23:宮廷魔術師の集い ※
今回はヘルムス視点となっております。
ご注意ください。
夜。
私は王城内にある、とある部屋の前に立っていた。
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
部屋の中からはいつものように騒がしい宴会のような声が響き、扉の隙間からは酒の匂いが漏れ出てきている。
さて今日は本物なのか偽物なのか……流石に今の王城内の状況で本物とは思いたくないが、本物であるのなら報告を明日以降に回してしまいたいところではある。
では、確かめるためにも先に進むとしよう。
「ヘルムスです。報告に参りました」
「入っていいぞ~。ヘルムス君~」
「失礼します」
私は扉を叩き、中から部屋の主の酔っぱらったような返事があってから扉を開いて中に入る。
「さて、報告と聞いたが~。どんな報告だ~?」
部屋の中に入って見えたのは、透明な液体の注がれた杯を突き合わせ、赤顔で笑い声を上げる男女の群れ。
机の上には燻製肉などの酒のつまみがこれでもかと置かれ、空気には酒精の匂いが混ざっている。
色とりどりの瞳が楽し気に揺れ動く様も含めて、この場は誰がどう見ても酒が入った宴会の様相である。
尤も……。
「話してくれ。ヘルムス君」
部屋の扉が閉まると同時に、全員の顔は素面に戻ったのだが。
どうやら今日はフリだったらしい。
まあ、流石に希少素材倉庫の件で騒がしくなっている中、本当に酒を飲んでいる訳がない。
この部屋が酒臭いのは宮廷魔術師長の趣味と魔術の都合でいつもの事であるし。
つまり、部屋の外に漏れ出ていたアレコレは、王城内に潜んでいる犯罪者を油断させるための演技であったと言う事だ。
「ミーメ嬢の件です。王城へ不定期に……いえ、なんなら王都に居住する貴族が食べていた魔物の肉の一部がミーメ嬢が卸していた疑いが出てきました」
「ほう。それはそれは……既に採用しない理由なんて無いと思っていたのだが、更に理由が重なるとは。う~む。今からでも宮廷魔術師長の座を明け渡せないものだろうか」
「駄目に決まっているでしょうが。酔っているんですか? 宮廷魔術師長」
「今日はまだ一杯しか飲んどらんよ」
前言撤回。宮廷魔術師長は酒を飲んでいたらしい。
職務中に飲むなと言いたいところだが、宮廷魔術師長の場合は飲むのも仕事の場合があるから批判しづらい。
「そして座を渡したいのは本音だ。なんならヘルムス君が吾輩の代わりに今すぐにでも座ってくれても構わんのだが……」
「私ではまだ経験不足です。後二十年ほどは待っていただきたい」
「い~や~だ~。どいつもコイツも吾輩に面倒事を押し付けて~……。吾輩だって、趣味と研究に没頭したいのに~……」
「……」
周囲の宮廷魔術師たちから宮廷魔術師長へと冷ややかな目が向けられる。
そう、困った事に、この部下たちの眼前で駄々をこねている、少し色合いが違う赤の両目を持ったおっさんこそが、宮廷魔術師たちの長であり、王城の魔術を統べる重要人物なのだ。
その名を『赤顔の魔術師』ジョーリィ・ウインスキーと言う。
そして、駄々をこねる姿とは裏腹に、その実力は研究面・解析面において宮廷魔術師たちで一番であり、戦闘面でも私以上。
政治面の能力も高く、だからこそ陛下から宮廷魔術師長に任命されている人物である。
まあ、戦闘面に限った話をすれば、師匠の方が圧倒的に上なのは言うまでもないのだが。
「はぁ……こちらがミーメ嬢がグロリベス森林で狩っていたと思われる魔物の一例です」
「ん。分かった。拝見させてもらおう。ほ~……これは中々……他の皆も見てみろ」
私が宮廷魔術師長に渡した資料が、部屋の中に居る他の宮廷魔術師たちの手に渡って回し読みされていく。
彼ら彼女らの目はその殆どが左右で異なる色をしていて、中には瞳孔の形が円でない物や二つある物も居る。
宮廷魔術師長も左右で僅かながらに色が違っている。
この光景を見ていると、両目で色の違いがない自分が異質に覚えて仕方がない。
いや実際、異質ではあるのだろう。
此処に居る宮廷魔術師たちだけでなくミーメ嬢も含めて、多くの第二属性持ちは自力でそこへ辿り着いた。
対して私は師匠に導かれる形で第二属性を得た。
ただの偶然であるのかもしれないが、もしかしたら属性の顕現方法の一部が秘匿されていたのは……。
「コイツは凄いな! クラウンベア! ランファンボア! シザーラビット! 俺には名前すら聞いたことがない奴まで居るぞ!」
「なるほど。グロリベス森林に生息していると思われているものの、その詳細な生息地までは知られていなかった魔物たちですか……」
「は? 魚にウナギにって、あの森の中に大規模な湖や沼があったか? え、どうなってんだこれは……」
「マンドラゴラ! マンドラゴラちゃんじゃないですか~! ミーメちゃん、知っているのなら教えてくれてもよかったのに~!!」
と、今はそれどころではないか。
師匠が卸した覚えのある魔物の外見と、王城にある魔物の図鑑、それを突き合わせて特徴が一致した物の名前を記した物。
それが私の出した資料の中身である。
「は~……あの知識検査の時点で分かってましたけど~。やっぱりミーメちゃんは欲しいですね~。あの子の知識があるだけでも~。王国の技術がどれだけ進むか分かったものではないですよ~」
「うんうん。ユフィの言う通りだね~。大丈夫だよ~。これだけの魔術の実力に、魔道具も作れて、礼儀作法も失礼不快は避けている。人格面にも問題なし。そんな子を迎え入れないとか、あり得ないから大丈夫だよ」
「本当ですか~! ありがとうございます~アナタ~」
「ふふふふふ~」
ユフィール様と宮廷魔術師長がいちゃついている点については気にしない。
いつもの事だからだ。
結婚して25年ちょっとらしいが、ずっとこの様子らしい。
「何だったら最初から宮廷魔術師として迎え入れてもいいぐらいなんだけど……。ヘルムス君、その辺りは?」
「ミーメ嬢の第二属性については明かしてもらえました。瞳の色は赤紫色、名称は『人間』だそうです。ただ、宮廷魔術師になる気はまだないようです。恐らくはやっかみの類を気にしているのかと」
「なるほどねー。うーん、準備だけはしておこうか。宮廷魔術師になった方が色々と楽なのは、吾輩たちの経験上、分かっている事だからね。その上でまだ宮廷魔術師になる気が無いと言うのなら……まあ、囮として少し頑張ってもらおうかな。王城に要らない人間の炙り出しが彼女のおかげで捗って仕方がないのが現状だからねぇ」
師匠を利用する、か。
「宮廷魔術師長。加減を見誤る事の無いように気を付けてください。ミーメ嬢がその気になれば、私たちの誰も彼女の行方を知る事も出来ず、敵対すれば一蹴されるだけなので」
弟子として釘を刺しておくべきだな。
師匠ならば、どんな敵が来てもちょっと面倒そうにした後、適当に叩き伏せてお終いだろうけど、それは心労をかけていい事にはならない。
そして、師匠と敵対した時に負けるのは師匠ではなく、グロリアブレイド王国と言う国そのものだ。
なにせ、師匠が本気で隠蔽の魔術を行使すれば宮廷魔術師長でも気づけない事は、とある朝食の席で師匠の隣に宮廷魔術師長が座って気づかなかった事で既に証明されている。
それほどの隠蔽が出来てしまうのなら、追う事も詰める事も出来ない。
それでいて戦闘能力は神話のそれが想定され、ドラゴンの単騎討伐と言う実績も証明こそ出来ないが成し遂げている。
これほどの物が揃っている相手に勝ち目などあるはずがないのだから。
「そこは分かっているとも。彼女の魔術の出力は明らかにおかしい。そんな相手と敵対しようだなんて吾輩は思わないよ。まあ、仮に敵対してしまったら、吾輩の首一つで済むようにするぐらいの努力はするし、敵対する事がないようにヘルムス君には頑張ってもらいたいところなのだけど」
「努力はします。ミーメ嬢と仲良くしたいのは私にとってもそうなので」
「頑張ってくれよーヘルムス君。もしも彼女が本当にそうで、それが表沙汰になったのなら、その時に彼女を守れるのは弟子である君だろうからさ」
「心得ています」
宮廷魔術師長も、何ならこの場に居る他の宮廷魔術師たちも、師匠の魔術の出力がおかしい事には気づいている。
第二属性持ち、これまでにない魔術の顕現方法だけでは、師匠の魔術に説明が付かない事を分かっている。
その上で、宮廷魔術師たちは師匠の味方をする事を決めてくれている。
国を守るため、繁栄させるためにどちらの味方をするべきなのかは明らかだからだ。
「さて、ヘルムス君。実はこちらからも一つ情報がある。明日、王城の外に出る君も知っておいて欲しい」
「情報ですか?」
宮廷魔術師長が一枚の報告書を手渡してくる。
どうやら王都の東、グレンストア公爵領の物見からの報告であるらしい。
日付は一日前。
内容は……。
公爵領上空をドラゴンと思しき影が西に向かって飛行する姿を確認。注意されたし。
と言うものだった。
「現在位置は?」
「分かっていない。襲われた村や、破壊の痕跡が何処かの森や畑で見つかったと言う報告もない。完全に行方知れずだ。もしも相手が本当にドラゴンなら、夜の間も飛び続けて、今頃はトレガレー公爵領より更に西……つまりは海上に居る可能性もある。ただ、警戒だけはしておいて欲しい」
「分かりました」
「まあ、彼女と一緒の君はある意味で最も安全な位置に居るかもしれないがねー。はっはっはー」
確かに師匠ならばドラゴンと遭遇してしまっても、一人で狩れるとは思う。
むしろ気にするべきは、同行する私たちが如何にして足手まといにならないかだろう。
「それでは、私は明日早いので、これで失礼させていただきます」
「ああ分かった。よろしく頼んだよ、ヘルムス君」
そして私は宮廷魔術師長の部屋を後にした。
宮廷魔術師長が気付かなったのは8話での事です。
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