31:宮廷魔術師の婚約
「ミーメ嬢ならば、ある程度は察しも付いている事でしょうが、前提となる情報から説明させていただきます」
ヘルムス様が説明を始めてくれる。
「現在のミーメ嬢は第二属性持ちである事を明らかにし、ドラゴンを討伐できるほどの魔術師、トレガレー公爵家との繋がりも一応あります。であるのに地位は平民。そして夫どころか婚約者の姿もありません。貴方を狙う一部の貴族にとって、貴方は獲物として非常に魅力的に見える事でしょう」
ワタシの力を狙う、か。
まあ、今明らかになっている範囲でも、狙う理由は幾らでもあるだろう。
単純な武力でも、諜報や暗殺でも、魔道具作成や狩猟でも、ワタシの力が有用とは、ワタシ自身でも自負を持って言えるのだから。
そして、ワタシの力が欲しいとなったら、一番簡単で強固な繋がりを得られる手段はワタシの配偶者となる事なのだろう。
それこそ、どんな手段を使ったとしても。
「恐ろしいのは、これでもミーメ様がトリニティアイである事を明らかにしなかったおかげで、狙う者が少なくなっていると言う点でございますね」
「そうですね。もしもミーメ嬢がトリニティアイであると明らかにしていれば、少なくともトリニア教の中でも悪徳に染まった者たちはミーメ嬢を取り込もうとしていたでしょう」
「なんだったら、外国とかも求めてくる可能性がありますよね? 行きませんけど」
「ありますね。国としては渡す事などあり得ませんが」
だが、現状はまだマシだ。
今すぐに有象無象が既成事実を積み上げようと迫って来る状況ではないのだから。
これでワタシがトリニティアイだと明らかにしていたら……本当に朝から晩まで、真っ当な方法から許されない方法まで、あらゆる方法で来ていたに違いない。
少なくともグレイシア様とヘルムス様の表情はそう言っている。
「話を戻しましょう。当然、国としてはミーメ嬢が誰かに一方的に利用される事を看過する事など出来ません。婚約者の席と言う分かり易い穴があるのなら、そこを埋めることを考えます」
「はい」
「ですが、ミーメ嬢と反りが合わない人物を宛がって、それでミーメ嬢の心が国から離れるような事があっては元も子もありません」
「それはそうですね」
「なので、国はミーメ嬢に婚約者にどのような条件を求めるのかを尋ね、それに沿った相手を探し、宛がう事に決めました。これが昨夜の事であり、陛下、宰相閣下、宮廷魔術師長の三名の承認を得て、私が尋ねる事になりました」
「なるほど」
つまり、ワタシの婚約者探しを国が代わりにやってくれると言う事か。
これは……まあ、ありがたい事なのだろう。
ワタシが希望を出して、国が候補者を募るとなれば、ワタシが婚約者に一方的に利用されるのを防ぐためにも、その人柄などを徹底的に調べて、国にとって問題がない事を証明した上で、ワタシに引き合わせるはずだ。
それはワタシには出来ないであろう事なので、本当にありがたい事である。
「そういう訳ですのでミーメ嬢。どうか、貴方の希望をお聞かせいただけますか」
「分かりました」
さて、ワタシが婚約者に求める条件か……。
「まず闇属性に忌避感がない事。次にワタシの魔術の悪用……つまりは犯罪行為や呪殺の利用を考えない事。この二つは絶対ですね。あ、後者については国からの依頼であっても同様です」
「それは当然の事ですね」
まず確実なのは二つ。
この二つが守られない相手との婚約は不可能だ。
「次に当たり前ですが、現状で私的な物も含めて婚約の類を別に結んでいない事。ワタシは横恋慕などしたくありませんので」
「ご理解致します」
常識的な話でもあるが、お相手がいる人間との婚約も無しである。
そもそも、ワタシと結婚したいからと、今ある婚約を捨てるような男と付き合えるとは思えないので。
「その上で……」
ここでワタシは少し悩む。
何処まで求めて良いかではなく、それが本当に求めても大丈夫な物なのかを考えるために。
ワタシが何を言っても、きっと国は本気で条件に見合う人間を探す事だろうし、現実的な条件なら見つけ出すだろう。
けれども、今ここでワタシが求める条件が、将来のワタシにとって良いものであるとは限らないからだ。
だからワタシは真剣に悩んで……それから口を開く。
「絶対の条件ではありませんが。健康的な体である事。ご自身も職に就いている事。ワタシと年齢が離れすぎていない事。ワタシの魔術の腕に嫉妬していない事。ワタシの平民と言う地位に忌避感を抱いていない事。この五つでしょうか」
ワタシが挙げたのは五つの条件。
恐らくは国も配慮してくれるだろうけども、念のために挙げておくべきだと思った条件である。
「それだけでよろしいのですか?」
「それだけとは?」
「属性や爵位の話です。光属性が嫌だとか、侯爵位では嫌だとか。そう言う事はありませんか?」
ヘルムス様の言葉にワタシは首を傾げる。
「ワタシはどの属性にも忌避感はありませんし、爵位の話はむしろ相手が気にする事ではありませんか?」
「そう……ですか」
ワタシの言葉にヘルムス様は何処かホッとしたような表情を浮かべる。
「ああでも、そうですね。もしも高位の貴族の方に相手になるのであれば、ワタシは礼儀作法を学ぶ努力はしますが、それが実にならない可能性は予め考えておき、覚悟はしておいて欲しいです。どうにもならないものがあるかもしれませんから」
「なるほど。分かりました」
ただ、爵位の話で思ったが、高位貴族特有のアレコレと言うか常識の類はワタシに求めないで欲しい。
国としても、この辺はワタシに求めないで欲しい。
ワタシが確実に力を発揮できると言えるのは魔術に関する事柄だけだ。
「ミーメ嬢」
そうして此処まで話をしたところで、ヘルムス様が真剣な表情でワタシと目線を合わせ、見つめて来る。
「ミーメ嬢は私が同僚と弟子と言う立ち位置だけでなく、婚約者と言う立ち位置に立つ事を許してくださいますか?」
「はい?」
そして囁かれた言葉にワタシは思わず妙な声を漏らし、首を傾げてしまった。
けれど直ぐに考える。
ヘルムス様は……。
どうしてかワタシを師匠として仰いでいる事から考えて、闇属性に忌避感は無いだろうし、健康的で、職に就いていて、年齢もそこまでではなく、魔術の腕への嫉妬も、地位への忌避感も無いだろう。
そして、ワタシの事を四年前の時点で知っていながら、これまで四年間、ワタシは誰かにワタシの魔術を悪用された覚えがないのだから、ヘルムス様とトレガレー公爵家にはそう言う意思が無いのも読み取れる。
で、先日の建国神話の話を聞いた時に一緒に聞いた話で、ヘルムス様に婚約者が居ないと言うのもあったはず。
ついでに国視点で見た場合。
ヘルムス様は現公爵の三男だったはずなので、有象無象が口を出す事など出来やしない高位貴族となる。宮廷魔術師なので国への忠誠も問題ないのだろう。
それでいてワタシも既に見知っていて、性格に問題も無くて……。
なんなら、建国神話の話の時に、トリニティアイが女性なら自分が真っ先に配偶者の候補になると言っていて……。
あれ? 考えれば考えるほどにヘルムス様で何も問題が無いような?
あれ? でもどうしてか、何か上手く丸め込まれたような感覚がして?
あれ? なんだか頭が上手く回らなくて……いやでも、魔術の干渉はされていなくて……ヘルムス様の藍色の両目がワタシに向けられていて……いやそも、師弟で、違う、教えはしたけど弟子では無くて……何か喋らないといけないはずで……ヘルムス様自身への悪い点や不満点なんてもの特に思いつかなくて……言い訳は結局ワタシの至らない点が始点であって……えと、ワタシはどうすれば……。
「ミーメ嬢」
そう、そうだ。とにかくまずは話さなければいけない。
この状況を切り抜けられるような言葉を口にしなければ。
それは……これだ!
「か、仮の婚約で良ければ! 一先ずは仮の婚約! 周囲の目を欺くためと申しますか、色々な契約を前提とした婚約で良ければ! ワタシは……その……構い……ません……はい」
勢い込んでワタシは喋り出し、言葉はどうしてか末尾に向かうに従って萎んでいき、最後の方は小声のようになってしまった。
いやあの、どうしてワタシはこんな返事の仕方を……。
「ありがとうございます。では仮の婚約者として、これを本当の婚約に出来るように、頑張らせていただきますね。ミーメ嬢」
「は、はい。よろしくお願いします……」
この場でワタシに出来る事は、顔を隠すように俯く事だけだった。




