちが結果を預かっている」
ワタシの疑問に答えてくれたのはジャン様だった。
「宮廷魔術師長曰く。あの魔法薬には服用者の筋肉を膨らませ、増強する事によって、一時的に通常の倍近い筋力を得られるようにする作用があったらしい。副作用の類は残っていた魔法薬の量が少なかったんで分からないが、それでも素晴らしい出来の魔法薬だと称賛出来る物だったそうだ」
ジャン様の言葉にワタシも肯定の頷きを返す。
ヘルムス様とグレイシア様も感心した様子を見せる。
「が、出来とは無関係の所で問題も見つかっていてな。解析した限り、作成者は第一属性が『肉体』。第二属性が『回帰』や『再現』と言った属性だと思われるらしい」
「その第二属性は……」
「そう。お察しの通り。希少素材倉庫からドラゴンの素材を盗み出し、魔道具の扉に細工を施したと思しき、王城が把握していない第二属性持ち。そいつと今回の魔法薬の作成者は魔力が完全に一致したらしい」
「「「……」」」
ジャン様の言葉にワタシたちは揃って悩ましい表情を浮かべる。
市井に王城が把握していない第二属性持ちが居る事は問題ではあるが、そこまで問題ではない。
この件で問題なのは、この謎の第二属性持ちがどんな目的で動いているかがまるで分からない点だ。
「いったい何者なんでしょうね?」
「その辺も含めて取り調べ中だ。ただ、ヤーラカス子爵家で魔法薬を売った奴の顔を知っているのは家宰だけ。その家宰も多少値は張るものの、効果を考えれば安い魔道具や魔法薬を売ってくれる商人。ぐらいの認識しかなかったみたいだ。商人と製造者が同一人物かも含めて、情報はまるで無さそうなのが現状だな」
「「「……」」」
うーん、あまりにも情報が無い。
とりあえず言えそうなこととしてはだ。
「とりあえず、今回ソシルコットが使った魔法薬にドラゴンの素材は含まれていなさそうですね。もしもドラゴンの素材が含まれていたら、ワタシでもしっかりと防御をしないといけなかったでしょうから」
「そうですね。とは言え、私たち普通の魔術師からすれば、ソシルコットが使った魔法薬でも十分に脅威な訳ですが」
「同感でございます。もしも、わたくしがあの一撃を受けていれば、真っ二つにされていたと思いますので」
「そりゃあ俺っちも同じだって。と言うか、あんなの耐えられるのはミーメ嬢か、王家の親衛隊隊長様ぐらいなものだろ」
「……」
うーん、ワタシとしてはドラゴンの素材がまだ使われていないので、行方を気にしましょうねー、と言う流れにしたかったところなのだけれど……。
ヘルムス様たちとしては、アレでも十分すぎるほどに脅威なので、どうしましょうか、と言う話のが重要らしい。
ワタシとしては、真正面からならアレを防げるくらいの実力はせめてないと、色々と危なくて仕方が無いと思うのだが……。
「さて、共有するべき事柄についてはこれくらいにしておくとして、検討会の方を本格的に始めましょうか」
「分かりました」
「了解でございます」
「おうっ」
では、此処からは検討会の時間である。
さて、ヘルムス様は何処まで気づき、理解できるだろうか。




