49:出陣するミーメ
『それでは只今より、つい先日に新たな宮廷魔術師として就任されました『闇軍の魔女』ミーメ・フォン・アンカーズ様と新人たちによる特別試合を行わせていただきます』
ワタシは練兵場に立つ。
杖は背負ったままで、昨日の内に準備した物は腰に提げてある。
『アレが『闇軍の魔女』……聞いていた以上に幼いですな』
『アレがドラゴンを狩っただと? 信じられんな。手柄を他の者から譲られたか?』
『でしょうね。ドラゴンを狩った場には『船の魔術師』も居たとの事なので、今はあの少女が婚約者である事を考えると、彼がゴリ押したのでしょう』
『嘆かわしい。宮廷魔術師の座を何だと思っているのか。闇属性と言う時点で汚らわしいのに。本当に第二属性持ちなのか?』
「……」
ワタシの耳はワタシに対する悪口を聞きつけている。
出所は……さっきのヘルムス様に対して好き放題言っていた連中とほぼ同じか。
まあ、闇属性と言う時点で、嫌っている人間はどうあっても嫌うだろうから、気にしても仕方が無いか。
『ミーメ様の特別試合は最大三戦。いずれも一対一となります。では、まずは一人目! 風属性魔術師ジャーレン・フォン・シフキャート! 前へ!!』
「はいっ!」
ワタシの向かいに立つように両目の色が黄緑色……風属性の女性魔術師が歩み出て来る。
杖はタクトのように短く細い物で、服装は王城の魔術師団の定型通り。
当然だが背はワタシより高く、顔立ちも整っている。
ただ、その表情は……先ほどまでは精悍と言っても良いものだったのに、ワタシの事を捉えた瞬間に苦々しいなどと言う言葉では済まないほどに憎悪に塗れたものになった。
あー……これはまさか。
「貴様が『闇軍の魔女』ミーメ。ヘルムス様をたぶらかす羽虫か……!」
どうやらそうらしい。
「貴様が……貴様のせいでヘルムス様は……あの方は堕落してしまった! 言えっ! どうやってヘルムス様を誑かした! 貴様のようなチビで、ガキで、平民で、闇属性のような汚らわしい娘にヘルムス様が惹かれるわけがないだろう! それなのに、それなのに婚約者の座に収まり、その寵愛を受けようとは! 恥を知れ! 貴様のような者に宮廷魔術師の座は相応しくない!!」
うんまあ、事前に貰った報告書には、上に反抗する気質とか、闇属性への嫌悪とか、平民嫌いとか、色々と書いてあったけれど。
当人を前にすると、まず一番にある理由はヘルムス様への恋慕なんじゃないかなと思う所である。
周囲の目なんて気にしたことじゃないと言うぐらいの勢いで、殺意も嫌悪も露わにして叫んでいるもの。
正直、此処まで激しい姿を見せられると、後でヘルムス様に以前に付き合いがあったかを尋ねて、もしあるのなら、今後は似たような事が起きないように注意するぐらいは必要なのかもしれない。
そこまで考えた時だった。
「だんまりか! ならば、その口、無理やり開かせてやる!! 風よ! 刃となりて! 我が敵を断て! 『ウィンドカッター』!!」
ジャーレン様がタクトを振るのに合わせて、その先から風の刃が放たれる。
風属性らしく速さに優れた鋭利な刃はワタシへと真っすぐに迫って来て……。
難なく弾かれた。
「は?」
「ああ、すみません。少し考え事をしていました」
皮膚も髪も服も傷ついていないし、衝撃も伝わっていない。
その結果にジャーレン様は間抜けな声を漏らし、観客も呆然とした様子だが……。
ワタシに言わせてもらえばだ。
「ですがご安心を。ワタシは魔境で狩人をしていた事もあり、防御用の魔術は常駐させるようにしていますので、一属性魔術師程度の魔術なら、全力で撃ち込まれても傷一つ負いませんよ」
グロリベス森林で狩りをしている人間が不意打ち対策をしていない訳がないのだ。
だって魔境と言うのは、何時何処からどんな魔物がどのように襲ってくるか分からない環境である。
そんな場所に一人で入るのだから、中型の魔物の全力攻撃を不意打ちで受けても支障がない程度の防御力を備えておくのは義務と言ってもいいくらいである。
「ーーーーー~~~~~!!」
ただ、そんなワタシの答えが気に食わなかったのだろう。
ジャーレン様は一度叫び声を上げると、次々に風の刃を放つだけでなく、風で出来た槍や、爆風を閉じ込めた球体を放ってくる。
勿論、いずれも練兵場の地面から細かい粒子を取り込んでいて、破壊力を増している。
どうやら、ちゃんと特別試合に出してもらえるだけの工夫を知っているらしい。
「さて……」
そして、その全てがワタシには通じなかった。
当然だ。
先述のように、ワタシは防御用の魔術を常時展開している。
例として一つ挙げるのなら、飛来物とワタシが接触する際に生じる僅かな影を基点として、接触面となるワタシの肉体に、魔力で強化された闇の皮膚を即時展開すると共に、接触面の外に衝撃が行かないようにその経路へ万能鍵でロックを掛ける。と言う魔術がある。
これだけでも、並大抵の攻撃なら四属性使用による出力強化も合わさって、一属性魔術師が全力を費やした程度ではどうにもならないような強度がある。
で、他にも幾つかの常駐防御用魔術を仕込んでいるのだから……第二属性込みでも並の魔術までなら効く可能性などない。
「今回の特別試合では、ワタシはちょっとした縛りを自身に課すことにしました」
「はぁはぁ……縛り……ですって?」
ジャーレン様の手が止まる。
呼吸も荒く、どうやら一時的にとは言え、魔術は打ち止めのようだ。
なので、ワタシも勝つために反撃をする。
「そうです。ワタシは対戦相手を倒すのに、対戦相手の属性に似た見た目や作用を持つ魔術を用いて倒すことにしました。貴方の場合は風ですね」
「っ!?」
ワタシは腰から提げた物の一つ、安眠効果がある香木を詰めた匂い袋を手に持つと、ジャーレン様を指さす。
「眠れ。夜が来たのだから」
ワタシの指先から黒く色付けされたそよ風が放たれて、そこへ匂い袋の香りが乗る。
向かう先はジャーレン様の顔面目掛けてだ。
「舐めるなぁ! 風よ! 風よ! 風よ!!」
ジャーレン様は直ぐに反応して、ワタシの魔術を風で散らそうとする。
が、走れば追い抜けそうなほどにゆっくりなワタシのそよ風とジャーレン様が放った突風が当たっても、突風の側が引き裂かれて散るのみで、動きを鈍らせる事も出来ない。
当然だ。
出力差の影響もあるが、それ以上にワタシのそよ風はわざわざ色付けしてあげただけで、実際にはただの魔力であり、物理的干渉力など殆ど持っていない。
香の成分についても、既に闇へ溶かして、物理的実体など無い。
そこへ物理側に大きく傾いた風を当てられたって、影響など殆ど受けるはずがないのだ。
「な、なっ、か、風よ! 渦を巻き! 我が身を守れ!! 『トルネイドウォール』!!」
そんなタネに気づく事もなく、ジャーレン様が竜巻の壁を自身の周囲に張り巡らせる。
その後、黒いそよ風は竜巻に侵入し……。
「……」
竜巻が解除された後に見えたのは、練兵場の地面に倒れ伏しているジャーレン様の姿だった。
『そこまで! この試合、『闇軍の魔女』ミーメ様の勝利とする!』
「「「!?」」」
審判の声が響く中、ジャーレン様の姿に一部の観客が動揺する。
死んでしまったのではないかと。
だが安心して欲しい。
彼女は眠っているだけである。
そもそも、ワタシが今回使った魔術は、人間の神経系に干渉して強制的にリラックス状態にした上で眠りに誘うだけの物。
ワタシが普段作っている休息の香を、少し強化して魔術で行っただけの事である。
ついでに、竜巻の中で倒れる時にこっそりと闇人間を出して、倒れた時に頭を打つことが無いように配慮までしてあげたくらいだ。
「報告! ジャーレンは気絶しているだけです! 呼吸、心拍、共に異常はありません!」
「「「ーーーーー~~~~~……」」」
と言うわけで、ワタシの無実も無事に証明されたところでだ。
「それでは次の試合に参りましょうか」
「は、はい! かしこまりました! 『闇軍の魔女』ミーメ様!!」
既に少し青褪めている男性魔術師との特別試合である。
今回ミーメが使った眠りの魔術ですが。
どれだけアドレナリン全開の状態でも、強制的にリラックス状態にさせた上で眠らせるので、実はかなりヤバい魔術だったりします。




