28:ジャガーノート
本日は二話更新になります。
こちらは二話目です。
「……」
鱗も目も真っ赤なドラゴンがワタシたちの方へと近づいてくる。
「ヘルムス様。ヘルムス様たちはその場で己の身を守る事に専念してください」
「逃げろとは言わないのですね、ミーメ嬢」
「ヘルムス様たちが逃げて、ドラゴンがそれを追いかけたなら、ワタシの足で追いつくのも、守るのも難しくなりますので。この場でワタシがドラゴンを狩るのを待ってもらった方が安全です」
「分かりました」
ドラゴンの移動は速い。
単純に足を使っても馬並みの速さで駆けるし、翼と魔術を用いればそれ以上だ。
つまり、この場はドラゴンが退くか死ぬかでなければ、ワタシたちは助からない。
「それと……そうですね」
ワタシはヘルムス様たちの方を向きつつ、自分の左目と胸元に手を当てて、そこに掛けてある隠蔽の魔術を解除する。
左目は赤紫色に輝き、胸元には普通の人間には無い第三の目が宝石のような輝きと共に現れる。
それと共に、隠蔽の魔術を維持していた分だけ魔力に余裕が生じる。
「ワタシがドラゴンを狩った後のゴダゴダへの対処を考えておいてください。流石にドラゴン相手に手加減や秘匿などしていられないので」
「っ!? 分かりました。お任せを、師匠」
「任せました。ヘルムス様」
ヘルムス様が返事をしたことを確認したワタシはドラゴンの方へと向き直る。
「ーーーーー~~~~~!!」
その時だった。
ドラゴンが咆哮を上げて、空気が振動し、体を揺さぶられる。
ただそれだけなのに、体の奥底から凍えるように周囲の空気が冷たくなっていく。
いや、周囲の草木に霜らしきものが生じている事を考えると、実際に熱に奪われているのかもしれない。
なるほど、カラスの言葉から想像はしていたが、どうやらこのドラゴンは火属性の中でも熱に特化していて、熱を操作・還元して吸収する事で、効率よくエネルギーと魔力を得ているらしい。
ワタシが以前狩ったドラゴンとはだいぶ生態が異なるようだが、サンプル数が足りないので、そんな物だと思っておけばいいか。
「人熱操作」
そして、相手が熱を奪ってきていると分かれば、対策は容易。
ワタシは体温を操作する事によって、体から熱を奪われるのを阻止する。
「ーーーーー!」
「闇よ、飲み込め」
ドラゴンもワタシから熱を奪えない事に気づいたのだろう。
ワタシに向かって駆けつつ、無数の火球を生成、射出してくる。
だが、最初のブレスに比べれば極めて稚拙なそれらは、闇で受け止めて飲み込んでしまえば終わりだ。
だからドラゴンの本命はこの先。
「ーーーーー!!」
そんなワタシの予測が正しい事を証明するように、ワタシから見て正面から少しだけ左側にズレた方向……火球を防御していた闇によって視界が埋まっていた側に、ドラゴンが炎を纏った前足の爪を振り降ろす直前の姿で現れる。
「来い、闇人間ども」
「ーーー!?」
が、ドラゴンが爪を振り降ろすよりも早く、無数の闇人間たちがドラゴンの足元から現れて、ドラゴンの前足を、後ろ脚を、尾を、翼を、首を、頭を掴んでいき、その動きを止めていく。
「ーーーーー!」
「……」
これで動けなくなれば楽であったのだけど……そうはならず。
ドラゴンは自分の全身に炎を纏う事で、自身に纏わりつく闇人間たちを焼き払っていく。
だが、少しでも動きが止まったならば、それでも十分。
「光り輝く時。闇もまた濃くなると知れ。闇よ、死よ、熱無き者たちよ。人の形を成して、食らいつけ」
「!?」
少しだけ時間をかけて、先ほどの闇人間よりも強力な魔術を行使する。
ドラゴンが纏った炎によって生じた濃い影を束ね、闇人間は闇人間でも骸骨の姿をした闇人間を生みだし、ドラゴンに組み付かせる。
ドラゴンはそれを炎で焼き払おうとするが、既に焼ける物がない骸骨の闇人間は焼けない。
熱を奪おうとしても、熱など持ち合わせていない。
大量の骨に組み付かれたドラゴンは、まったく動けなくなるほどではないが、その動きの大半を封じられ、特に口はブレスを吐けないように徹底的に封じる。
これで時間稼ぎは出来た。
ならば次は狩るための一撃だ。
ワタシは背負っていた杖を両手で持つと、魔術の維持を杖に任せて、詠唱を始める。
「魔術師ミーメの名において命じる。闇よ、魔よ、畏れよ、我が下へと集え」
「!?」
周囲の闇が、魔力が、恐怖心がワタシの下へと集まって来て、ワタシの魔力として還元されていき、この場をワタシにとって都合のいいように整えていく。
「来たれ来たれ我が僕。骨は人、肉は闇、血は魔で、纏うは鍵。飾るは影、死、恐怖、黒、災い、悪意、侵食に悪夢」
「これは凄まじいものでございますね……」
整った場の中で、ワタシはそれを生み出していく。
生成して、部位に合わせて変形と特化をして、互いに互いを付与しあって、強化によって一つにまとめ上げる。
要らない部分は抽出と還元によって消すことで更なる強化に繋げる。
闇が一つの形を作り上げていく。
「持つ武威は狩人、戦士、処刑人にして英雄。目指すは我が前に立ち塞がる艱難辛苦の粉砕にして突破、排除、首級」
「はははっ。流石は師匠……」
やがて現れたのは、身の丈が一般的な成人男性程度の闇人間。
ただし、全身に黒色の甲冑を身に纏い、右手には鎌とも斧とも取れる刃物を持ち、左手にはマスターキーとも称されるこの世界には存在しない物体を持っている。
「……」
ワタシは左手を上げる。
「ーーーーー~~~~~!!」
ドラゴンが開かない口で叫び声を上げ、無数の火球を放ってくる。
ワタシが生み出したそれを壊す……いや、少しでも消耗させたいのだろう。
「我が敵を撃滅せよ。『ひとのまのもの』」
だがもう遅い。
第一属性『闇』、第二属性『人間』、第三属性『万能鍵』。
そして、第一属性に目覚めた人なら誰もが持っているが故に貶められ、見過ごされる第零属性『魔力』。
四つの属性、七つの顕現を持って構築されたワタシの最大魔術は、今、操作と言う八つ目の顕現を加えることによって完成した。
「!?」
故に、ワタシの言葉と共にジャガーノートは既に駆けていた。
自身へ降り注ぐ無数の火球をすり抜けるように駆け抜けて、ドラゴンの胸元へと既に到達していた。
そして、その事にワタシ以外も辿り着いた時には……。
「ーーーーー~~~~~……!?」
ジャガーノートは逆袈裟に右手の得物を振り抜いて、強固であるはずのドラゴンの甲殻も鱗も難なく切り裂き、明らかに得物の長さ以上に深く切り裂いている。
その上で左手の得物の先を傷口へと差し込み、手元の引き金を引いて……。
黒色の大爆発をドラゴンの胸の中で引き起こして痛打を与える。
だがまだドラゴンは死んでいない。
どちらの得物による攻撃も致命傷には至っていない。
右の得物による攻撃は距離については胸元から背中の翼まで至っているが、深さが足りていない。
左の得物による攻撃は胸筋を焼き、部分的には骨すら露わとなっているが、そこで止まっている。
ドラゴンは心臓も脳も動いている。
ワタシたちを少しでも怯ませたら、直ぐに逃げ出して、傷の治療をすれば間に合う。
「惑え。袋小路で」
だって、そのようにワタシは傷を与えたのだから。
そして、ワタシの望んだ行動を選ぶように、恐怖の魔術で干渉もした。
反撃も、閃きも、逆上も許さずに、保身と言う名の行き止まりだけを残す。
「ー、ーーー!?」
だからドラゴンは逃げ出そうとする。
無理やりの身体強化で拘束する骸骨たちを引き剥がし、尾を切り飛ばされるのと引き換えにジャガーノートを足止めして、この場から飛び立とうとする。
守りを欠いた隙だらけの姿で。
「狩れ。ジャガーノート」
「ー……!?」
その隙が見逃される事はない。
尾を斬ったジャガーノートは既にドラゴンの首元で右の得物を振り抜き、その首を刎ねていた。
光差すところに影あり。
それ即ち、影は光に並ぶほど速きものであるのだから、隙など一瞬あれば十分だった。
「生命減衰……永久に眠れ」
そうして首を刎ねた上で、ワタシは宙を舞い、人でないのに唖然とした表情を浮かべていると分かるドラゴンの頭に向かって一つの魔術を行使する。
それはドラゴンの脳と骨の間にある闇へと干渉し、脳内から魔力と電気信号を除く……永眠の魔術。
頭だけになっても油断ならない一部の魔物に悪足掻きも末期も死後も許さずに、確実に死へ至らせる魔術。
「ふぅ……」
永眠の魔術がきちんと効いたのだろう。
ドラゴンは目を閉じて動かなくなり、魔術によって熱が奪われるのも止まり、放たれた炎も収まっていく。
「狩猟完了です。ヘルムス様」
そこまで確認して、ワタシはドラゴンを狩ったことを告げた。
マスターキー(マスターキー)
マスターキー(斧)
マスターキー(ショットガン)
何を言っているんだと思われるかもしれませんが、そう言う事です。
なお、この狩人は前ステップでだいたいの攻撃を避けて来るタイプの変態です。




