46:ふてくされヘルムス ※
今回はヘルムス視点となります。
「はぁ……」
今日の私は朝から憂鬱と言ってよかった。
書類を書く手の進みも遅く、気分転換に魔術の構築を考えても筆が進まない。
明日にはお披露目会が控えており、そこで計画している事も考えると、このような状態であるのが良くないのは間違いないのだが……それでも気分は優れなかった。
どうしてこのようになっているのか。
その理由は分かっている。
そして、今の私ではどうしようもなかった事も分かっている。
だがそれ故に憂鬱としか言いようがなかった。
「おーっす。俺っちが書類と相談事を持ってきたぞ、ヘルムス……」
「ジャンか。どうした?」
と、ここで部屋の中にジャンが書類を持って入って来た。
いつも通りに明るく、時間的にもちょうどいいから、一度茶でも飲もうかと私は腰を浮かし……。
「いや、どうしたはこっちの台詞だわ。どうした? ヘルムス。酷い顔をしているぞ」
その前にジャンに顔色が悪いと指摘されてしまった。
どうやら、親しい相手には分かるくらいには顔がおかしくなっていたらしい。
「話せよ。何があった」
「書類と相談事は良いのか?」
「弟分の同僚が調子悪そうにしているのを見逃せるか。ほらっ、話せ。想像は付くけどな」
「そうか。では話させてもらおう」
とりあえず茶を淹れて、一口飲んでから、私は話し始めた。
「実はミーメ嬢が明日のお披露目会で自作の魔道具を使いたいらしくてな。それで今日はグロリベス森林の深層に行っているんだ。それで私は昨日の内に同行を願い出たのだが……」
「あっ」
「『申し訳ありませんヘルムス様。今回は時間が無いので、急いで行って帰ってこなければなりません。よって、日の出前には家を出て、夜陰に紛れて移動用の魔術を行使しますので……。深層での安全確保も考えると、今回は単独で行かせていただきます』と言われて、拒否されてしまったのだ」
「……」
師匠についていく事が出来ない不甲斐ない弟子が此処に居ると言う、とても嘆かわしい事実を。
ああどうしてこうなったのか、私にもっと実力があれば同行できたかもしれないと言うのに!
少なくとも師匠の足を引っ張らない程度に移動と自衛が出来ればこうはならなかっただろうに!
グロリベス森林の深層と言う師匠が気兼ねなく魔術を使える場に同行できたのかもしれないのに!
あまりにも……あまりにも口惜しい! 悲しい! 悔しい! おおっ、トリニア神よ! 何故、このような試練を私へとお与えになったのですか……!?
「あー、ちなみにミーメ嬢が帰ってくる予定時刻は?」
「狩りの状況次第だが、昼過ぎには王城へ提出するための獲物を持って帰ってくる予定とは言っていた。ミーメ嬢の事だから、ランファンボアの一頭くらいは持って帰ってくるはずだ。ああ、本人が欲しいのはまた別の素材らしい」
「ランファンボアがついでかよ……。流石はミーメ嬢……」
ジャンの質問内容への回答については、師匠から事前に教えられていたので、素直に返しておく。
恐らくだが、明日の昼食か夕食辺りに含まれる魔力が増える事だろう。
なお、ミーメ嬢は準備らしい準備もなくグロリベス森林の深層に潜っているが、現在のあそこは浅層と深層の間に拠点を一つ築いて、そこを基点に深層を少しずつ探っていくと言う方針で動いている……ある意味では開拓の最前線になってしまった危険地帯である。
今は師匠が言うところのニワシガラス……交渉可能な魔物との信頼関係を構築している途中で、最近になって前から森に入っていた騎士や狩人相手にそれらしい態度を見せるようになってくれたと言う話だったはずだ。
あんな場所に日帰りで気軽に行って帰ってこれるのは、もう十数年は師匠くらいのものだろう。
「それでジャンの方は?」
「希少素材倉庫の件についての続報だ。目を通した上で意見が欲しいって宮廷魔術師長が言ってた」
「分かった。直ぐに目を通そう」
私はジャンから書類を受け取ると、速読していく。
分かってはいたが、被害の総額は酷いものになるだろう。
そして、当然のことながら、歴代の責任者及び、異常を隠蔽していた一部の担当者は責任を問われることになったようだ。
問題はこの先。
詐欺、横領、窃盗を行った当人たちをどうやって特定して、罪に問うか。
正直なところ、かなり厳しいものがある。
なにせ希少とは言え、ただの素材。
持ち出されて他の似た素材に混ぜられた時点で、もうほぼ追えない。
消費されるなり、換金されるなりしてしまえば、なおの事。
おまけに年単位で昔から行われていたようだから、証拠が残っていない場合が多い。
正直に言って、他の件で怪しい連中を探った時に、ついでに出てきてくれれば儲けもの。と言うところだろうか。
「ドラゴンの素材を盗んだ人間と倉庫の扉をおかしくした魔術師が同一人物で確定した?」
「ああ、その通りだ」
その中で比較的追えそうな物と言えば、比較的直近ですり替えられたであろう、四年前に師匠が狩り、サギッシ男爵に盗まれ、王家が押収したドラゴンの素材。牙に爪に角。これだろう。
そして実際に、少しだが情報が出てきたようだ。
「宮廷魔術師長が自分の魔術で確かめたらしい。倉庫の扉になっていた魔道具に掛けられていた魔術の属性と、すり替えられたドラゴンの素材に残っていた魔術の属性が同一人物だそうだ」
「なるほど」
宮廷魔術師長ジョーリィ・ウインスキー様の第二属性は『蒸留』。
これを用いる事で、通常の我々の感覚よりもはるかに鋭い分析が可能になる。
それこそ、同じ水属性の魔術で生み出された水であっても、個人の特定が可能だとか。
この解析能力こそが、ジョーリィ様が宮廷魔術師長に推された理由の一つでもある。
そして、今回もまた、その解析によって情報が少しだけ明らかになったようだ。
ドラゴンの素材をすり替えた者と魔道具の扉をおかしくしたものは同一人物。
この人物は第二属性持ちの魔術師であるが、宮廷魔術師でもなければ、何処かの貴族に飼われている貴族でもない。師匠と同じように在野で、自分がそうであると隠して活動している魔術師となる。
第二属性の詳細は不明だが、解析結果からすると、『精神』属性に多少寄った属性ではあるらしい。
つまり、事件発覚当時に師匠が予想していた通りと言っていいだろう。
うん、ささやかではあるが、また師匠の功績が増えたな。
それはそれとして。
「しかし、ドラゴンの素材が何処かへ流れた形跡はない。魔道具に加工されて用いられた形跡もない、と。危険な流れだな」
「ヘルムスもそう判断するか。まあ、そうだよな。で、此処からどう見るよ」
盗まれたドラゴンの素材は未だに行方不明。
表裏を問わず捜索されているが、素材そのものは出てきていないし、異常に強力な魔道具も出てきていない。
さて、一体どこにドラゴンの素材は行ってしまったのか……。
「考えられる流れは二つ。王都の外に運び出したか、既にそうと分からないように加工されているか。このどちらかだろう」
「ふうん? 前者は分かるな。要するにまだ持っているって奴だ。だが後者は? 高く売りたいのなら、ドラゴンの素材だって分かるように加工するんじゃないのか?」
「ジャン、考えてみろ。相手は王城に侵入し、希少素材倉庫から物を盗むだけの実力がある第二属性持ち。なのに、自分が何処の誰なのかを明かそうとしない人間だ。マトモでない事は確定している」
「そりゃあそうだが……」
「となれば、目的は金銭ではなく……待ってくれ、少し計算してみよう」
私は一つ思いついたことがあるので、筆を走らせる。
それは盗まれたドラゴンの素材を魔道具作成に用いた場合、どれほどの事が出来るのかという計算だ。
ドラゴンの素材が持つ魔力の量と質、使い捨てを前提にし、使用者の安全に配慮せず、犯人の第一属性『肉体』と『精神』よりらしい第二属性まで存分に活用したのなら、何処までの事が出来るのか。
師匠ほど正確には予測できないだろうが、それでも出来る限りの想像と推察をする。
その結果は?
「どうだ? ヘルムス」
「……。流石に発動と同時に王都が吹き飛ぶような事にはならないだろう。ただ……」
「ただ?」
「被害無く対処できるとすれば、ミーメ嬢だけになるかもしれない」
「マジかよ……」
ドラゴン並の何かが現れて暴れ狂う。
それぐらいは考慮しても良いかもしれないと私は結論付けた。
「不審な魔道具を買わないように貴族たちに通達をした方が良いかもしれない」
「買うような連中が聞くと思うか?」
「それでも出さないよりはマシだろう」
盗まれてから今までに何も起きていない事を考えると、今すぐに事が動く事はないだろう。
なので予定を動かす必要は無いはずだ。
だが、警戒だけはしておくべきかもしれない。
私は茶を口にした。
なお、師匠は自身を丸呑みに出来そうな大きさの魚を狩って、帰って来ていた。
なんでも魚の癖に肺呼吸をするし、水場の近くなら平然と這い回れるし、風属性魔法まで使ってくる面白い魚だとの事。
明らかに普通の魔術師では太刀打ちできないであろう、そんな魔物を容易に狩ってしまうなど、流石は師匠である。
ミーメ「ニワシガラスに案内されて行ったら、なんかハイギョに遭遇したから捌いた」
12/13誤字訂正




