44:お披露目会への参加要請
「お披露目会。ですか?」
「ああ、そう言えばそんな時期でしたね」
婚約の挨拶をしてから数日。
結局、ワタシの家に襲撃を仕掛けてくるような連中は現れなかった。
迎撃用の特別製闇人間が無駄になってしまい、ワタシとしては少々ガッカリである。
それはそれとして、この日、ワタシは王城内に用意された自分の部屋で、ヘルムス様、グレイシア様の二人と一緒にお茶会の練習をしていた。
その中で、グレイシア様がやや唐突に話題へ出したのが、お披露目会とやらにワタシとヘルムス様が出て欲しいと言うお誘いだった。
「順に説明いたします。ミーメ様」
「お願いします」
とりあえず、ワタシは背筋を正して話を聞く態勢を取った。
「此処で言うお披露目会と言うのは、前年に王城の騎士団または魔術師団に入団した者を対象とした行事でございます」
グレイシア様曰く。
王城に勤める為には、貴族院を卒業するか、貴族院卒業生と同程度の実力があると示した上で、厳しい試験を突破しなければいけないらしい。
で、その厳しい試験を突破した後は、それぞれの配属先での訓練や指導によって徹底的に揉まれるわけなのだが……。
騎士団と魔術師団の新人に限っては、一年ちょっと揉まれた後に、今度行うお披露目会と言うものへの参加が義務付けられているらしい。
「真っ当に成長しているならば、何と言う事の無いお披露目会でございます。上司の指示通りに素早く鎧を身に付けたり、一糸乱れぬ行軍を披露したり、剣舞や魔術を観客に見せつけたりと、己の一年間を陛下を含む上役の方々に見てもらうだけでございますので」
「真っ当なら、ですか」
「ええ。真っ当なら、です」
ああうん、既に嫌な予感と言うか、流石は貴族と言うか、そんな感じの気配を覚えている。
そして、そんなワタシの予感は正しかった。
「ですが、真っ当ではない場合。つまり、周囲より少し抜きん出ているからと調子に乗っている騎士や、人より多少強力な魔術が使えると鼻にかけている魔術師にとっては地獄の行事になります。とても名誉ある事に、実力を試す場として、宮廷魔術師と一対一で戦う場が与えられるのですから」
どうやら、お披露目会と言うのは、一部の心をへし折っておくべき人間を分からせるためのイベントでもあるらしい。
「それでワタシとヘルムス様に参加要請ですか」
「ええ、その通りです」
そして、今年に限っては、その心をへし折る役がワタシとヘルムス様であるらしい。
……。ちょっと考える。
うんまあ、ワタシが選ばれるのは分かる。
宮廷魔術師で、平民で、外見も実年齢も年下で、若干の偏見もある発言だが……彼らが馬鹿にしていたであろう闇属性の魔術師なのだから。
そんなワタシが礼儀正しく現れて、それで相手を負かしていけば、そりゃあプライドの一本や二本程度は難なく折れる事だろう。
「ふむ……。自分で言うのもなんですが、私は微妙かもしれませんね」
「ワタシも同感です」
が、ヘルムス様はどうなのだろうか?
宮廷魔術師で、公爵家の三男で魔力量も多く、美形で、年上で、水属性と言う割とよくある属性となると……相手によっては、負けても仕方が無いと諦めてしまいそうなスペックをしている。
これで心が折れるのだろうか?
「わたくしもそう思いはします」
そう思っていたら、グレイシア様からも同意が得られてしまった。
「ですが、これは陛下と宮廷魔術師長の命令でもございますのでお受けください。ヘルムス様もまだ宮廷魔術師としての歴が浅く、貴方様の事を舐めている方が多いようでございますので」
「なるほど」
ヘルムス様の頷きに私は考える。
もしかしたら、ヘルムス様が心を折ると言うか、改めさせる相手は、戦う相手当人ではなく、それを見ている側に居るのかもしれない。
となると……もしが重なってしまうが、このお披露目会の対象って宮廷魔術師の新人も含まれているのでは?
うん、無様な姿を見せないように気を付けておこう。
「そうそう。これは念のために申し上げておくのでございますが。意図的に死者を出す。酷い後遺症を残すような魔術はお控えください。お二人が相手をする方々は調子に乗ってはいますが、まだ矯正の見込みはあると判断された方々でもございますので。少なくとも表向きはそうなっています」
「あ、はい」
「それは当然の事ですね」
グレイシア様から当たり前の注意をされた。
しかし、矯正の見込みがあるとなると……。
負けて素直に己を省みたならば良し。
負けて反発しても成長……それこそ第二属性を得るほどになったなら、それもまた良し。
負けて腐るなら、本人の責任と言う事で王城側に瑕疵なく辞めさせることが出来るので良し。
と言う事なのだろうか。
うーん、流石は王城と言うか貴族と言うか。
見せしめにする事で残りの人間の引き締めも図っているだろうし、ワタシやヘルムス様の魔術のお披露目も兼ねていると考えたら、実に効率的である。
まあ、表向きらしいので、中には既に矯正不可と判断された人間も混じっていそうだけど。
しかし、王城がその気ならば……もう少し情報が欲しいな。
「ちなみにグレイシア様。そのお披露目会と言うのは、何時何処で行われるものなのですか? それと、ワタシたちが戦う相手の情報などはありますか?」
「日付については明後日の朝から、王城内の練兵場でございます。相手の情報についてはこちらでございます」
「ありがとうございます」
グレイシア様が秘密資料と表紙に書かれた紙を出してきたので、ワタシは中身を読んでいく。
なるほど、名前、外見、属性、得意魔術、この一年間で何をやって問題視されているのか、おおよその性格、来歴、貴族院での成績や評判に至るまで事細かに書かれている。
うん、貴族恐い。
いや、ここは諜報部隊恐いと言うべきか。
この分だと、ワタシの情報もかなり……いや、グロリベス森林の深層に入ってこれないのなら、実力周りは探れてないか。
じゃあ、どうでもいいか。
そこがバレてないなら、ワタシにとっては怖い話じゃない。
で、肝心の相手の情報だが……。
「参考になりましたか?」
「はい。だいぶ参考になりました。ただ少し質問をしても?」
「どうぞ」
『貴族主義者』と言う言葉が、やけに目立った気がした。
と言うか、複数の人間に『貴族主義者』であると書かれてあった。
これについては以前に少し聞いた覚えがあるけれども、間違いがあってはいけないと言う事で、念のためにグレイシア様にどのような主義主張なのかの確認をしておく。
「『貴族主義者』と言うのは……簡単に言ってしまえば、王都のような比較的安全な領地でのみ流行る、質の悪い感染症のようなものでございます」
「アッハイ」
グレイシア様曰く。
極端に言ってしまえば、『貴族主義者』と言うのは、貴族である自分たちは平民より優れていて、平民相手なら何をしても許されると宣っている馬鹿共の事であるらしい。
その性質上、魔物に脅かされる事の無い領地の、男爵や子爵、及びその親類が罹患しやすく、徹底的に駆除しても定期的に現れるそうだ。
なので、真っ当な貴族にしてみれば、少しでも早く駆除したいとの事で……。
「だいぶ口が悪いですね」
「それだけ、わたくしも悩まされていると言う事でございます」
まあ、相当にアレな連中であるらしい。
うん、以前聞いたのと大した差も無いように思える。
しかし、そうなると矯正の余地とかあるのだろうか?
なお、『貴族主義者』と言う病は、魔物や魔境の脅威、平民の必要性、そもそも国民が誰の支配下にあるかを理解していれば、間違ってもかかるような病ではないとの事。
そりゃあそうだとしか言いようがない……。
「でも殺すな。何ですね。分かりますけど」
「ええ、殺すなでございます。『貴族主義者』である事を理由に一方的に殺してしまうような王と国では、それはそれで国が揺らぎますので」
うーん、陛下はお優しいし、その行動がどういう結果を招くかをよく分かっていらっしゃるようだ。
それならば、ワタシも陛下の意を汲んだ行動を取るべきだろう。
「なるほど。だったら……大丈夫です。思いつきました。相手の心を効果的にへし折る事も、陛下たちにワタシの実力を見せる事も問題なく出来ると思います」
「流石はミーメ嬢」
「そうでございますね」
うん、目的は問題なく達成できるだろう。
なんなら、陛下たちの度肝を抜きつつ、『貴族主義者』の肝を冷やす事だって出来るだろう。
うんうん、トリニティアイの危険性を知ってもらう意味でも、これが一番良い方法だろう。
「「……」」
「どうかしましたか? お二人とも」
「何でもございませんので、ご安心くださいミーメ様」
「ミーメ嬢が楽しそうだなと思っていただけです」
「そうですか」
なお、そんな決意をしていたら、グレイシア様は無表情で何かを考えていたし、ヘルムス様はニコニコ笑顔でこちらを見ていた。
まあ、たぶんだが、グレイシア様は宮廷魔術師長に当日は警戒が強めた方が良いでしょうとか、護衛を担当する魔術師に防護を強化するように進言するとか、その辺の為には、報告をどう伝えるかを考えないといけないので、そこを考えていたのだろう。
つまり問題なし。
ぶっちゃけ、何を考えているのか分からないのはヘルムス様の方である。
「ヘルムス様の方も問題は無さそうですか?」
「ええ大丈夫です。ミーメ嬢。勝つだけならばどうとでもなります」
ま、ヘルムス様は大人なのだし、本人が何も問題が無いと言っているのだから、気にしなくていいだろう。
ワタシはヘルムス様の返事を聞くと、茶菓子を一口分食べた。




