25:グロリベス森林の境界へ
「さて、此処からは森の中に入り、ミーメ嬢の普段の狩りの様子を見せていただくわけですが……此処で一つ知らせがあります。昨日ミーメ嬢と打ち合わせをしている時に発覚したのですが、普通に森の中を移動していたのでは、ミーメ嬢が普段使っている狩場まで行って帰って来る事が出来ません」
「「「……」」」
ヘルムス様が騎士たちとグレイシア様の前に立って話を始める。
その間にワタシは自分にパッシブの防御として掛けている魔術を更新すると共に、この場から探れる範囲で森の中を探っていく。
うん、とりあえずだが……距離があっても分かるような異常は起きていなさそうだ。
「そういう訳ですのでミーメ嬢。ミーメ嬢が普段使っている移動手段をまずは見せてください」
「分かりました。ヘルムス様」
と、ヘルムス様に声をかけられたので、ワタシも騎士たちの方に向き直る。
「来い、移動用闇人間」
そして、普段使っている闇人間よりも短足になり、腹が膨れ、首のくびれが無くなったものを出現させると、その腹の部分に自分の体を収めて、闇人間の胸元辺りから顔だけを外に出したような状態になる。
「これがワタシが森の中で普段使っている移動手段ですね。魔物が突っ込んでこようが、予期せぬ位置に障害物があってぶつかろうが、表面の闇が防御してくれるので中に居るワタシには攻撃が届かない。そして移動速度は……まあ、後でお見せするので、その時に知ってもらえばいいでしょう」
「なるほど。流石はミーメ嬢。素晴らしい魔術をお持ちですね。私も是非体験してみたいところです」
「「「……」」」
ワタシの言葉にヘルムス様は興味津々の様子を示している。
が、そんなヘルムス様に対して、グレイシア様も騎士たちも、命令ならば受け入れるけれど、出来れば別の手段を採って欲しいと言う顔をしている。
うん、グレイシア様たちの反応の方が正常だとワタシは思う。
なにせこの状態はワタシの魔術に全身が包まれている状態であり、首元にナイフの刃を沿わされている状態と言っても過言ではないのだ。
ワタシとグレイシア様たちが初対面である事、闇属性に対する忌避感、見た目の圧倒的なダサさと言うかギャグの空気。そう言ったものを抜きにしても、拒否する方が妥当であり、反論するほどの反対の意思を見せていない時点でグレイシア様たちはこちらへかなり寄り添ってくれているぐらい。
ならば、この闇人間が前世知識でいう所のパワードスーツや乗り込み型ロボットのような強力な物ではあるけれど、グレイシア様たちの気持ちに応える形で、別の案を進めるとしよう。
「ヘルムス様」
「……。致し方ありませんね。ならば、もう一つの案で行きましょう。こちらはこちらで、ミーメ嬢に私の魔術を見せる機会なので、否はありませんしね。では……」
と言うわけで、ワタシ自身の希望もあってプランB。
ヘルムス様が杖を手に持って、森の外、何もない平原部分に杖の先を向ける。
「水よ。水よ。浩々と湧き出して、船の形を為せ。我らを乗せて運ぶ船となれ。『アクアガレオン』!」
ヘルムス様の詠唱と共に大量の水が杖の先端から放たれる。
放たれた水は地面に吸い込まれず、大気に霧散せず、空中で渦を巻き、やがて帆を持たない十人ほどの人間が乗れる大きさの船の形になる。
そして、その状態で地面に着き、少しだけ地面に半透明の船体を沈めて、動きを止めた。
「それではミーメ嬢以外の皆さん、乗ってください」
「承知いたしました」
ヘルムス様が出現させた半透明な水の船にグレイシア様たちが乗り込んでいく。
そうして全員乗り込んだところで。
「ミーメ嬢」
「はい、分かっています。来い、闇人間たち」
「「「!?」」」
ワタシは闇人間を12体、船の周りに出現させて、持ち上げさせる。
うん、重量に問題は無し。
動作の同期、ルート取り、闇人間の接触対象の設定にも問題なし。
最後に防御周りも再確認して……問題なし。
「では、出発します。ヘルムス様」
「ええ、よろしくお願いします。ミーメ嬢」
ワタシが入っている闇人間が走り始める。
一歩、二歩と地面を蹴る度に加速して、その見た目からは想像もつかないような速さ……馬並みの速さで以って駆け始める。
「なっ!?」
「は、はやっ、速い!?」
「う、馬が全力で走るくらいの速さだぞ!?」
「森の中をこんな速さで動くだなんて木に当たったら……!?」
「はははははっ! 本当にミーメ嬢は流石ですね!」
「なるほど。これは凄まじいものでございますね」
そして、森の中を駆けて行くワタシを追いかけるように、船を持った闇人間たちも同じような速さで走り始める。
ただし、速さよりも安全を優先。
船が揺れたり角度が付き過ぎたりしないように細心の注意を払うし、木々にもぶつからないようにする。
「しかしミーメ嬢は一体どうやってこの速さを維持しているのか……。此処から見る限り、ミーメ嬢の生み出した闇人間たちの脚がぶつかり合っているように見えるのですが……」
「そうですね。揺れないのは腕を適宜伸び縮みさせることで持ち手の高さを変えず、維持しているからと理解が及びます。しかし、明らかにぶつかっているのにぶつかっていないのは分かりませんね」
と、船の中でヘルムス様とグレイシア様が疑問を浮かべているな。
じゃあ、今は安全だし答えるか。
と言うわけで、闇人間の一体に口を作って、喋らせる。
「そんな物、単純に闇人間同士はぶつからないように設定しただけです。闇には実体など本来は存在しないのですから」
「師匠!?」
「喋った!?」
「喋らせる事くらい出来ますよ。事前に作っておけば、人間が持つ機能はだいたい模倣できますね」
「なるほど。流石はししょ……ミーメ嬢」
「……」
驚かせてしまったらしい。
ヘルムス様は納得した顔をしているが、グレイシア様は信じられないような物を見る目をしている。
だが、実態を持たせられるのだから、『人間』の属性を利用して肺、声帯、口と言った部分を模倣すれば、これくらいは出来て当然である。
「魔物が近づいてこない」
「当たり前だろ。こんな大きな物がこんな速さで動いているんだぞ。俺が魔物だったら逃げる」
「そりゃあそうだ。いやしかし、風属性でもないのに、こんな速さで走れるのか」
「魔術の練度が違うってのはこう言う事か……」
騎士たちの声も聞こえてきたが……質問ではなさそうなので、スルーしていいか。
ただ、心の中で言わせてもらうのなら、馬並みの速度を出すだけなら、大抵の属性で可能な行為だ。
『火』なら爆風を上手く浴びる事で、『水』なら水流に乗れば、『土』なら自分が立つ地面を動かせば、『肉体』なら純粋な身体強化を重ねる事で、相応の速さは出せるはず。
他の属性でも何かしらの方法はあるはずで、本当にどうにもならないのは第一属性だと『金属』と『精神』くらいでは無いだろうか。
そして、その二つにしても、ワタシが思いつかないだけで何かしらの手段はあるかもしれない。
結局は、筋道を立てられるかどうかなのだ。
「と、そろそろ目的地に着くので減速を始めます。ヘルムス様たちは一応備えておいてください」
「分かりました」
森の中を走る事およそ十分。
目標とする物が見えてきたので、ワタシは速さを緩めていく。
合わせてヘルムス様の船を持つ闇人間たちも減速。
やがて、ワタシも船も停止して、木々の間に立つ。
「魔術を解除します。濡れないようにしますが、着地に気を付けるように。解除」
ヘルムス様が水の船を消す。
ワタシも移動用含めて、闇人間たちを消して、自分の足で地面に立つ。
「さてミーメ嬢。昨日の打ち合わせで言っていましたね。この先には少々問題があるが、説明が難しいので、現物を見て貰った方が早い、と」
「そうですね。そう言った意図の言葉を発した覚えはあります」
騎士たちは直ぐに周囲を警戒し始める。
グレイシア様も周りを警戒している。
ヘルムス様もワタシに話しかけつつも、周囲を気にしている。
ワタシはこの辺りに脅威になるような魔物が居ないのは分かっているので、そこまで気は張っていない。
むしろ、この先にあるアレを上手く説明できるかの方が不安だ。
「私が見た限りでは異常など見受けられませんが?」
「そうですね。少し見ただけでは分かりづらいと思います。ですので、まずはこれを」
「縄でございますか?」
「ええそうです」
ワタシはヘルムス様とグレイシア様のそれぞれに縄の片端を渡す。
縄の長さは十分にあり、強度もしっかりとしたものだ。
「都合よくワタシ以外が合わせて六人なので、三人ずつに分かれましょうか。そして、あの木の向こう側に左右から回り込み、半周したら縄を辿って戻ってきてください。それでこの先に異常がある事だけは分かります」
「分かりました」
「かしこまりました」
ヘルムス様も、グレイシア様も、騎士たちも不思議に思いつつも、ワタシの指示通りに動き始めてくれる。
そうして六人の姿が、ワタシの指示した木の向こう側に消え去って……。
それから直ぐに六人全員があり得ない物を見た……いや、あるべきものが見えなかったと言う表情をしながら、早足で帰って来たのだった。
「ミーメ嬢。これは……」
ワタシはヘルムス様の言葉を手で制すと口を開く。
「単刀直入に言います。グロリベス森林の中でもこの辺りは空間がおかしくなっているようなのです」
そして、答えを口にした。
ミーメin闇人間の見た目はアモ〇グアスやフォ〇ルガイズのキャラの胸元から、顔だけ見えている光景を思い浮かべて貰えると分かり易いかもしれません。
完全にギャグですね。




