29:グロリベス森林からの凱旋
「お見事です。ミーメ嬢」
「ありがとうございます。ヘルムス様」
ドラゴンの生命活動が停止したことを確認したワタシはジャガーノートを解除。
それから護衛の為の闇人間を数体呼び出して周囲を警戒させつつ、ドラゴンの死体から血を抜くための魔術を行使する。
「グレイシア様。氷の魔術でドラゴンの死体の深部の方の温度を出来るだけ下げていただけますか? この巨体と火属性と言う要素を考えると、適切に処理しなければ内臓や深い所の肉が自分の熱で焼けてしまうかもしれませんので」
「かしこまりました。対処させていただきます」
加えて、グレイシア様の魔術によってドラゴンの死体の鮮度が落ちないようにしてもらう。
これで折角狩ったドラゴンが持ち帰った時には駄目になっているなんて事もないだろう。
うん、グレイシア様が居てくれて助かった。
「ミーメ様! 尾の方は放置していてよろしいのでしょうか?」
「そちらは放置で構いません。カラスたちへの報酬として渡してしまいます。経緯はともあれ、命がけでこれだけの獲物を誘導してきてくれたのですから、おこぼれにあずかる権利はあって然るべきものです。と言うより、与えないと次回が怖くなります」
「かしこまりました! では、放置させていただきます!」
騎士の一人が声を上げる。
ただ、その態度はこれまでのしっかりした態度から、さらにもう一段しっかりとしたものになっていて、正直少し堅苦しいと言うか、過剰な硬さになっている。
まあ、それはそれとして、カラスへの報酬は与えないといけない。
ニワシガラスはそう言う魔物なので、ここで報酬を与えずにタダ働きさせると、次は酷い目に遭わされる。
ワタシなら獲物と遭遇出来ないように、動物系の魔物が一目散に逃げだすように知らせを出されるとかだろうか。
うん、それをされたら、ちょっと困る。
なのでまあ、ちょっとしたサービスのつもりで、少しだけ尾の方に侵食の魔術で干渉しておき、尻尾に生えている鱗の強度を落としておく。
「さてヘルムス様。狩ったドラゴンに対してこの場でしておくべき処理は直に終わります。この後についてはどうしましょうか?」
では、これからどうするかの話を進めよう。
ドラゴンと本格的に戦い始める前に要請はしておいたのだから、ヘルムス様なら考えてくれているはずだ。
「そうですね……。まず、グロリベス森林から脱出しましょう。ランファンボアだけでなく、ドラゴンまで狩ったとなれば、成果としては既に規格外以外の何物でもありませんので」
「それはそうですね」
狩りは終了。
これは当然の事なので、否はない。
「ミーメ嬢が許してくれることが前提としてありますが、今日の成果はどちらも王城の方で買い取らせていただきたいので、どちらの獲物も王城へと運んでもらってもよろしいでしょうか?」
「事前の取り決め通りですね。問題ありません」
今日の狩りの成果が王城の物になるのは事前に決めていた事で、当然の話なので、これも否はない。
ドラゴンの素材とか、サイズが大き過ぎてワタシ一人で使い切れるわけも無いし。
あ、でも、肉はちょっと食べてみたいので、そこは後で交渉してみよう。
「王城へ運ぶとなると、王都の中を通る他ありませんね。この大きさだと……来るときに使った幌馬車では無理ですよね?」
「無理ですね。そして、当然のことながら、見た者は必ず騒ぐでしょう」
ワタシは闇人間たちを生み出すと、行きでヘルムス様の水船を運んだ時のように、ドラゴンの死体を運ばせる。
こちらの方が重いが、そこは数を増やし、速度を犠牲にすれば問題は無い。
さて問題は此処からだ。
ドラゴンの死体……特に胴体の方は、平屋ぐらいの大きさ……つまり、高さは3メートル近く、横幅も似たような物、長さに至っては10メートル近くあって、要するに非常に大きい。
そんな大きなものをこっそりと王城へと運び込むなど、当然のことながら不可能。
となれば、相応の大きさの布などで隠すか……バラバラにして持ち込むか……。
「なので、凱旋の行進にしてしまいましょう。森の入り口の小屋に着いた時点で早馬を出せば、王城の方でも最低限の準備くらいは整えられるはずです」
いっそ堂々と見せびらかしてしまうか。
どうやら、ヘルムス様は見せつける方向で進めることにしたらしい。
ならば、ワタシもそれに乗らせてもらうとしよう。
「ただミーメ嬢。その際に一つお願いが」
「なんでしょうか?」
「ミーメ嬢がトリニティアイである事だけは隠してください。これは今この場に居る他の者たちも同様です。そして、それ以外は真実をそのまま広めましょう。それが今後の事も考えると、最も円滑に事が進む動き方になるはずです」
「分かりました」
ワタシは胸元の目を隠蔽の魔術で隠し、普通に服を着ているように見せる。
ヘルムス様の言葉にグレイシア様含め、他の人たちも頷いている。
どういう思考の流れでそうなったのかは分からないが、グレイシア様たちもヘルムス様の案に乗る事にしたらしい。
「……。信じてくれるのですね。ミーメ嬢は」
「? 当然でしょう。ワタシはヘルムス様にドラゴンを狩った後のゴダゴダへの対処を考えておくように言いました。ヘルムス様はワタシの言いつけ通りに考えてくれましたし、妥当な判断だとも思いました。なら、従って当然です」
「ふふふ、そうですか。ミーメ嬢の役に立てたようで何よりです」
ヘルムス様は嬉しそうに笑っている。
「しかし、ワタシが第二属性持ちである事を隠さないとなると……ワタシは宮廷魔術師の仲間入りですか?」
「そうですね。そうなるのが自然だと思います。ですが、こればかりは仕方が無いと思います。ドラゴンの強大さは民衆であっても御伽噺の類でよく知っています。その中で私とグレイシア嬢が死力を尽くしてドラゴンを討伐したと嘘を吐くと、状況に不自然な点が多すぎますし、嘘がバレずとも後がよろしくありません」
「まあ、そうですね」
ヘルムス様の言う通り、自身が英雄であると嘘を吐くのは良くない事である。
それは四年前にワタシのドラゴンを奪ったサギッシ男爵とやらが証明している。
「それよりは、ミーメ嬢がトリニティアイである事だけ隠して、真実を広める方が受け入れて貰えるでしょう。森に慣れていた魔術師が、自身の技能と知略を尽くしてドラゴンを一方的に狩って見せた。と言う具合ですね」
「なるほど。第三属性の事を隠すのは刺激が強すぎるからですか?」
「その通りです。ミーメ嬢がトリニティアイだと知られれば、私でもどうなるかが読み切れません。国中からあらゆる方向性の有象無象が寄ってくる事だけは確かでしょうが」
「それなら、宮廷魔術師になって国と王家の庇護を受けた方が落ち着けそうですね。前例も沢山あるでしょうし」
だが第三属性について隠しておいた方が良いと言うのも、また事実なのだろう。
第三属性は建国神話にも特別な立ち位置で出てきてしまうし、そんな存在が今現れたら……まあ、宗教、貴族、婚姻、その辺りでの有象無象が寄ってくるのは、ワタシでも想像できる。
それだったら、どうせヘルムス様経由で陛下と公爵家くらいにまでは伝わるとしても、今は隠しておき、宮廷魔術師にさせてもらい、保護して貰う方がストレスはかからなくて済みそうだ。
「ちなみにミーメ嬢。宮廷魔術師になった人間は一代限りの子爵位が授けられますので、これでミーメ嬢も貴族の仲間入りになります」
「まるで嬉しくないですね……。貴族になったら、それはそれで面倒事がありそうなので」
「弟子として可能な限りの手助けはしますので安心してください」
「そうですね。よろしくお願いします」
とりあえずワタシの身分は平民から子爵にはなるらしい。
ヘルムス様が手助けをしてくれるなら……貴族になった事で起きる面倒事もたぶん何とかはなるか。
ん? なんかヘルムス様がやけに嬉しそうに……。
「弟子と認めて……ありがとうございます! 師匠!」
「えっ、ちょっ、違っ……ああー、くうぅ~……」
どうやら、ワタシが弟子である事を否定しなかった事で喜ばせてしまったらしい。
いや本当に、どうして此処まで頑なに師弟関係を認めさせようと言うのか……。
いやでも、今後もヘルムス様の御世話になる事を考えると、これくらいは認めておいた方が楽になるのか?
ううん、分からない……人生経験が足りなくて、どちらの方がよいのか分からない……。
「はぁ……とりあえず森の外ですね」
「そうですね。ミーメ嬢、此処から先は出来るだけ堂々と……。そうですね、闇人間に抱きかかえられる形で構いませんから、威厳があるように見せながらでお願いします。新たな宮廷魔術師の誕生と劇的な成果を一度にお披露目するわけですから」
「分かりました」
そうこうしている内にワタシたちはグロリベス森林の外に辿り着いた。
森の木々で遮られていた視界が開ける。
「お疲れ……さま……で……。ーーーーー~~~~~!?」
そして、当然のことながら大騒ぎになった。
グロリベス森林入口の狩猟小屋も、王都入り口の門でも、王都の中でも、それどころか王城の中ですらも。
行く先々で大騒ぎとなり、様々な言葉が発せられ、無数の視線が列の先頭を行くワタシへと突き刺さっては、更なる言葉を呼び込む。
どうしてこうなったのかはよく分かっている。
だがそれでも、この時の私の気持ちを素直に言うのならば……。
どうしてこうなった!?
やはりこの言葉になってしまうのではないかなとは思った。




