48:ヘルムス VS 騎士たち
『それでは只今より、『船の魔術師』ヘルムス・フォン・トレガレー様と特別編成されました騎士四名……サイト、レーニング、ハケッテ、イズミによる特別試合を行わせていただきます!』
練兵場にヘルムス様が立つ。
顔は笑みを浮かべ、藍色の両目は特別試合の相手である騎士四人をしっかりと捉え、オールの形をした杖は既に両手で握っている。
対する騎士四人は……全員が全身鎧を身に着け、バイザー付きの兜を被っているので、属性は窺えない。
手には抜身の剣を持っているが、その構えは少し気が抜けていると言うか、ヘルムス様の事を舐めているように見える。
えーと、事前に貰った資料によれば、騎士四人の問題行動は上位貴族をどことなく舐めているとか、魔術師など接近戦に持ち込めればどうとでもなるとか、自分たちより実力が劣る騎士を馬鹿にしているだとか、そう言う行動だったようだ。
なので、とりあえずヘルムス様によって叩き潰すらしい。
『『船の魔術師』ヘルムスか。公爵家のごり押しで宮廷魔術師入りした偽物らしいな』
『だが顔は良いからな。嘆かわしい事に、アレに惹かれているご婦人方、お嬢様方は少なくないようだ』
『ははは、愚かしい。第二属性持ちでありながら目の色が左右で同じなどあり得ないと言うのに』
嫌な声が聞こえてきた。
出所は……貴族たちが集まっている席か。
たぶん、トレガレー公爵家と敵対している家の貴族たちが、身内にだけ聞こえるようにヘルムス様を馬鹿にしているのだろう。
ワタシは『闇』、『人間』の上に『万能鍵』の属性まで持っているので、聞きたいと思えば、この程度は簡単に聞こえてしまうのだけど。
しかし、第二属性持ちの左右の目の色が同じなどあり得ない……か。
お前は魔術の何を知っているんだと言いたくなってくる。
後で流れ弾の一つくらい、顔の横を突き抜けさせてやろうかと思ってしまうな。
『始め!』
と、ワタシがそんな事を思っている間に特別試合が始まったようだ。
「「「『フィジカルブースト』!」」」
四人の騎士は一斉に身体強化の魔術を発動すると、一歩でヘルムス様を囲うように分散し、最速で攻撃を届かせるためか突きを繰り出そうとする。
が、その突きが届くよりも早くヘルムス様の魔術が発動する。
「水よ。船の形を成して、我が身を守れ。『アクアガレオン』」
「「「!?」」」
ヘルムス様を包み込むように大量の水が出現し、膨らみ、船の形になっていく。
そこに騎士たちの剣が突き刺さるが、ヘルムス様の体にまで刃は届かず、途中で止まる。
「退くぞっ!」
「飲まれてたまるか!」
「ちいっ!」
「面倒臭い事を!」
そして、そこで船が膨らんでいく事は止まらず。突き刺した剣を引き抜く事も叶わず。
このままでは自分たち自身も水に飲み込まれることになると判断した騎士たちは剣を手放すと、牽制であろう短剣を投げつつ退いていく。
なるほど、そう言う判断が出来る程度には実力があるらしい。
「此処からどうする?」
「どうするもこうするも、こんな大規模な魔術を使いつつ、他の魔術を使えるわけがないんだ」
「そりゃあそうか。じゃあ、俺たちを攻撃するために他の魔術を使うところを狙って」
「所詮は魔術師のお坊ちゃん。俺たち騎士が全力でぶん殴れば、一発で気絶だ」
ただ、第二属性に対する知識はやはり足りないのだろう。
船倉部分にヘルムス様が居る、水で出来た大きな船が、練兵場の真ん中に佇んでいる状況でゆっくりと相談をしているし……その見通しも甘い。
確かに水属性だけで高さ数メートル、長さ十数メートルの船を作り出そうと思ったら、他の魔術など使っていられないだろう。
だが、ヘルムス様は第二属性『船』も持っていて、魔力量も豊富。
あの程度の大きさの船を水で作るだけなら、総魔力量の一割も使っていない事だろう。
つまりだ。
「水よ。水よ。浩々と湧き出して、水夫たちの形を為せ。水夫たちの働きを模せ。我が敵たちを捕らえよ。『アクアセーラー』」
「「「!?」」」
他の魔術を使う事など簡単な事である。
その証拠にヘルムス様は船倉で悠々と詠唱をして魔術を完成させる。
そして、ヘルムス様の魔術によって生み出された、水で出来た筋骨隆々の水夫たちは船上から練兵場の地面へと次々に降りて来る。
水夫の数は8体。
彼らは己の獲物を見定めると……。
「行け」
「「「ーーーーー!?」」」
地面の上をスライドするような不自然な動きで以って騎士たちへと一斉に迫り、掴みかかり、その体を抑え込んで、地面へと叩きつけていく。
襲われた騎士たちは身体強化魔法を使って抵抗を試みるが、どうやら彼らは水や闇と言った固体ではないもので構築されたものへの対処方法を知らなかったらしく、彼らの指が水夫の体に触れても突き抜けるばかりで、全く抵抗出来ていない。
うん、勝負は決したな。
ヘルムス様の勝利だ。
『そこまで! この特別試合の勝者は『船の魔術師』ヘルムス・フォン・トレガレーとする!』
審判もヘルムス様の勝利をコール。
ヘルムス様は自身の魔術を解除すると、貴族らしい丁寧な所作で以ってその言葉に応える。
それから、ワタシたちが居る部屋の方へと戻り始めた。
『ふん。やはりあの程度の騎士では化けの皮を剥ぐことなど出来んか』
『どうせ公爵家の財によって大量の触媒を持ち込んでいたのだろう? なら、アレぐらいは出来て当然よ』
『何が船だ。あの人型の水の何処に船の要素があると言うのだ』
そこで聞こえ始めたのは、特別試合の前にもヘルムス様を侮っていた連中の鳴き声だ。
しかし、此処まで酷いとなると……もはや、何を言っても通じる事はないだろう。
前世知識で言う所の陰謀論者と言う奴だな。
それなら、もう無視してしまった方が早いか。
「……」
「ミーメ様、どうかされましたか?」
「いえ、紙と書く物を用意しておけば良かったなと」
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
それはそれとして、グレイシア様が紙とペンを用意してくれたので、何処の席の貴族がヘルムス様を侮っていたかは、その内容と共に記録しておく。
不要かもしれないが、念のためにヘルムス様へ後で伝えておくとしよう。
「なんかヤバい情報をこの場で入手してんな。ミーメ嬢は……」
「そうでございますね」
ジャン様とグレイシア様が何か言っているが、その言葉にはこう返そう。
言わなければ問題が無かった事である、と。
「ミーメ嬢。圧勝してきましたよ」
「ヘルムス様、お見事でした。第二属性持ちでないと出来ないような圧倒的な勝ち方でしたよ」
「ふふふ、そうですか。お褒めの言葉ありがとうございます」
と、ヘルムス様が部屋に戻ってきたな。
では少しだけ確認したい事があるので、確認しよう。
「ところでヘルムス様。『アクアセーラー』でしたか? あの水で出来た水夫たちは」
「ええそうです。ミーメ嬢の闇人間を手本に作った魔術だったのですが、如何でしたか?」
「基本的には良かったと思います。作り出す際に使う水の種類を調整する事で応用も効きますし、素晴らしい物でした。ただこれは確認したいのですが、移動の際の脚の動きが不自然だったのはワザとでしたか?」
「いいえ。私の研鑽がまだ足りないだけです。その点に何かあるのですか?」
「検証は必要ですが。ワタシの闇人間と同じなら、あの水夫たちに人間らしい動きをさせる事で出力の向上などを見込める可能性があります。ただ、水だからこその柔軟性などを失わせてしまう場合もあるので、状況に応じて使いこなせるようになるのが最良ですね」
「なるほど。助言ありがとうございます」
と言うわけで、ヘルムス様の魔術で気になった点を早急に指摘しておく。
どうにも特定のモチーフがある魔術は、そのモチーフに沿わせられるだけ沿わせることで出力を上げられる傾向にあるので、真似できる部分は真似した方が良いのだ。
が、それで魔術だからこそ出来る部分を消してしまうのも馬鹿らしいので、この辺りは上手く調整していくべき部分でもある。
まあ、細かい部分はお披露目会が終わった後の話だ。
「……。当たり前のように助言でございますね」
「……。なるほど、こりゃあヘルムスの師匠だ」
「?」
「ふふふ」
グレイシア様とジャン様の何処か呆れたような言葉にワタシは首を傾げ、ヘルムス様は微笑んでいる。
まあ、確かに師匠のような働きはしたけれども、それほどに呆れるような物だっただろうか?
「ミーメ様。出番でございます」
「分かりました」
と、どうやらワタシの番が来たようだ。
「では、行ってきます」
「ミーメ嬢、手加減を間違えないで下さいね」
「分かっていますので安心してください」
ワタシは昨日の内に準備した物がきちんとある事を確認した上で、練兵場へと移動した。
サイト、レーニング、ハケッテ、イズミ
あ、名前は覚えなくても大丈夫です。




