22:ミーメの食事事情
「こんな所でしょうか」
「なるほど。急いで知らせを出しておきます」
お茶と菓子を摘まみつつ、グロリベス森林での狩り披露のために必要な準備の修正はだいたい済んだ。
後は、体調を崩したりしないように、しっかりと夜に眠ればいいだろう。
「ところでミーメ嬢。王城での生活。特に食事などは慣れましたか?」
なお、修正の知らせを持って行ってくれた侍従の方が出て、実際に修正が完了した知らせが来るまで待つ必要はあるので、ワタシとヘルムス様はもう少し部屋に留まる必要がある。
だからこそだろう、情報収集も兼ねた話題として、ヘルムス様がワタシの近況を聞いてきた。
「食事ですか。食器の扱いは問題ありませんが……味には慣れませんね」
「味ですか? ここ暫くは人を選ぶような料理は出ていなかったと思いますが……。ミーメ嬢は何か苦手な物でも?」
「苦い物……葉物野菜は苦手ですが、そう言う意味ではないですね。魔力の味……と言ってヘルムス様は分かりますか?」
「魔力の味……詳しくはないですね。魔物の肉や果実を食べると、それに含まれている魔力は感じますが……それがどうかされましたか?」
「その魔力の味がどうにもここ数日の食事は薄くて、けれど周囲は特に気にした様子も見せず、アレが普通となると、ちょっと慣れるのに時間がかかりそうですね」
「なるほど」
魔力の味は前世知識には存在しなかった、この世界独自の味である。
基本的にはヘルムス様の言う通りで、植物から動物、場合によっては無機物や訳の分からんものまで居る魔物の体を食べると感じるものだ。
人によっては魔物を食べるなどとんでもないと忌避する人も居るが、滋養に良いと言う事で、王城では入手さえ出来れば積極的に供されていたらしく、王城にやって来てから最初の数日は十分に魔力が濃かった。
が、ここ数日はちょっと薄めで……たぶん、肉が普通の家畜の物になり、料理人たちが調理する際に自然と混ざってしまったであろう魔力しか入っておらず、ワタシとしては薄めの味わいに感じてしまっているのが現状である。
「ミーメ嬢。念のために王城へ来る前の食生活と狩りの頻度を教えていただけますか?」
「食生活と狩りの頻度ですか? まあ、普通の平民とはかけ離れている自覚はありますが……。だいたい週に一度くらいは狩りをして、そこで狩った獲物の可食部を一週間くらいかけて消費していたと思いますが……。ああ、食べきれない量の可食部については適正価格で専門の店に卸していました。ワタシの収入源の一つでしたね」
ワタシの言葉にヘルムス様が何とも言えない顔をしている。
はて、どうかしたのだろうか?
「ミーメ嬢。肉などを売る時の格好は?」
「誤魔化しの魔術を活用して、流れの狩人が偶々大物を仕留めたように見させていましたね。どれぐらい獲れるか、そして卸すかは水物ですから、定期的に売ってくれと頼まれるのも面倒だったので」
「ちなみにミーメ嬢が狩った魔物の具体的な名称は分かりますか? ああ、卸した経験がある物でお願いします」
「王城が付けているであろう正式名称は分からないですね。見た目で話をするなら、金色のトサカが生えた熊、槍のような牙の猪、迷彩柄の鹿、やかましい鳥、鋏耳のウサギ、巨大な蛇、動く木、キノコ人間、狸、魚、ウナギ、走る大根、蟹、貝……色々と狩っていますが、食べれるものとして狩り、卸していた覚えがあるのはこの辺りでしょうか」
ヘルムス様が頭を抱えてしまった。
まあ、そう言う反応をするのは分かる。
ワタシの実力が一般的な狩人、魔術師とは隔絶している自覚はあるし、ワタシが普段狩場にしている辺りでは他の狩人を殆ど見かけた事が無いので、市場としては珍しい魔物を狩っている自覚はあるからだ。
ただ、こうして狩っていた獲物の種類を挙げていく中で一つ思ったことがあるので、ワタシは口に出す。
「もしかしてワタシが狩った物が王城へと流れていましたか?」
「恐らくですが、ミーメ嬢が狩った物は王城に流れています。確認ですが、金色のトサカが生えた熊とやらを一年以内に売った時は、頭と片腕を売りに出しましたか?」
「売りましたね。あの熊は利用しがいがある魔物なのですが、その時は頭と片腕は必要なかったので売りました」
「ミーメ嬢。それは陛下の晩餐どころか、晩餐会で出た事がある魔物の肉です……」
「え゛っ」
変な声が漏れた。
王城に流れていたのは想定内。
魔物肉は貴重であるらしいので、陛下の晩餐に出るのもタイミング次第ではある事として納得できる。
だが、晩餐会と言う、大きな場で出た事があるのは想定外だったので、思わず変な声が出てしまった。
「えーと、他の狩人の方が提供されたものでは?」
「その可能性はあると思います。ただ、ミーメ嬢が週に一度の頻度で魔物の可食部を卸していたとしたら……少なくない回数、王城まで届き、届いた状況によってはそう言う場で出ていてもおかしくは無いと思います。ミーメ嬢の狩る魔物の質からしてそうなるはずです」
「……」
まあうん、魔力の味が濃い物って、見るからに肉食の魔物でも美味しかったりするものね。
いやしかし、ワタシの卸す魔物って魔道具にしなかった部分だけなので、そこまで量が無く、晩餐会のような大それた場には出ないと思っていたのだけど……。
量より質の場だったのか?
なら、そう言う場に出て来るのも、おかしな事ではないのかもしれない。
「ちなみにミーメ嬢はどのようにして食べていたのですか?」
「基本的には全部煮込んでいましたね。折るか、刻むか、粉々にした上で魔術も活用して煮込めば、骨ぐらいまでは美味しく食べられますので。ワタシがあの森で食べていない生物は虫とカラスくらいだと思います」
「なるほど。イチオシは?」
「今までに食べた中で一番美味しかったものとなると、五種類くらいの魔物をまとめて三日三晩ほど煮込んで溶かしたものでしょうか。調味料一切なしでも、アレはとてつもなく濃いスープが出来て美味しかったです」
「そうですか」
ヘルムス様の藍色の瞳が本当に困った感じに揺れている。
いや、何を思われたとしても、ワタシとしてはその日取れた獲物を有効活用しただけなので、悪くはない。そう、何も悪くはない。
しかし、今思い出しても、あの時に出来上がったスープは美味しかった。
熊、兎、蛇、魚、動く木の食べられる部位をまとめてぶち込んで、闇属性の浸食と溶解と分解を活用して溶かしただけのスープだったが、グロリベス森林の食物連鎖をまとめていただいたかのようなあの味わい深さは出そうと思っても中々に出るものではなく、とにかく濃い魔力と旨味であった思い出がある。
「ミーメ嬢。今の話は私以外の前ではしないで下さいね。ミーメ嬢の狩る魔物の質まで合わせて考えると、もしかしなくても、素材だけなら陛下以上に豪華な食生活を送っていた可能性がありますので」
「あ、はい」
ただ、無用なトラブルを避けるためにも、話さない方が良いようだが。
「それとミーメ嬢のグロリベス森林での狩りを業務として定期的に組み込めるのかの相談をしてもいいでしょうか?」
「それは構いませんよ。ワタシも自分の為の魔道具の素材は定期的に回収したいですし、あそこの様子も窺いたいですから。取り分などについては……」
「詳細についてはまた後日にしましょう。明日の狩りの成果と言う現物を見せてからの方が、どれぐらいのお金をミーメ嬢に支払うかも含めて、各方面へ話が通しやすくなると思うので」
「分かりました。ではそれでお願いします」
とりあえずワタシの給料は上がる事には繋がりそうだった。




