30:凱旋の翌日
グロリベス森林の深層でドラゴンを狩った翌日。
王城では昨日の夕方から続くドラゴンの解体作業がまだ終わっておらず、臨時のドラゴン解体場所となっている練兵場では喧騒が続いている。
そんな状態なので、今日のワタシはドラゴンの解体を手伝うか、昨日の狩りで明らかになったアレコレの報告書を書く事になるのかと思っていたのだが……。
「ミーメ嬢。ミーメ嬢の宮廷魔術師就任が決定しましたので、就任にあたって必要な手続きや書類の説明をさせてもらってもよろしいでしょうか」
「おめでとうございます。ミーメ様」
ヘルムス様の部屋に招かれて、まず言われたのがこれだった。
後、どうしてかは分からないけれど、グレイシア様も同席している。
「随分と早いですね……」
「ミーメ嬢が第二属性持ちである事は森へ行く前に明らかになっていましたので、何時かミーメ嬢が宮廷魔術師になりたいと願った時にすぐ動けるように備えていましたから。そして今回、ミーメ嬢の望みでは無かったかもしれませんが、公にはなりましたので、その備えを有効活用する事になった形ですね」
「なるほど。感謝いたします。ヘルムス様」
「合わせて、わたくしとヘルムス様の二人でミーメ様を手助けする事になりました。ミーメ様の経歴を考えての陛下のご判断ですので、受け入れていただけると幸いでございます」
「あ、はい。それは本当にありがとうございます、グレイシア様。ワタシには分からない事だらけですので」
ワタシの宮廷魔術師就任は昨日の時点で既に決まっていた事である。
だがこれほどに早く動くと言う事は……誰かを警戒していると言う事だろうか?
うん、ヘルムス様だけでなく、グレイシア様もサポートに付けてくれると言う辺りに、誰かへの警戒を感じずにはいられない。
ただワタシとしては単純に助かる配慮なので、素直に受け入れて、助けてもらうとしよう。
「さてミーメ嬢。宮廷魔術師になりますと、陛下より二つ名と言うものが授けられます。この二つ名については授ける相手の属性や得意な魔術を考慮して考えられたものとなります。が、どうしても本人が受け入れがたい言葉と言うのもありますので、事前にこれで良いかの確認もしています」
「はい」
二つ名……ヘルムス様の『船の魔術師』、グレイシア様の『凍えの魔女』のような物か。
で、今この場で、ワタシの二つ名はこれで良いのかの確認をしてくれる、と。
うん、これもまたワタシへの配慮なのだろう。
「では、ミーメ嬢に与えられる二つ名ですが……『闇軍の魔女』となります」
「闇軍……ワタシがよく使う魔術である闇人間が由来、と言う事でしょうか」
「その通りです。問題はありませんか」
「ありません」
『闇軍の魔女』か……ワタシの闇人間が十数体同時に出せるところはヘルムス様とグレイシア様には見せているし、闇人間を多用している姿だけならもっと多くの人に見せている。
そう考えたら、ワタシにピッタリの二つ名ではありそうだ。
「それでは続けて、こちらの書類に目を……」
「分かり……。多いですね……」
「手続きが色々とございますので。これでも火急の物以外は除いているくらいでございます。わたくしも手伝いますので、ミーメ様も頑張ってくださいませ」
その後暫く、ワタシはひたすらに書類に目を通し、分からないところは質問をし、サインをしていく事となった。
で、それが終わったところでだ。
「さてミーメ嬢。話はまだあります。昨日、ミーメ嬢が狩ったドラゴンについてです」
「王城の方で買い取ると言う話だったのでは?」
「ええそうですね」
続けて昨日のドラゴンについての話となる。
と言っても、ドラゴンについて何か分かったとかではなく、解体したドラゴンをどうするかと言う話だ。
ワタシが狩ったドラゴンは王城が買い取り、解体する。
その後、王城での各種用途への使用、民間や外国への売却、功労者への下賜、権威を示す為の剥製化など、様々な形で使われる。
なお、王城が提示してくれた買い取り金額は一個人が受け取るには膨大なものだったため、宮廷魔術師就任に当たって必要なアレコレの費用を此処から出すことで賄う事になっているのは、既に決まっている。
なんなら、そこまでしてもなお、まだワタシが直接受け取れるお金があると言うのだから、怖い話である。
閑話休題。
「そうして買い取ったドラゴンの素材ですが、宮廷魔術師となるミーメ嬢にも当然ながら使用する権利があります。いえ、ミーメ嬢が狩って来たドラゴンなのですから、まず第一にミーメ嬢が欲しい部位を持っていくべきとも言えます」
「そう言われましても……何に使えばいいのかなど見当もつきませんよ?」
「どのような使い方でも問題はございません。ミーメ様が受け取った部位をどう使おうとも、ミーメ様の自由ですので。ただ、報告書の作成義務はございますが」
「なるほど」
どうやらワタシは自分が狩ったドラゴンを受け取って、何かに使った方が良いらしい。
そして、どのように使ったとしても問題ないとなると……いつも通りでいいか。
「では、ドラゴンの胸辺りの肉と、最も損傷が激しい肋骨をいただきましょうか」
「そのようなもので良いのですか? ミーメ嬢が望めば、角も牙も、何なら瞳でも貰えるはずですが」
「その二つが良いのです。そうですね。肉も1キログラムもあれば十分です」
「ミーメ様。失礼ながら、何に使うのかを今ここでお聞きしても問題はございませんか?」
「問題ありませんよ。肉は焼いたり煮たりして食べるだけですし、骨はワタシの杖の強化に使えないか試すだけですから」
「「……」」
そう、本当にいつも通りの使い方だ。
ワタシは狩った獲物の肉はよほど悪い状態の物でない限りは食べてきた。
ワタシの杖は歴代の獲物たちの骨で出来ている。
それだけ出来れば、狩りの成果としては十分な部類だろう。
どうしてか肉を食べると言った瞬間から、ヘルムス様もグレイシア様も唖然とした表情を浮かべているが。
なお、当然のことながら、普段ならここに魔道具の素材に使うと言う使い方もあるのだけれど……現状のワタシは宮廷魔術師としての仕事の仕方も、求められる業務も分かっていない。
そのような状態で希少な素材を貰って、他の宮廷魔術師から要らない関心を買うくらいなら、謙虚に振る舞って他の宮廷魔術師に恩を売った方がはるかに良いと言う判断もワタシにはある。
「ドラゴンの肉ですか……。味についての言及は過去の資料にはありましたか? グレイシア嬢」
「わたくしが把握している限りではございません。四年前のドラゴンは王城が把握した時点で既に食べられない状態だったと聞いていますし、二年前のドラゴンもそのような状況ではございませんでした。そして、それ以前の記録となると……ドラゴンの討伐自体が三十年以上前だったはずでございます。なので、わたくしは知りません」
「私も同様です。ですがなるほど……今回のドラゴンなら確かに食べられそうですね。急いで関係各所に掛け合っておきましょう」
とりあえず急いで動く必要がある事は確かなのだろう。
ヘルムス様は急いで書類を書き上げると、手元の魔道具で侍従の方を呼び出して、連絡をお願いしていた。
「と、そうだ。ミーメ嬢。話の流れが流れでしたので忘れてしまいそうでしたが、希少素材倉庫の件について、ミーメ嬢の疑いは晴れたのでご安心ください。期間の問題もありますが、ドラゴンを一方的に狩れるような人間がやるような犯行では無いと言う事ですね」
「そうですか。犯人は見つかったのですか?」
「小規模の横領とすり替えをした者ならば。ただ、ドラゴンの素材の行方や二属性持ちの犯人などについてはまだまだ不明です。よって、完全に明らかになるのはまだまだ先の事になりそうですので、この件についてはミーメ嬢は出来るだけ口を噤んでいただければと思います」
「分かりました」
そう言えばその件もあったか。
ドラゴンの衝撃ですっかり忘れていたが、そもそもその件があったからこそ、ワタシはグロリベス森林へと狩りに行ったのだった。
まあ、ワタシへの疑いが晴れたのなら、一先ずはそれでいいか。
「昨日の狩りの報告書についてはまだ後で良いとして……。さて、急いでするべき話は大きな括りだと残り一つですね」
「そうでございますね」
「急いでするべき話ですか」
ドラゴンについての話はとりあえずこれで終わりらしい。
そして、どうしてだかヘルムス様は一度深呼吸をすると、真剣な顔をワタシの方に向けてから口を開く。
「ミーメ嬢。貴方に婚約の話が来ています」
「!?」
そうして発せられた言葉は衝撃的でありつつも、来て当然のものと心の奥底では納得できてしまうものだった。
11/17誤字訂正




