24:グロリベス森林へ
「……」
朝の四時。
今日はグロリベス森林へ行き、ワタシの狩りをヘルムス様に見せると言う事で、朝の五時には王城内の馬車乗り場へ集合する事になっていた。
なので予定通りに目を覚ましたワタシは手早く身支度を整えていく。
と言っても、身に付ける服は耐久性も含めた質の良さから王城の制服のまま。
そこに魔物の骨で作った杖を背負い、魔道具の人形を幾つか腰に提げる。
闇人間に持たせるバッグの中身も昨夜の内に準備しておき、今軽く確認したので問題なし。
この部屋に置いてある念のための備えも異常は無い。
後は左目と胸の目に掛けてある隠蔽の魔術を入念かけ直して……うん、この場で出来る準備はこれで完了だ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「……」
現在時刻は四時半頃。
女子寮を後にしたワタシが馬車乗り場へ行くと、既に幌馬車が用意され、馬車の御者さんと馬が若干眠そうにしつつ佇んでいた。
なので挨拶をしたところ、片手を軽く上げて返事をしてくれる。
それから幌馬車の前で待っていると、森の中、対魔物に合わせた急所にだけ金属を使う事で高い水準で機動性と防御力を併せ持った防具を身に着けた騎士が四人、幌馬車へやって来る。
目の色が紅二人に、桃一人に、赤一人なので、肉体属性が三人に火属性が一人と言う組み合わせのようだ。
そして、ワタシも含めて軽く挨拶を交わしてから、更に待つ。
なるほど、平民や闇属性と言う理由で馬鹿にする人たちではないらしい。
どうやらヘルムス様はちゃんと選んでくれたようだ。
「おはようございます。ミーメ嬢」
「……」
そうして朝五時になる三分前くらいのところで、ヘルムス様と見知らぬ女性魔術師が姿を現す。
ヘルムス様はオールのような形をした杖を背負い、見るからに魔術師なローブを身に着けた姿で、他に荷物はない。
とても嬉しそうで、元気いっぱいと言う空気だが、森に着くまでに落ち着かなかったら釘を刺した方が良いかもしれない。
対する女性魔術師は短い杖を腰に差し、魔術師のローブを身に着けていて、水色の右目が示す氷属性そのもののように落ち着いた雰囲気を醸し出している。
ただ、それらよりもワタシの目を惹いたのは、女性の左目が緻密な装飾が施された眼帯で覆われている事だ。
目の色が使える魔術の属性に直結するこの世界において、医療用ではない眼帯を着用している事は、何か疚しい事があるのではないかと疎まれがちな行為であるので、女性の姿は非常に珍しい格好と言える。
で、それを認識した上で改めて知覚したワタシの魔術の感覚では、女性の周囲の魔力に闇に近しい何かを感じている。
どうやらこの女性の第二属性は闇に近しい何かであり、だからこそ隠しているらしい。
「おはようございます。ヘルムス様」
と、此処まで察するのに一秒未満。
ワタシは女性から意識を外して、ヘルムス様の挨拶に応える。
「では全員、まずは馬車へ乗り込みましょう。グロリベス森林までの道中に必要な説明と自己紹介はします」
「分かりました」
ワタシたちはヘルムス様の言葉に従って幌馬車へと乗り込み、各自適当に腰掛けていく。
なお、ワタシは腰の下に闇属性魔術で作ったクッションを敷いておく。
この手の馬車は良く揺れると相場が決まっているので。
ヘルムス様も似たようなクッションを水属性魔術で使って敷いている。
女性魔術師と騎士たちは馬車に予め準備されていたらしいクッションが配られて、それに座った。
そうして、ワタシたち全員の着席を確認したところで幌馬車がゆっくりと動き始める。
「それではまず目的から話しましょう。今日の目的は此処に居るミーメ嬢がグロリベス森林で普段行っていた狩りを我々に見せる事です。ミーメ嬢の狩りや説明から何を学ぶかは各自次第ですが、出来る限りの学びと狩りの成果を得て帰れるように頑張るとしましょう」
で、ヘルムス様の説明が始まったわけだが……。
「ヘルムス様」
「なんでしょうか、ミーメ嬢」
「まず第一に優先するべき事は安全です。それを忘れないでください。ワタシたちが行くのは魔境です。魔境で行われるのは命のやり取りです。あまりに浮かれているようなら、安全を確保するのもワタシの役目である以上、ヘルムス様を森の中へ連れていく事は出来なくなります。分かっていますか?」
「……。すぅー……ふぅー……分かっているので大丈夫です。ミーメ嬢」
声が明らかに浮ついていたので、流石に釘を刺させてもらった。
狩りを見せないと言う言葉は、ワタシの事を師匠と慕うヘルムス様にはよく効くと思っての発言だったのだが、きちんと効いたようで何よりである。
「他の方にも先に告げておきますが、魔境の中では何が起きるか分かりません。なので、ワタシから離れない事、ワタシの指示を聞く事、この二つは徹底するようにお願いします。そして、疑問や質問に答えられるのは安全が確保されている状況でのみと言うのも、知っておいてください。もしもワタシが何かを問われても答えなかったなら、その時は既に何かが差し迫っていると考えて、警戒をお願いします」
「「「……」」」
多少、語気が強めとなってしまったようにも思えるが、流れで注意事項も伝えておく。
ただ、語気が強かったからこそなのか、ワタシの外見から侮るような事もなく、騎士の人たちも女性魔術師も真剣な顔で頷いてくれる。
よかった、これで反発されるようなら、安全の為にもその人物は森の中へ連れていけないところだった。
「さて、説明の順番が変わってしまいましたが、日程の説明もしましょう。我々はこのまま幌馬車に乗って王都の外へ移動し、グロリベス森林の入り口までは馬車です。入り口で少し休憩してから……」
ヘルムス様が日程の説明を始める。
その間に幌馬車は貴族街を進んでいる。
流石に朝早いので、どこの貴族の屋敷もまだ静かだ。
「では続けて自己紹介を。私は宮廷魔術師ヘルムス・フォン・トレガレー。属性は『水』と『船』。『船の魔術師』の二つ名を戴いております。今日一日、どうかよろしくお願いします」
貴族街を抜けて平民街に入ったところで、ヘルムス様の自己紹介が行われる。
と言っても、この場に居る全員がヘルムス様の事は知っているはずなので、これは、どう名乗ればいいのかをこの場に居る面々に示した形となる。
そして、ヘルムス様に続く形で四人の騎士が名乗り……次は見知らぬ女性魔術師の番。
「わたくしは『凍えの魔女』グレイシア・フォン・イーリィでございます。属性は『氷』と『不安』。ヘルムス様と同じく宮廷魔術師となります。左目につきましては、少々見た目がよろしくないので隠しておりますが、魔術の行使などに支障はございませんので、ご安心くださいませ」
そう言うとグレイシア様は小さく頭を下げる。
なるほど、『不安』か。
それならば闇属性に近いとワタシの感覚が訴えた事も、眼帯で隠している事にも納得がいく。
詳細は分からないが、闇属性に近いだけでも嫌がる人は嫌がるだろうし、瞳孔や虹彩に色の変化以上の何かが起きているのなら隠したくなるのも分かる。
そうでなくとも、『不安』と言う属性名称は不安で仕方がない物だろう。
当人にとっても、周囲にとっても。
うん、第二属性はどんな属性が目覚めるか分からないから、本人が望まないような属性に目覚めてしまう可能性もある。
それは、頭の中では分かっていた。
だが、今ここで実例に遭遇するとは思っていなかった。
とは言え、何も言われていない内から手助けをしようとしたり、哀れんだり、心配したりするのもまた失礼な事。
ワタシに出来るのは、普通に接する事だろう。
では最後はワタシだ。
「ワタシはミーメと申します。平民ですので姓はございません。属性は『闇』になります。今日は一日、どうかよろしくお願いします」
ワタシは普通に自己紹介をした。
ただ、第三属性『万能鍵』の事は勿論の事、第二属性『人間』についても隠しておく。
これまでずっと隠してきたので、初対面の相手に話す気は今更起きないのだ。
「さて、平民街を抜けるまでもう暫く。朝食の携帯食料でも食べつつ、後は適当に雑談をするなどして、到着まで気楽に過ごすとしましょうか」
その後、幌馬車の中でワタシたちは食事を摂り、それからは平民街を抜けて、王都を囲う立派な城壁の向こう側に出るまでは騎士たち四人の取り留めもない会話を聞きながら過ごした。
そうして馬車は城門を抜け、王都の外に出る。
王都の外には他の街や村へと繋がる街道と丈の短い草を中心に生え揃った草原が広がっているのだが、その二つを分けるように高さ1メートルに満たないくらいの土の壁が立っている。
この土の壁は街道を示すものであると同時に、弱い魔物が街道に出て来ないようにするための物となる。
が、今回ワタシたちが向かうのは街道の先にある場所ではなく、草原を部分を越えた先にあるグロリベス森林。
と言うわけで、馬車は城門前に自然と出来上がった広場の時点で街道を外れて、半ば獣道のような道を通り、少し遠くに見えている森へと近づいていく。
「ヘルムス様。それに他の方々も。グロリベス森林の入り口に着きました」
「ありがとう。では、全員降りましょうか」
こうして移動する事、およそ三時間。
魔物に襲われる事もなく、ワタシたちはグロリベス森林前の狩人小屋に着いたのだった。




