27:グロリベス森林での狩り
本日は二話更新となります。
こちらは一話目です。
「ヘルムス様たちはそこで一塊となって、自分たちの身を守る事に専念していてください」
「分かりました。ミーメ嬢」
ヘルムス様、グレイシア様、四人の騎士たちは一塊になって、何時でも防御の為の動きを出来るように備えている。
また、何処からなら浅層に戻れるかの確認もしっかりとしてくれている。
「始めます。闇よ、広がれ」
それを確認した上で、ワタシは一つの魔術を……『闇』属性によって周囲の草木の影を伝うように感知範囲を広げ、『人間』属性によって感知範囲内にほんの僅かにだが人間の匂いを漂わせる。
当然、他にも幾つかの工夫を凝らして、範囲内に入れば確実に嗅ぎつけるように強化も施す。
ついでに幾つかの魔術も展開して、不測の事態に備えておく。
多くの魔物にとって人間は不倶戴天の敵。
故に、この匂いを嗅ぎつければ、魔物はワタシの居場所を嗅ぎつけて、襲わずにはいられなくなる。
特定の魔物を狩りに行くなら探しに行かなければいけないが、どの魔物でもいいからと言う状況なら、これで十分だ。
『!?』
「……」
嗅ぎつけた。
四足の魔物がこちらに向かって駆け始める。
挙動からして猪。それも『肉体』属性での身体強化を行っている個体。少しずつ加速しながら、ほぼ一直線に向かってきている。
「来ました。改めて言いますが、ヘルムス様たちはそこから動かず、大人しくしていてください」
「分かり……あれは……」
「ランファンボア!? それも既に突撃態勢に入っている!?」
ワタシは猪がやってくる方向を指さしつつ、ヘルムス様たちに動かないように改めて釘をさす。
すると、騎士の一人がいきなり叫んだ。
恐らくだが、『肉体』属性の魔術で視力強化辺りをして、つい癖で報告してしまったのだろう。
まあ、念のためにこの辺りには静寂の魔術もかけておいたので、叫ばれても問題は無いのだが。
「動かないでください。分かっていますので」
ワタシの目でもしっかりと捉えられる距離にまで猪がやってくる。
猪と言っても、体高で1メートル半もある大型の猪であり、その牙は騎馬槍のように前方に向かって鋭く尖っている。正に魔物と言う猪だ。
その瞳の色は紅色で、きちんと『肉体』属性。
正式名称は騎士の叫び通りなら、ランファンボアと言うらしい。
この状況を前世知識で例えるのなら、前方にスパイクを取り付けた軽自動車か大型バイクがアクセルを思いっきり踏み込んで突っ込んできているのに近いだろうか。
ワタシの素の身体能力では、既に世を儚む事しか出来ないような状況だろう。
が、魔術を使えるならどうとでもなる。
「来い、闇人間」
ワタシは猪の目前、進路変更が間に合わない位置に腰を落とした姿勢の闇人間を出現させる。
すると当然ながら闇人間と猪は正面衝突し、その槍のような牙が腹に突き刺さる事になるわけだが……。
「ブモウ!?」
闇人間は牙が刺さった事など気にする様子もなく、猪の頭を抑え込み、掬い上げるように受け止めて、猪の後ろ脚を浮かせる。
その光景に猪は驚いている様子だが、もう遅い。
「二体目」
「!?」
二体目の闇人間が猪の後ろ脚に向かってタックルを仕掛けるように突っ込み、一体目もそれに同期して動き、猪を横倒しにする。
「三体目」
「ブ……」
そして一体目と二体目の間に、体と同じく闇で作られた真っ黒な斧を掲げた三体目の闇人間を出現させて……斧を振り降ろす。
「ーーーーー!?」
猪の首を切り離さず、されど血管と気道と食道は正確に両断。
致命傷を与える。
「吸引」
さて、首の血管が切れた以上、必然的に猪の首からは大量の血が噴き出す事になる。
この血を放置すると、他の魔物も呼び込んでしまうし、単純に気分が悪くなることもあるので、吸引に特化させた闇を生成する事で、飛び散らないように血を吸い込みつつ押し固めてしまう。
「お見事です。ミーメ嬢」
「まだですよ、ヘルムス様。獲物が完全に絶命して、最低限の下処理を済ませるまでが狩りです」
と、ここでヘルムス様が動きそうになったので止めておく。
現に、猪は手足を積極的にじたばたさせているし、『肉体』属性の魔術による身体回復を試みているようで、斬られた首を繋げようとしている。
とは言え、藻掻きの方は闇人間に任せておけば問題ないし、傷の回復についても出来ないように振り降ろした斧に色々と付与してあったのだが。
そう言う訳で、失血死した猪は程なくして動きを止めた。
で、死んだのなら最低限の処理は此処で済ませておかなければいけない。
なのでワタシは闇人間たちに猪を逆さに持たせて残りの血を排出させつつ、腹を割いて内臓を取り出し、それ以外の部位とは分けておく。
「ミーメ嬢、ランファンボアの内臓はどうされるのですか?」
「魔物の内臓は分かり易い用途がある物や高く売れる事が分かっている物以外はこの場で廃棄してしまいますね。腐敗が早いので取り扱いが難しく、薬は素人が適当に作って良い物ではありませんし、食べるのが危険な部位も少なくないですから」
「なるほど。グレイシア嬢」
「はい。ミーメ様、もしよろしければ、わたくしの方で冷凍保存をしておいてもよろしいでしょうか? 貴重な資料になると思いますので」
「……。まあ、この個体なら構いません」
どうやらワタシにとっては必要のない部位であっても、宮廷魔術師……いや、王城の人間にとってはそうでもないらしい。
闇人間がグレイシア様の前に猪の内臓を持っていくと、グレイシア様は部位ごとに凍結の魔術を使って凍らせていく。
そして、凍った内臓を折り畳み式のケースに入れて、保存していく。
「しかしミーメ嬢。圧倒的な早業でしたね。何をしたのか詳しく伺っても?」
「詳しくも何も見たままです。相手が回避できない瞬間と場所を狙って壁を出し、最低限の攻撃で最大限の戦果を上げられるようにした。ワタシが考え、実行できる範疇での理想的な狩猟と言うものです。これを一人で何度も出来るのはワタシだからこそですが、何人かで組めば他の方々でも問題なく出来ると思います」
「なるほど。ミーメ嬢にしてみれば、その程度と言うわけですね」
ワタシはヘルムス様に対して若干不満げな顔を見せる。
流石にこれが出来ないとは言わせないぞ。
もしも出来ないと言うのなら、単純に練度、事前の話し合い、度胸が不足しているだけだ。
「カアッ」
「……」
「おや?」
と、ここで不意にカラスの鳴き声が森の中に響き、近くの木の枝に留まる姿を一羽がわざわざ見せて来る。
ああうん、やって来たか。
「ヘルムス様。それに他の方々も。あのカラスには絶対に攻撃しないように」
「ミーメ嬢、アレも魔物では?」
「魔物ですが、協力の余地のある魔物です。詳細はまた後で話しますが、敵対すると碌でもない事になるので、今はとにかくワタシの指示に従ってください」
「……。分かりました」
ワタシは急いでヘルムス様たちに警告を飛ばすと、周囲を警戒する。
今すぐこちらに駆け寄ってくる大型の魔物は居ないが、近くの木の枝に居るものも含めて、数羽のカラスが近くにやって来て、こちらを観察しているようだ。
「さて、何の用ですか? この猪の内臓なら渡しませんよ」
「カァカァ」
「違う? ……。ヘルムス様、周囲への警戒を強めておいてください」
「……。分かりました」
このカラスたち……ワタシはニワシガラスと呼んでいるこの魔物たちは、戦闘能力こそ低いが、非常に賢い魔物だ。
それこそ、森を独占して荒らす魔物に、他の魔物をぶつけて潰し合わせ、負けた方の死肉を喰らう。
底なし沼や崖のある方へと魔物を誘導して殺す。
他種の生物を個体レベルで見極め、友好的な個体には協力して、敵対的な個体を殺させておこぼれを貰う。
人の言葉を部分的にとは言え理解して、交渉すら行ってみせる。
便利で有益であると同時に、敵対はしたくない。グロリベス森林深層の庭師、それが彼らである。
なお、ワタシが把握している限りでは、雑食ではあるものの植物食に寄った生態らしく、人間を反撃や報復以外で積極的に襲う姿を見た覚えはない魔物である。
さて、それで今の状況だ。
このカラスはどうやら猪の内臓目当てで来たわけではないらしい。
了承なら一回鳴け、拒否なら二回鳴け、と言うのは、以前の交渉でワタシが教えたものなので。
「……。緊急ならワタシの腕に留まって」
「カァッ!」
ワタシが腕を差し出すと、カラスが勢いよく飛んできて留まる。
なるほど、緊急事態が起きているらしい。
ちなみにこの光景をヘルムス様は感動した様子で、グレイシア様は興味深いものを見る目で、騎士たちは信じられない物を見る目で見ている。
うん、想像通りの反応だ。
「緊急なら使うか。汝に一時、言の葉を授けよう」
ワタシは『人間』属性の中でも言語を操る能力に特化させた魔力をカラスに付与する。
カラスの方もワタシが意図していることが分かっているからか、黒色の瞳をこちらに向けつつ素直に受け入れる。
これで、柔軟にとはいかないが、こちらへ情報を伝えやすいはずだ。
「それで用件は?」
「外ノ外 恐イノガ 中ヘ 来タ 森ヲ 焼ク 獣ヲ 殺ス 食ベナイ」
どうやらグロリベス森林の外から何かが……恐らくは強大な魔物がやって来たらしい。
そしてそいつは、森を焼き、獣を殺すのに、食べないらしい。
となると、周囲の魔力や自身の属性に関係するものを直接吸収して自分のエネルギーに変えるタイプの魔物か。
還元を使いこなしているとなると、魔物としてはかなり高位の魔物になりそうだ。
「怖イノ、森ヲ 殺ス 怖イノ 殺ス 招ク コチラヘ 狩レ 役目 果タセ」
で、そいつがこのままグロリベス森林に居ると森にとって良くないから、ワタシに狩れ、と。
なんなら、既にこちらへと誘導し始めている、と。
ちなみに命令口調なのはワタシの魔術の限界であって、実態としては懇願に近い。
数と知識が頼みな弱い魔物なのに、誘導と言う命がけの行為をやっているのだから、ただで済むわけがないのだ。
「分かった。ヘルムス様、緊急事態です。ヘルムス様たちは直ぐに……」
とは言え、今日のワタシはヘルムス様たちを連れてきている。
なのでまず優先するべきはヘルムス様たちの安全と思い、声をかけようとした。
「カアッ!」
「っ!? これは……」
「「「!?」」」
だがその前に状況が動く。
動いてしまった。
発信源はワタシの感知範囲の外であるのに、魔力の高まりと強烈な赤の輝きが届く。
「防御します! 水よ! 船底よ! 壁となりて我らを守れ! 『アクアガレオンボトム』!」
「合わせます。氷よ、壁となりて我らを守れ。『アイスウォール』!」
「「「うおおおおおっ!」」」
「炎よ! その庇護を我らに! 『レジストファイア』!」
迫ってくるのは強烈な炎。
途上にある木を焼き、岩を溶かして迫りくるそれを目にして、ヘルムス様たちは咄嗟に動いていた。
炎に近い側から順に大量の水による防壁、氷による防壁、身体強化を施した騎士たちの体を張った盾、熱変化に対する防御を張っていく。
だがそれでは足りない。
耐えられるが、半死半生のような状態で耐えることになる。
それだけの熱量がワタシたちに迫って来ていた。
だからワタシが動く。
「闇よ。森羅飲み込む顎となりて食らいつき、封ずる箱となれ」
「「「!?」」」
地面から現れた巨大な闇が口となって炎も、水も、氷も飲み込んで、吸い込んで、丸々と太った上で鍵が回されて錠が閉じ、そのまま消え去っていく。
その光景にヘルムス様たちが非常に驚いた姿を見せているが……そんなのはもはやどうでもよかった。
それよりもワタシが気にしなければいけないのは、炎の発信源。
「さて、本当に緊急事態ですね」
ワタシの目は『人間』属性の魔術によって強化されて、遠くに居る一体の魔物の姿を捉える。
それは全身を赤い鱗に覆われていた。
それは角と翼、長い首と長い尾を持っていた。
それは口から炎を漏らしつつ、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
それには人の間で畏怖と共に呼ばれている名がある。
その名を……ドラゴンと言う。
「こうなれば狩る他ないですが」
かつてワタシがこの森で狩った物とは別のドラゴンではあるが、因縁深い相手がワタシたちの前に姿を現した。




