50:やりたい放題のミーメ
『それでは次の特別試合に移らせていただきます! 二人目! 火属性魔術師メテル・ブルザ! 前へ!』
「は、はいっ!」
顔を青褪めさせた、両目が赤い……火属性の男性魔術師が練兵場に出て来る。
手の込んだ装飾品を幾つも付けている点からして貴族のようだが、名前にフォンが付いていないと言う事は……爵位を継ぐ可能性が現状は一切存在していない立場のようだ。
確か事前資料では、平民はもっと自分たちを敬えとか、弱いのだから危ない真似をするなとか、そう言う言動がある貴族主義者っぽい新人。だったか。
顔色からしてメテル様は既に実力の差を悟っているようにも思えるが……まあ、ワタシにも見せたいものはあるので、付き合ってもらおう。
『特別試合、二戦目……始め!』
「さて、聞こえていたかもしれませんが、今日の特別試合ではワタシは相手の属性に見た目や作用が似た魔術を用いて倒すことにしています」
「そ、そうですか。でも、宮廷魔術師と言えども、闇で火を生み出すことなど出来るはずがない。火は光を生む物であり、闇とは対極に近い属性のはずなのですから!」
「さて本当にそうでしょうか? とは言え、無理をしているのは否定できませんので、これを使います」
ワタシは腰に提げていた容器から着火剤……グロリベス森林の深層で回収してきた木と脂を混ぜて作った、とても燃えやすいブロック状のそれを手に取る。
と同時に、ワタシの直ぐ近くの空中に特殊な加工……日光によって生じた熱の効率的な吸収、摩擦抵抗を上げる事で効率的な摩擦熱の発生、特定条件を満たすまでは熱を内側に引き込み続ける性質、これらを持たせた闇の球体を複数発生させて、高速回転させつつすり合わせる。
そうして程よく熱が溜まったところで着火剤と『人間』属性で作った脂を投入。
それだけで、闇の球体を核とする形で空中に炎が灯る。
「火が……。いや、だがだ! ただの火なら……」
「ただの火で終わらせたりはしませんよ」
「!?」
そして、メテル様がワタシの生み出した火を操作によって奪い取ろうとする前に、闇の球体に込めておいた魔術によって、ただの火を変質。
真っ赤な炎を、黒と白のコントラストが美しい闇の炎へと変換する。
「さて、ワタシの準備はこれで完了しました。ではメテル様。好きなように貴方の魔術を放ってみて下さい。受け止めますので」
ワタシは手のひらの上に黒い炎を浮かべて、炎越しにメテル様の青ざめた顔を見つめる。
「ま、まやかしだ! 怯えるな! 火の扱いに一番慣れているのは……火属性魔術師だ! 火よ! 燃え盛れ! 煌々と輝け! 槍となって我が敵を撃ち滅ぼせ! 『フレイムランス』!!」
メテル様は怯えながらもしっかりと詠唱を紡ぎ、魔力を込めて、普段見かけるものよりも光量が増しているように見える炎の槍を生み出すと、ワタシに向かってそれを放ってくる。
そして、炎の槍と黒い炎がぶつかり合い、練兵場が閃光に一瞬包まれて……。
「御馳走様でした。と言う所でしょうか」
閃光が止んだ時には、一回り大きくなった黒い炎が、ワタシの前に浮かんでいた。
「う、嘘だ……あり得ない。他人の魔術を食う魔術なんて……」
「嘘だと思うのなら、気が済むまでどうぞ」
「う、うあああぁぁぁっーーーーー!!」
メテル様から次々に炎の魔術が放たれる。
火球が、炎槍が、火の波が、爆発する火球が、十数の炎の矢が飛んでくる。
飛んできて……その悉くが黒い炎に飲み込まれて、その度に黒い炎は大きくなり、火勢は強まっていく。
「こんな……こんな魔術が……いったいどうすればこんな事が……」
「申し訳ありませんが種明かしはしません。ただ、魔術は発想次第ではこういう事も出来る。と言う実例として覚えておくと良いと思います」
やがてメテル様からの攻撃が止んだところで、すっかりワタシ以上に大きくなった黒い炎に囲まれながらワタシは語り掛ける。
この黒い炎には『闇』の侵食や引きずり込む、同化、破壊と言った性質だけでなく、『人間』の捕食や消化、吸収と言った性質も併せ持っている。
その上で『魔力』による強化や捕食対象の追加、『万能鍵』による熱拡散の阻止も起こしてある。
結果、魔力を喰らって己が物とし燃え上がる炎でありながら闇でもある魔術の出来上がりである。
なお、色を黒にしたのは分かり易さを優先した結果であるが、闇らしさが強まった扱いなのか、威力も少し上がっている。
とまあ、中身としてはこんな所だが、八顕現の特化をこれでもかと使っている魔術なので、詳細な種明かしはしないのだが。
「さて、どうしますか?」
「降参……させてください。もう打つ手がありませんので……」
「分かりました。では、これまでにしましょうか」
ワタシは黒い炎を手のひらの上に集めると、握り潰して消す。
その動作にメテル様は増々顔色を悪くしているが、自分の魔術なのだから、これくらいは出来て当然だろう。
「では次の……」
これで二勝。
残る特別試合は後一戦で、相手は肉体属性の魔法を扱う騎士であるソシルコット・フォン・ヤーラカス。
初日に問題を起こし、ワタシと決闘して完膚なきまでに叩き伏せられた男であり、今日のお披露目会が終わり次第、危険地帯への左遷か、自発的な退職をする事が決定している騎士である。
まあ、どうやっても勝てる相手だが……。
そこまで考えたところでワタシは気づく。
次の相手として控えていたソシルコットが魔法薬……何かしらの魔術が込められた水薬を飲み干すことで、全身の筋肉を膨らませていた事に。
既に魔術の詠唱を終えて、身体強化を終えている事に。
ワタシの黒い炎に目を取られていて、ソシルコットを止められる範囲でこれらの事実に気づいている人間が居ない事に。
「此処だぁ!」
ソシルコットがワタシに向かって跳び込み、手にした刃引きされていない実戦用の剣を振り降ろそうとする。
その速さは、まるで茂みに潜んでいた魔物が獲物へと襲い掛かってくるかのようであった。
なるほど。
騎士としての誇りも、貴族としての誇りも、何もかもも捨て去ってまでワタシを殺したかったと。
「死……は?」
そうして剣は振り降ろされて……ワタシに当たった場所で折れて、刃先は観客席の貴族たちの顔の横を通り抜けた後に練兵場の壁に突き刺さった。
「なん……」
「ふんっ!」
「!?」
とりあえず犯罪者を鎮圧するために、ワタシは自身の拳に闇を纏わせつつ斧のように振り降ろし、ソシルコットの顔面を殴りつけ、その体を練兵場の地面に叩きつける。
殺さないように手加減した結果としてソシルコットの身に着けていた物が全て粉々となってしまったが、そんな事は些細な事だろう。
「この程度でワタシをどうにか出来ると思っているとは……。ワタシの事も魔境の事も舐め過ぎているのではありませんか?」
ワタシは闇人間にソシルコットが飲んでいた魔法薬を持ってこさせて、容器に残っていた僅かな薬から効果を確認。
どうやら服用者の筋力を一時的に倍化させる効果があったようだ。
薬の方の出来は素晴らしいものがあるが……なんとも愚かしい話である。
さて、効果を確認した上で言っておかないといけない事がある。
「まったく。人間の筋力が倍になった程度で、熊の筋力に追いつけるとでも? 魔力がこもっていない剣が魔力がこもっている爪より優れているとでも? 魔力任せの身体強化魔術が野生で生き抜いてきた魔物たちの身体強化魔術に勝てるとでも? あまりにも愚かしい。この程度でどうにかなるのなら、人類は魔境を脅威になどしていない」
騎士にしろ、魔術師にしろ、これからお前たちが相対するかもしれない相手は、この程度でどうにか出来てしまうような弱い生物ではないし、温い環境でもない。
これだけは、事実として言っておかなければならなかった。
ソシルコットのような愚かしい人間をこれ以上出さないためにも。
「ミーメ嬢! 大丈夫ですか!?」
「ミーメ様! ご無事ですか!?」
と、ここでヘルムス様、グレイシア様、それに他の裏方の人たちも出て来て、ワタシの方へと駆け寄ってくる。
どうやら、一応は頭に攻撃が直撃したワタシの事を心配しに来てくれたらしい。
「ご安心を。掠り傷一つありませんよ」
「それは良かった……。良かったですが、念のためにユフィール様の下へ行きましょう」
「っ!?」
ヘルムス様がワタシの事を抱きかかえ……所謂、お姫様抱っこの態勢にすると、ユフィール様たちが居る医療班の方へと運んでくれる。
いや本当に傷など一切ないし、『人間』属性による自己モニターでも確認済みなのだけど……そうは言っても聞いてくれないか。
うん、大人しく運ばれるしかないな。
なお、ワタシが運ばれていく裏で、お披露目会は中止になったし、布切れ一枚身に着けていないソシルコットはジャン様たちによって縄でグルグル巻きにされた後、何処かへと運ばれていった。
まあ、自業自得と言うものだろう。
Q:ミーメの考える最低限必要な防御用常駐魔術の強度
A:グロリベス森林の深層に出て来るトサカの生えた熊(クラウンベア・だいたい肉体属性の魔物)の不意打ち熊パンチが頭などに直撃しても、軽傷以下で済む強度。
補足:なお、クラウンベアの不意打ち熊パンチは、グロリベス森林の深層に通常出現する動物型魔物の8割以上を即死(だいたい千切れるか、抉れるかして飛んでいく)、残り一割五分を重傷に追い込むだけの威力を持つ。
12/17誤字訂正




